久しぶりの手料理
料理が完成するまでにそう時間はかからなかった。
レシピが簡単というのもあるが、それ以上に不来方の手際が良かったことが大きかったのだろう。
少なくとも俺が同じようにやったとしても倍近くの時間がかかる気がする。
「粗末な物だけどどうぞ」
……どこがだ。
差し出された丼を見て、内心でつっこむ。
茹で上がったうどんが浮かぶ赤褐色のつゆの上には、薄く輪切りにされた長ネギと水で戻したわかめが添えられ、中央には温泉卵が乗せられている。
湯気に混じって漂う醤油と鰹出汁、それから生姜の良い香りが鼻腔をくすぐると、途端に食欲を掻き立てた。
「うわ、めっちゃ美味そう……」
世辞ではなく本心から呟けば、不来方は俺をじっと見つめた後、結んだ髪を解いてから床に置いていたバッグを拾い上げた。
「じゃあ、私は帰るから。食べ終わったら、ちゃんと洗って棚に戻しなよ」
「え、不来方は食ってかないのか?」
「……何? 一緒に食べて欲しいの?」
あからさまに眉を顰める不来方。
そういうわけじゃないけど、と前置きして俺は答える。
「俺一人分だけを一方的に作ってもらってじゃ、なんか申し訳ないっつーか……」
「そこは気にしなくていいよ。多分今頃、家の人がご飯作ってくれてるはずだから」
「そ、そうか。なら良いんだが……」
若干伏し目がちなのが気になるが、まあそれなら仕方ない。
無理に留めるわけにもいかないし、見送ってから食べるとしよう。
思って、椅子から立ちあがろうとするも、
「見送りとかいらないから。それより伸びないうちにさっさと食べて」
有無を言わさぬような圧で制されたので、「あ、うす」と応えることしかできなかった。
そんな俺を横目に小さく嘆息を溢すと、柔らかな微笑みを浮かべてその場に屈む。
今度こそ帰るのを察知して足元に寄っていたセツの首元を指先で優しく撫でてみせた。
「——ごめんね、また遊ぼうね」
そして、一切棘のない声音で囁くように言ってから立ち上がると、最後に「じゃ」一言だけ残してリビングを出て行った。
「……なんだったんだ」
寂しさを紛らわすようにその場でくるくると旋回するセツから眼下のうどんに視線を移す。
俺一人分の飯だけを作るだけ作ってから帰るって……ありがたいけど、やっぱりそれ以上に申し訳なさが先に立つ。
結局、セツの為とは言っていたけど、不来方の真意は全然分からないままだし。
「………………まあ、いいや。とりあえず食おう」
折角、作ってもらったんだ。
出来立てのうちに食ってしまうのが礼儀というものだろう。
いただきます、と手を合わせてから俺は、早速うどんを一口啜る。
「うんま」
瞬間、思わず声に出た。
麺自体は普通に冷凍のそれだけど、麺に絡むつゆがとんでもなく美味かった。
濃口醤油と鰹出汁をベースに幾つかの調味料を合わせて作られた旨味たっぷりのつゆは、程よい塩加減と甘さがあって飲むだけで全身がほっと温まるようだ。
そこにおろし生姜のさっぱりした後味が加わり、これだけで飯が食えそうなくらい見事な味付けだ。
「不来方、あいつ……めっちゃ料理上手えじゃねえかよ」
シンプルな料理だからこそ、より作った人の腕が際立つ。
少なくともここ最近で——何ならここ数ヶ月——食った飯の中では、ダントツでこれが一番美味いと断言できる。
ネギやわかめも一緒にしてどんどん麺を啜っていく。
途中で温泉卵の黄身を割って、改めて麺を啜る。
卵のまろやかな風味がつゆと合わさり、よりつゆの旨さをを強調させる。
「いや、本当にマジで美味えな」
しっかりとした味付けだけど濃すぎないので、食べていて全然飽きがこない。
これなら二玉……いや三玉は食えるかもしれない。
そんなことを考えている間に、あっという間に完食し、つゆまで飲み干してしまった。
「ごちそうさま。あー、マジで美味かった」
さっきから美味いと月並みな言葉しか口に出してないが、実際それくらい美味いのだから仕方ない。
手を合わせてからシンクに丼と箸を運んで水を張った後、俺はセツを抱えてソファにもたれる。
まだまだ消えそうにない飯の余韻に浸りながら、俺はふーっと息を吐き出しながら天井を仰ぐ。
「……そういえば、東京にいる時は身の回りのことは自分でやっていたって言ってたっけ」
不来方が初めて家にやってきた日、確かそんなことを言っていた覚えがある。
その時は状況が状況だったので聞き流していたが、きっと俺が想像しているよりも長い間やってきたのだろう。
掃除にしても料理にしても、それくらい手際が良かった。
「でも、今はそうじゃなさそうなんだよな」
俺一人分だけを用意したのも、家の人が料理を作っているからって理由だったわけだし。
つまりこっちには、家のことをやってくる人がいるってことになるのか。
——もしかすると、不来方がわざわざこんな田舎に引っ越してきたのは、それが関係しているのだろうか。
考えかけて、程なく思考を中断した。
プライバシーに関わることを詮索しても仕方ないし、知ったところで何かできるわけでもない。
俺としては、セツを助けてくれた恩返しができればそれでいい。
そう結論づけ、セツを胸の上に乗せてソファに寝転がったところで、はたと思い出す。
「あ、食器洗わないとか。……いいや、後でやろ」
結果、翌日まで放置してしまったのは別の話。




