6.自由とは心の在り方次第ではなくて?
ロワニーズ王国は君主制国家であり、国王を唯一の元首と定めている
その為、王位継承問題はいつの時代でも付き纏う
過去には兄弟間で王位を争うことも少なくは無い
両陛下には二人の王子が同時に産まれた
兄ロズベルト、弟ユリウス
二卵性双生児である
国王は息子を護り無益な争いを事前に避ける為、弟ユリウスを隣国に輿入れした実妹に託した
王妃は幼き王子との別れに哀しみ、三日三晩声が枯れるほど涙を流し嘆いた
両親と離れ隣国で育ったユリウスは立派に成長し母国に帰還した
「自由って何だろうか?」
「急ぎ宮廷医を呼んできます。ユリウス王太子殿下、気を確かに持って下さい」
執務室でユリウスの補佐役として書類に目を通していたブルプロ・ワグナー公爵令息は緊急事態とばかりに席を立ち上がった
「待って、待って!別に気が触れたわけじゃないよ!」
「では元々ズレていると?」
「ブルプロ君ひどい!」
わぁーと態とらしく声を上げ机の上にうつ伏せになった
「寸劇は終わりまして?」
エミリーティアは既に開いている扉を軽くノックし入室の許可を求めた
ユリウス専用の執務室は同区間に関係者以外は居らず、護衛の騎士が常時巡回し、開け放たれた部屋の外には屈強な護衛が直立不動で警戒している
ユリウスの身に何が起こっても直ぐに対応出来るように対策されており、王太子の婚約者が訪問しても例外は無い
エミリーティアが入室し定位置であるソファーに腰を落とすと専属侍女が給仕を始めた
爽やかな香りが鼻腔に伝わり嗅覚を刺激する
軽食として用意されたサンドイッチも一口で食べやすいように工夫されていた
「ワグナー公爵令息様もご一緒にどうぞ」
「はい、遠慮なく頂きます」
流石は次期宰相、動じず肝が据わっていた
「それで”自由“についての考察続けますか?」
「うーん、ティアは”自由“とは何だと考える?」
「そうですわね、他者からの強制・拘束・支配を受けない状態でしょうか?」
己の意思決定に基づいて行動できる事が”自由“
強要されて思い通りに行動できない事が“不自由”
エミリーティアはそう考えた
「それを踏まえて、今の私は“自由”だろうか?」
長年抱いていた“自由”への葛藤が複雑な感情と苦痛を混ぜ合わせユリウス自身が混乱している様子だった
「ユリウス王太子殿下は些細な事を多角的な視点で悩まれる傾向がありますね。単純に物事を捉えては如何でしょうか?」
2個目のハムサンドを手にブルプロは問いかけた
「ブルプロ、単純にとは?」
「今、ユリウス王太子殿下は“不自由”ですか?」
「いや?」
「では自由ですね」
クスッと笑うエミリーティアにユリウスは納得しかねる表情を浮かべた
“物事を深く捉えず表面的な理解で済ます”
ワグナー公爵令息の問いはその場しのぎに聞こえるが、一番分かりやすい単純な問い掛けでもある
「殿下、自由への捉え方は三者三様でございます。ですが自由には必ず責任が付随するとわたくは考えますわ」
自由を享受することはその結果を含めて己が負うということ
身勝手な自由は周囲を試みることなく自己中心的で配慮に欠ける
「殿下も記憶に新しいのではなくて?」
元兄ロズベルトは反面教師として役立って欲しいものだ
※
「ユリウスは今一度王太子教育を受けた方が良いと思うか?」
「陛下、王太子殿下は公私を区別されております。必要ないかと存じます」
王族ならぬ砕けた口調はリード公国の風土によるもの
ワグナー宰相も当初は驚きはしたが、議会での堂々たる立ち振る舞いは次期国王の風格が滲み出ていた
「愚息も殿下の才覚に感嘆しております。従来の方針にこだわらず新しい方法を議論し取り入れる。現時点では手探りの状態ですが、そう遠くない未来、王国含め全土に新風を巻き起こすと私は愚慮致します」
「過大評価ではないか?」
「陛下、我々も旧態依然とした制度を見直す必要がありますな。まだまだ若人には負けられません」
訝しめに見つめる陛下に宰相の活発な笑い声が執務室に広がった
※
「フォルゲーツ公爵令嬢様に進言致したい旨がございます」
「はい、ワグナー公爵令息様」
「私のことはブルプロとお呼びください」
「では今後はブルプロ卿とお呼びいたしますわ」
「ティア!私はユリウスと気軽に呼んで欲しい」
「いえ、殿下は殿下です」
「早速ですがブルプロ卿、わたくしのことはエミリーティアとお呼び下さいませんか?同じ爵位ですし構いませんわよね?」
「公式の場以外ではエミリーティア嬢とお呼びする事をお許し下さい」
「ねぇ!私は?」
「「殿下です(わ)」」