15.信頼関係は地道な努力が必要ですわね
王宮侍女ヴィアンヌ・ナーベルイスは当惑していた
現在、婚約者ブルプロ・ワグナー公爵令息に誘われ美術館へ訪れていた
今日は休息日、ゆっくり寝てダラダラ過ごす贅沢な休暇を満喫する予定だったのだが、前日宮中で婚約者に遭遇(?)した際、ポロリと明日休日であることを話してしまった
その結果、一緒に出掛けることになった
但し二人っきりではない
「芸術鑑賞はいつ以来でしょうか」
「私は留学中に叔母と公国美術館へ何度か行ったことがあったよ」
「まぁ、羨ましいですわ。公国美術館では世界の絵画展が有名ですわよね」
なぜか、ユリウス王太子殿下とフォルゲーツ公爵令嬢が同伴である
「あの…ユリウス王太子殿下」
「ナーベルイス嬢、私の名はユーリですよ」
「は、はい!ユーリ様」
ユリウスは人差し指を唇に縦に当て、内緒の仕草を見せた
「何故ご一緒なのか伺ってもよろしいでしょうか?」
恐る恐る尋ねるヴィアンヌに答えたのはユリウスではなく婚約者のブルプロだった
「昨日、休暇申請をしたところユーリ様が面白そうだから一緒に行くと言い”本当に“着いて来ました」
嫌そうな表情を隠さず言い放つブルプロに内心驚愕しつつも、隣に凛と立つエミリーティアに視線を向けた
「わたくしもナーベルイス子爵令嬢と一緒にお出掛け出来て嬉しいですわ」
二人は一応変装している様子だが、常時発動している高貴なオーラが全てを物語っている
周囲の誰もが二人の正体に気付いているが、生暖かく見守っていた
「ユーリ様、ティア様。至らぬ点もあると思いますが、本日はよろしくお願い致します」
ヴィアンヌが頭を下げるとユリウスとエミリーティアは苦笑いで答えた
「そんなに緊張する必要はないよ」
「ユーリ様の仰る通りです。普通の”友人“として接して頂けないかしら?」
ヴィアンヌはさらに困惑した
過去を探っても、これ程高貴な人物と友人になった記憶はない
「ヴィアンヌ嬢、お二人の事は気にしなくても平気ですよ。今日の事は陛下にも報告済みですし、至る所に護衛が配置されています。仮にヴィアンヌ嬢に非があろうとも、私が”完全に“揉み消しますからご安心下さい」
ブルプロが物騒な発言を白昼堂々と言い放つ
「ブルプロ君の忌避のカケラもない言い方、私は気に入ってるよ」
「お褒めに預かりありがとうございます」
ブルプロはわざと恭しく礼をとった
「殿方達は普段からとても仲がよろしいのよ。少し妬けてしまいますわ」
うふふ、と扇子ではなく口元に手を当て微笑むエミリーティアであった
※
「芸術とは奥が深いのですね」
「表現の多様性もさりながら、創造的な思考はいつの時代も感性を養うのに重要な要素だよ」
「ブルプロ様はどう思われますか?私にはこの彫刻自体、凝視する事を躊躇ってしまいます」
ちらつく視線を彷徨わせるヴィアンヌにブルプロは真面目な表情で答えた
「この彫刻は人体美の理想化や超人的な力を表現している。筋肉は力・活力・健康の象徴とされ、精神的な意味も踏まえて価値観が反映されているのだろう」
どこが!?とは流石に言えず、曖昧な相槌で誤魔化した
※
その後もユリウス・エミリーティア組みは楽しそうに絵画や版画と言った作品を丁寧に見学していた
ヴィアンヌはと言うと…
「あのー、ブルプロ様…楽しいですか?」
普段以上に口数少ないブルプロに戸惑いを見せていた
「楽しいか、と聞かれると難しいですね。美術館は感性を刺激する場所です。作品を鑑賞する事で社会的な背景を知り、知識や経験を深める。いわば学びの場です。ヴィアンヌ嬢は”楽しい“と感じますか?」
「正直“なんとなく眺める”だけなので、良くも悪くも感じていません」
本当に素直ですね、とブルプロは口角を上げた
「今回美術館へ誘った理由、知りたいですか?」
「知りたいです」
想像だが婚約者として最低限の義務を果たす為に誘ったのではないか?
「理由は3つあります。1つは無理に会話をする必要がない。2つ目は屋内なので気候の影響を受けない。3つ目は誰にも邪魔されず貴女をエスコート出来る」
「先の二つは理解できるのですが、最後の方は私に好意があるように聞こえるのですが?」
「その通りですよ?何を今更驚いているんですか?」
心底理解出来ない雰囲気で問いかけるブルプロに、内心「これでわかる人、手を上げてぇー」と叫んだ
※
「疲れた…」
侍女棟にある自室へと帰宅したヴィアンヌは、着替えることなくベッドへと倒れ込んだ
美術鑑賞後は遅めの昼食を頂き、フォルゲーツ公爵家御用達の宝石店へ赴き、ブルプロに翡翠のブローチを(強制的に)贈られ、半分意識を飛ばしている間に一日が終わった
「返礼品は不要と仰ってたけど、そうもいかないわよね」
翡翠の石言葉は「繁栄」「長寿」「幸福」
ブルプロからの地味なアプローチは今後も続くのであった




