19.予想外の偶然は計画された必然の上で舞う
ブルプロ・ワグナーは歴代宰相を受け継ぐ一族の嫡男として誕生した
古くはロワニーズ王国建国前に遡る
当時、各地方で独自の勢力を持つ集団同士の争いが絶えず続いていた
農民は棲家を転々とし、食料が安定して供給されず、国としての姿は皆無であった
民は困窮し心身ともに疲れ果てていた時、二人の青年が立ち上がった
後の初代ロワニーズ国王とワグナー公爵である
有志を募り小集団で活動していたが、瞬く間に巨大勢力となり、各地での内乱を収束させ新国家を樹立させた
新国家成立の立役者である初代ワグナー公爵は軍事は勿論、諸外国との交渉、条約の締結、国家財政、法整備と献身的に初代国王に仕えた
以降、王国宰相の地位はワグナー公爵一族に継承される
昔からの言い伝えとして、口伝で語り継がれてきた
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時は遡ること五年前
王立ソワージュ学園入学生代表として登壇し、式典が佳境に入る時、隅奥で大きな物音が会場に響いた
着席していた新入生が貧血で倒れたのである
倒れた男子生徒は隣席していた少女の咄嗟の判断で相手の足元を自分の膝の上にのせ頭よりも高くし、症状が落ち着くまで床に座っていた
誰よりも先に躊躇わず的確な行動をとる少女にブルプロは興味が湧いた
少女の名は生徒会主導の新入生交流会で知ることになる
学園には一般教養(普通科)学科の他に専門的な学科が複数用意されている
ブルプロは政治・国際研究学科を専攻していた
交流会では全学科の生徒が一堂に会し親睦を深める
今期入学者数は150人余り
その内3分の1は普通科に進学している貴族子女である
学園規則に基づき身分差はない
平民も貴族も学舎においては一生徒でしかないからだ
とは言え、一般的に貴族子女は入学前より家庭教師を雇い紳士淑女教育を受けることが多い
普通科に通う貴族子女は拙いながらも貴族然と上品に振る舞っていた
一方で少しばかり離れた場所では楽しげに歓談する様子も見受けられた
輪の中心となって男女問わず仲睦まじげに雑談をする人物はブルプロが気に留めていた女生徒であった
生徒の制服は専攻する学科によってネクタイ及びリボンの色が異なる
ブルプロは紺色のネクタイだが、彼らの色は様々であり、正しく新入生交流会としての目的を果たしていた
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交流会も終了間際、ブルプロは生徒達の輪から離れた女生徒の元へ向かった
「私はブルプロ・ワグナーと言います。失礼ですが貴女のお名前を伺っても良いですか?」
「はい!ナーベルイス子爵家三女ヴィアンヌと申します。ワグナー公爵令息様ですよね?新入生代表でしたので覚えています。以後お見知り置きを」
ヴィアンヌはスカートの両脇をちょこんとつまみカーテシーをとった
輪の中心で周りの同級生をよく観察し偏見を持たず興味ありげな話題を振る
その視野の広さと気配りの優しさ、己が何を求められているのかを把握する能力にブルプロは感嘆した
…そして同時に惚れた
「必ず彼女を射止めてみせる」
ブルプロ15歳、恋愛とは無縁の人生だと思っていたが、今日この瞬間「恋」に目覚めてしまった…所謂「初恋」である
その後ヴィアンヌとは挨拶程度の知人枠に留まるも、水面下では精力的に“虫退治”に励み、功を成して婚約者に迎えることが出来た
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「ブルプロ様、お口に合いませんでしたか?」
“婚約者”のヴィアンヌが不安気な視線を向けた
手元にはヴィアンヌ特製ランチボックスがある
今日は王都から少し離れた王立記念公園に来ていた
以前贈ったブローチのお礼だとヴィアンヌが作った手料理を頂いていた
「いえ、とても美味しいですよ」
「良かった!沢山作りましたから是非食べて下さいね」
両手を胸の前で合わせ、安堵の表情を浮かべるヴィアンヌにブルプロは冗談めかして答えた
「折角なのでお互い食べさせ合いしませんか?」
「は?」
ヴィアンヌが意味を理解する前に一口大のチキンソテーをスプーンに乗せ口元へと運んだ
「え?ええ!!」
「ほら、早く口を開けて下さい。落としてしまいますよ」
催促するブルプロにヴィアンヌは「食べ物を粗末にしてはいけません!」と口に入れた
「次は私の番ですね。こちらのサンドイッチを食べさせて下さい」
小ぶりにカットされたハムサンドを指差した
「あのっ!私の手掴みですけど??」
「そうですね」
「そんな冷静に答えないでくださいよー」
ブルプロは頬を真っ赤に染めたヴィアンヌを愛おしそうに見つめた
王立記念公園
かつて初代ロワニーズ国王と初代ワグナー公爵が共に民を守る為に決起した場所
口伝の最後には
『たとえ微力でも努力し続ければ力となり願いを叶える』
と締めくくられていた
恐らく口伝の「努力」とは意味合いが違うと思われる
ことわざ「蟻の思いも天に届く」




