20.幸せを共有するような話は惚気ですわね
紅葉が色づき始め過ごしやすい気候が続く10月初旬
フォルゲーツ公爵家ではエミリーティアの結婚式の準備が着々と進められていた
ウェディングドレスは勿論のこと、三日間にわたる披露宴用のドレスは途中のお色直しで着替える分も含めると膨大な量にもおよび、デザインは全て異なり仕立てる布地の種類も多様である
さらに身に付ける宝飾品もドレスに合わせて特注
エミリーティアは臨月を迎える母シンシアに負担を掛けないよう気を配りながら進めていた
「ティアにはこちらのデザインが似合うと思うのだけど」
「そうですわね。少し斬新なデザインですが諸外国の方も出席されますので王国のファッション産業を知って頂く良い機会だと思いますわ」
ゆったりとソファーに腰掛けたシンシアへエミリーティアが一枚一枚デザイン画を渡す
当初作成されたデザイン画は500枚以上
その中からエミリーティアが200枚まで厳選した
「ねぇシア、このデザインも素敵だわ」
「あら、本当ね。でもティアには少し物足りないわね」
「そこは宝飾品と小物で補えば良いんじゃない?王室の婚姻予算は十分あるのだから」
丁度、お忍びでシンシアに会いに来た王妃も一緒になってデザインを選んでいた
「男性の正礼装はある程度デザインが決まってるから選び甲斐がないわ」
“娘”と婚姻衣装を選ぶのが夢だったのよね、と高揚した様子で言われれば断ることは出来ない
「ロザリー、貴女忙しいのではなくて?公務は大丈夫なの?」
王妃は慈善活動は勿論のこと文化・外交活動と多忙の身である
最近は蒸気機関車導入に伴い視察に訪れる他国の高官に同行し、意見を交わしているとユリウスから聞いていた
「そうね、忙しくはあるけれどもユリウスが色々と調整してくれるから気は楽なのよ」
会話しながら視線をエミリーティアへと向けた
「微力ながら、わたくしも王妃殿下の公務の一部を任されております」
エミリーティアは慈善活動の一環として孤児院への視察及び炊き出しに参加していた
施設の建物・整備・環境を確認し、児童が安全で快適に過ごせるかを5段階の評価でまとめる
時には運営改善を促し児童福祉向上を支援するなど、エミリーティアの活動は多岐にわたっていた
「若い二人の新しい国造り、とても楽しみにしてますのよ」
王妃の言葉にエミリーティアは深く頭を下げた
※
「エミリーティア、わたくし一つだけ疑問があるのだけど、伺っても良いかしら?」
2時間ほどのデザイン選びを終えた後、お茶を頂きながら王妃が問いかけてきた
「ユリウスとはいつから親交してましたの?あ、勘違いなさらないでね。貴女の不貞を疑っているのではないのよ」
慌てる様に両手を胸の前で振りながら王妃は言葉を続けた
「ユリウスとの馴れ初めが聞けると嬉しいのだけど」
「ロザリーが気になるのは理解出来るわ。私も王太子殿下がワグナー公爵令息と訪問された時、必死にティアを説得している様子を間近で見てますからね」
所謂「恋話」である
「馴れ初めと言いますか、殿下とは幼い頃から文通してましたの。両陛下はご存知だと思ってましたわ」
頬に片手を当て首を傾げるエミリーティアに王妃は「知らなかったわ」と驚いて見せた
「まだ殿下が隣国へと旅立たれる前、三人で宮中の庭園で何度かお会いしておりましたので、面識もございます」
ユリウスとエミリーティアの境遇は場所や目的が違えど酷似していた
齢3歳で両親と離れ生活していた二人は共感する部分が多く、寂しさを紛らわせる一環として文通を始めていた
「最初は何を書いたのかうろ覚えですが、美味しかった食事やレッスンでの失敗談などをしたためていました」
悲観的な内容ではなく楽観的な話題を書いていた
「文字の練習にもなりますし、何よりも手紙を書くことでわたくし自身の考えや感情を整理する良い機会だと思いました」
ユリウスから届く手紙を時間はエミリーティアの生活に彩りを添えてくれていた
「ある日、殿下から頂いたお手紙に押花で作られた栞が同封されてましたの」
「まぁ、どんなお花でしたか?」
「ミモザです」
ミモザは黄色の小さな丸い花が枝いっぱいに咲き誇る
花言葉は「秘密の恋」
王妃は「あらぁー」と扇子を広げ顔半分を隠し、シンシアは「詩的だわ」と感心していた
「ですが、当時のわたくしは花言葉を知りませんでした。頂いた栞も“可愛い黄色の小さなお花”の感想でしたわ」
実はエミリーティアが花言葉を知ったのは学園入学後である
図書室で書籍を選んでいる際に花言葉の本を見つけ、押花の栞を思い出したのだった
「ロズベルト様との関係も思わしくなく、殿下に相談したこともございました。殿下には励まされてばかりですわ」
「私達が不甲斐ないばかりに、貴女には辛い思いをさせてしまったわね」
恥ずかしそうに俯くエミリーティアに対し王妃は申し訳なさそうな表情を浮かべた
「王太子殿下が予定より早く帰国されたのは、ティアが心配だったからかしら?」
「多分合ってると思うわ。あの子の性格上、実兄が貴女を軽く扱っていると知れば怒鳴り込んで来るわよ」
少しばかり呆れ顔を見せる王妃に続いてシンシアは「それもそうね」と納得する様に頷き返した
「あの日パーティーの開催を陛下に提案したのはユリウスなのよ。兄との再会の場を演出して欲しいと言ってね。当日まで頑なにロズベルトと遭遇しない様に避けていたわ」
「パーティー当日、殿下の予想通りロズベルト様はわたくしを選ばずシドニー・ブライトン様をエスコートされました」
「そして自分はエミリーティアをエスコートしていたのね。長いこと顔を合わせていないから貴女の隣にいる実弟に気付かなかった」
「全ては王太子殿下の計画通りに進んだわけね」
愉しい(?)恋話のはずが最後は末恐ろしい影を落とした
※
「今日は王妃殿下がフォルゲーツ公爵家へお忍びで訪問される日でしたね」
エミリーティアは王妃が公爵邸に訪問する為、定例執務室お茶会は不参加であった
「ブルプロが外交関係を調整してくれたから母上も安心して親友に会いに行ったよ」
ブルプロの問いかけに一度仕事の手を止めてユリウスは答えた
「ティアの婚姻衣装を母上も選びたいんじゃないかな?デザイン画もある程度厳選したとティアが話してたからね」
「女性のドレス選びは時間がかかりそうですね」
「そうだ!今日はもう仕事終わりにして母上の迎えを口実に私も行こうかな!」
「王太子殿下、名案閃いた様に職務怠慢宣言しないで下さい」
即座にブルプロに止められ追加の書類を手渡されたユリウスは、態とらしく両肩を落とした




