17.世間話に興じ続けるのは高度な会話術ですわ
八月初旬
夏の盛りと秋の気配が混じり合う季節
シンシアの懐妊が他貴族に周知し始めた頃、高位貴族婦人方からお茶会の招待状が連日届くようになった
母シンシアではなく娘エミリーティア宛である
基本エミリーティアは私的なお茶会には参加しない
それは未来の王妃という立場上、要らぬ派閥争いを避ける為であり、決して参加自体が面倒だからと言う訳ではない…否、若干ある
「遥か遠い東の島国では『女三人よれば姦しい』という言葉があるそうよ。実に的を得た言葉だと思うの」
侍女に身なりを整えてもらう合間にエミリーティアはポツリと呟いた
「騒がしいという意味でしょうか。確かに女性は話好きな方が多いですから必然的に賑やかになりますね」
丁寧に髪を結い上げながらもエミリーティアの呟きを逃さず正確に返す侍女は苦笑いを浮かべ言葉を続けた
「お嬢様には苦痛以外の何物でもないですね」
エミリーティアは鏡越しに侍女へ笑って見せた
※
「本日はお招き預かり、ありがとうございます」
主催者の夫人へ挨拶後、席へと案内された
「シンシア様のお加減は如何かしら?」
「お腹は膨らみまして?胎動は如何かしら?」
「お腹の子は弟と妹のどちらだと思いますか?」
「お名前は決められたのかしら?」
「出産予定は11月頃かしら?」
「おくるみは用意されまして?」
着席するや否や、貴婦人達からの質問攻めが始まる
エミリーティアは当たり障りのない返答で軽くかわした
「妊娠中は葉酸を含む食事がお勧めですわよ」
「果物ならイチゴがお勧めですわね」
「食物繊維が豊富な野菜が良いと聞きましてよ」
「キノコや海藻なんて如何かしら?」
「ナマモノは危険ですから十分に加熱しなくては」
「胎児に必要な栄養素を摂取しなくてはなりませんわ」
優雅な仕草で紅茶を飲みながら、貴婦人達の会話に口を挟まず、静かに相槌を返す
「話は変わりますが、ユリウス王太子殿下の益々なご活躍、王国は安泰ですわね」
「王太子殿下は長いこと隣国へご留学されていたとか」
「双子ですのに似てらっしゃらないのね」
「あらやだ二卵性ですわよ」
「エミリーティア様はお父様であるフォルゲーツ公爵閣下似でしょうか」
「産まれるお子はどちらに似るのかしら」
「次代の公爵様誕生ですわね」
「エミリーティア様も安心して輿入れできますわね」
ただ早くお暇することだけを考えてやり過ごした
※
「お帰りなさいませ、お嬢様」
理由をつけて早々に帰宅したエミリーティアに、侍女長は何とも言えぬ表情を浮かべていた
「義務は果たしましたわ。問題ありませんわよね?」
小一時間ほどのお茶会ではあったが、貴婦人達がエミリーティアを格好の獲物と定めた時点で嫌気がさしていた
シンシアの顔を立てる意味で“今回だけ”参加したお茶会
主催者の夫人からは丁重な謝罪を直接受けている
「お茶会は貴婦人方の社交場と言いますが、歯に衣着せぬ言葉のやり取りは好きになれません。わたくしは未熟者ですわ」
「お嬢様は場の雰囲気を察することに長けております。その上でお相手の気持ちを汲み取ることもなさいます」
ですが、と侍女長は一度言葉を区切りエミリーティアを見つめた
「全ての方がお嬢様の様に気付かれることは難しいでしょう。お相手との関係性を適切に分け、適度な距離感を維持することが、心の平穏に繋がります」
侍女長は気落ちするエミリーティアに励ましの意味を込めて伝えた
※
「社交の本来の目的は社会的な繋がりを築き、情報や意見の交換、人脈を広げるための場だよ。貴婦人方の社交は言い方悪いけど暇つぶしでしかない。ティアが深く落ち込む必要はないよ」
「私は貴婦人方のお茶会は噂話や他家の風評を面白おかしく話す印象があります。ですから母は必要最低限のお誘いしか受けませんね。勿論、ヴィアンヌ嬢にも無理に社交する必要はないと伝えています」
「…お二人とも今日は辛辣ですのね」
過去に思い当たる節でもあるのだろうか?
首を傾げるエミリーティアにユリウスとブルプロはお互いに顔を見合わせた




