7.慎重に扱うべき問題ですわ
フォルゲーツ公爵当主ジョージには五つ離れた弟ラッセルがいる
王都で忙しい兄の代わりに領主代行としてフォルゲーツ領を治めている
ジョージが家督相続するとラッセルは伯爵の地位を爵命され、分家として新たにミッドガル伯爵家を興した
ラッセルは三人の子宝に恵まれた
長男ロイド、次男ユアン、長女キャリー
長男と次男は二歳違い、末娘キャリーは長男から十歳離れていた
長男ロイドはいずれ本家であるフォルゲーツ公爵家の養子となり当主ジョージから家督を相続する事が内々で決まっていた
しかしエミリーティアの婚約破棄からの再び王太子との婚約と情勢が揺れ動きラッセルは慎重に考える必要があると考えた
「という訳で遠路はるばる王都に来たけど、ティアが元気そうで何よりだよ」
「ラッセル叔父様もお変わりなく」
応接間に呼ばれたエミリーティアは挨拶もそこそこにラッセルに席を勧められた
「領地の方は大丈夫ですの?」
「繁忙期は過ぎたからね。大抵のことはロイドが対応出来るよ」
「今日は兄上に相談があって来たんだけどね。ティアの意見も聞きたいと思って声を掛けたんだ。忙しかったかい?」
「いいえ、わたくしは問題ございませんわ」
ラッセルとの会話中も両親は思案にふけっている様子が見てとれた
「ロイドは優秀だよ、もちろんユアンもね」
「彼ら兄弟が優秀なことは知っているさ。だがな…」
「この応酬何度目だい?兄上」
ふむ、とエミリーティアは父と叔父の会話から今置かれている状況を推察した
「家督相続絡みでしょうか?」
「ロイドがフォルゲーツ家と養子縁組をする話は覚えているだろう。それをラッセルは白紙に戻したいと言ってるのだよ」
「それでは我が公爵家は跡取りが居なくなりますわね」
「そこで提案だ。兄上も姉上もまだ若い!もう一人授かる事も可能だと思うんだ」
「えっ!?」
斜め上の展開に流石のエミリーティアも驚きを隠せなかった
「兄上達はまだ38歳だ!年齢的にも体力的にも希望はある!」
そう力強く言うと、懐から錠剤の入った瓶を取り出しテーブルの上に置いた
「これは“漢方“と呼ばれる秘薬だ。王国からはるか遠い東の島国で処方されている。我々の知る薬とは異なり自然治癒力を高める天然由来の薬だよ!これを二人で服用すれば懐妊しやすい状態になるはずだ」
ラッセルの用意周到さに驚くも、エミリーティアは冷静に思考した
「養子縁組を白紙にすと言うことは年明からのロイドの公爵教育は中止ですわ。年齢的にこの時期を逃すと教育する時間が足りず家督を譲ることは難しくなります」
「そうだね。ティアの指摘通りさ」
公爵教育とは主に領地経営・外交交渉・政治判断力を学ぶ事であり、ロイドは領地経営については問題ない
残りの2項目は実践を積む必要があり、当主と行動を共にし知識と教養を学ぶ
また次世代の指導者として育成し、貴族としての伝統を継承する目的もある
その為、発達の早い時期から行う事が慣例である
「ですが、ロイドは齡12歳で領主代行補佐を任せられる優秀な子息。万が一の場合でも教育の遅れは直ぐに挽回出来るでしょう」
結果、エミリーティアの一言で軍配はラッセルに上がった
※
「ティアに弟妹が誕生する可能性があるのか」
「専属医師の話によると出産適齢期は20歳から35歳とされておりますが、明確な定義は無いようです」
「高齢出産は母体と子供両方に危険が伴うと聞いたことがあります。フォルゲーツ公爵夫人の健康管理は急務となりますね」
「我が家の料理長が栄養価の高い食事を意気込んで調理してますわ。侍女長も質の良い睡眠が一番と言って精油を取り寄せてましたのよ」
フォルゲーツ公爵家に仕える他の使用人も一丸となって主人の妊活に取り組んでいる
「ミッドガル伯爵から受け取った漢方、入手先聞けるかな?」
「ユリウス王太子殿下も欲しいのですか?」
「いや、父上に献上しようと思ってね」
「両陛下はわたくしの両親と同世代でしたわね」
「そう!希望はある!」
「仮の話になりますが、ユリウス王太子殿下に弟妹が誕生したとしても、次期国王は決定事項ですよ?」
「えっ…」
「貴族院の承認も得てますし、王太子として国民に公表しています」
「付け加えて前回の不祥事もありましたので再考される事は万に一つも御座いませんわね」
肩を落とすユリウスに二人は堪えられず笑った