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9.

が勝つ、というより、どちらが先に制御を取り戻すか——まさしく力のせめぎ合いだった。


 新たな聖女が無理やり解放した膨大な光は、暴走し、自分自身や兵士たちを巻き込みかけている。通常であれば、同じ聖なる力か、それ以上の神聖力がなければ止めることはできないだろう。

 しかし、この男(多分“魔王”なのだろう)は、圧倒的な闇の魔力を駆使して、その聖なる暴走を丸ごと抑え込もうとしている。まるで、自分にとっては取るに足らない“乱れ”を押さえつけるかのように。


「……ぐっ……ッ!」


 同時に、あの新しい聖女の叫び声が響く。周囲を焼くほどの閃光に包まれていた彼女は、その身を守る神官らを失い、一人、光の中心でうずくまっていた。過剰に引き出された力に身体が耐えきれなくなっているのだろう。

 だが、なおも光は暴走を止めない。まるで聖女本人の意志とは無関係に、この世を灼き尽くしてしまわんばかりの勢いがあった。


「……チッ」


 黒鎧の男が舌打ちする。わずかに闇の渦が押し戻されているように見えた。どれだけ強力な魔王であっても、相手が人間界で培われた“神聖の祝福”ならば、そう簡単には片づかないらしい。


「セレス!」

 男がわたしの名を呼んだ。わたしは驚いて顔を上げる。


「お前の力を少し貸せ。……いや、正確には“生来の癒やしの波動”を闇の力に馴染ませろ」

「え……でも、どうすれば……?」

「簡単だ。お前の魔力を、そのまま俺に触れながら解放しろ。制御は俺がやる。……ほら、早くしろ」


 そう言いながら、男は自分の左手をわたしのほうへ差し出す。まるで「手を重ねろ」と言わんばかりだ。

 人前でこんな形で魔力を使うなんて、聖女だったころもなかった。ましてや相手は魔王かもしれないのだ。だが、ここでためらっている猶予はない。


「……わかった」


 わたしは決意を込めて男の手を握り、かすかな震えを抑えつつ目を閉じた。そっと、自分の奥底にある癒やしの魔力に意識を向ける。そして、無理なく徐々に解放していくイメージを抱く。

 神聖魔法の基礎的な感覚は、長年“聖女”として祈りを捧げてきた名残が身体に染みついていた。王都を出てからはあまり意図的に使わなかったものの、どうにかまだ扱えそうだ。


(……ああ、懐かしいけど、嫌な感覚。いつも王宮で「もっと」「もっと」と求められ、酷使されたあの圧迫感……)


 それでも今は、わたしが自分の意思で力を解放している。誰かに強要されるのではなく、助けたいから使う——それだけが支えだった。

 すると、手を握られた黒鎧の男から闇の波動が流れ込んでくるのがわかった。まるで二つの魔力が噛み合うように共鳴を始め、その中心で激しく律動している。


「……ッ、すごい……!」


 わたしの癒やしの力と、男の闇の力が混ざり合い、“別の力”へと変質していく感じがする。歪なはずの組み合わせが、奇妙な調和を生み、暴走する聖なる光をひとところに押し留めていく。


「俺に逆らうなよ。……抑え込むぞ」

 男が低く呟くと、闇の渦がさらに勢いを増し、光の奔流を食らうようにして包み込む。

 ごうっ……という地響きが響き、視界が一瞬真っ暗になるほどの衝撃が走る。思わず片膝をつくが、男の手は決して離さなかった。


 すると、不気味なくらい急速に光がしぼんでいくのがわかる。あれほど荒れ狂っていた“聖女の奇跡の暴走”が、黒い闇によって絡め取られ、静かに封印されていくようだ。

 光の残滓が火花のように辺りを散りばめ、夜空に溶けて消えていく。そして、やがて静寂が訪れた。


「……終わった、の?」

 わたしが呆然と呟くと、男はふっと手を離し、肩を回すように一つ息を吐く。

「まあな。こっちも少しばかり疲れたが……想定内だ」


 暴走を止めた結果、聖女が倒れ込んだ場所には、焼け焦げた地面と、倒れている兵士たちの悲鳴が残る。医療班の仲間たちが駆け寄って彼女を取り囲んだ。

 わたしも立ち上がり、急いでそのそばへ駆け寄る。目を開けた聖女の表情は青ざめており、恐怖に染まっていた。


「な、何なの……あの闇は……。それに、私の力が、全然うまく扱えなく……」

 声は震え、完全に失神寸前のようだ。体温を奪われ、うまく呼吸もできていない様子。過度の魔力放出で身体が悲鳴を上げているのだろう。

 神官らがあたふたと治癒魔法を試みるが、聖女の身体からは先ほどの暴走の余波が抜けきっておらず、すぐには効かないようだ。


「セレスさん……どうしましょう。彼女、放っておいたら……」

 仲間たちが不安そうに問いかける。わたしは唇を噛んで、「手伝うわ」と頷いた。


 いま彼女を救わないと死に至るかもしれない。放っておけば、確かに“自業自得”と言える部分はあるのかもしれない。だけど、それを見過ごしてしまったら、わたし自身の生き方を否定することになる。

 そう——わたしは誰かを助けるための力を持っている。だからこそ、自分の意志で救いたいと思うなら救う。それだけだ。


「念のため、しっかり押さえていて。わたしが少し魔力を送るから、体内の暴走した力を落ち着かせるわ」

 新しい聖女の手を取り、少しだけ神聖力の余波が残る身体に癒しの魔力を注いでやる。加減が難しいが、最初に闇を操る男と“共鳴”したことで、わたしの力も何となく馴染んでしまったらしい。


「……やめ……あたし、そんなの……いらない……!」

 聖女が虚ろな目でかすれ声を発する。プライドもあるのかもしれない。だけど、そのプライドごと呑みこんででも救えるなら……わたしは手を止めない。

 しばらくすると、彼女の呼吸が少しずつ落ち着き、荒ぶる魔力が沈静化していくのがわかった。


「……大丈夫。深呼吸して」

「う、うぅ……」


 まだ意識は混乱しているようだけれど、助かる望みは十分ある。傍らの神官らが慌てて毛布をかけ、騎士たちが泡を食って聖女を担ぎ上げた。


「しっかりなさってください、聖女様!」

「いま急いでテントに運びます! 回復の儀を! 早く!」


 周囲がどっと動き始める。その様子を見届け、わたしは力が抜けて思わず地面に座り込んでしまった。


「セレスさん、あなたも休んでください。相当魔力を消耗したでしょう」

「ええ……ちょっとフラフラするわ」


 仲間が支えてくれながら、わたしはあたりを見回す。破壊されたテントや負傷した兵士たちで混乱は続いているが、先ほどの“浄化の暴走”は収束に向かっているようだ。

 黒鎧の男——魔王かもしれない彼——は先ほどまでいた場所から姿が消えていた。


(……どこへ行ったのかしら)


 ほんの少し寂しさを感じながらも、まずはここでできることをしなくては。わたしは仲間と一緒に、崩れ落ちた医療テントの応急修繕や、散乱した薬の回収を始めた。


 やがて、一段落したころ、前線から戻ってきた兵士や指揮官たちが状況の把握に追われ、さらに街から救援隊が駆けつけてくる。王都兵、地元兵、冒険者、神官——ありとあらゆる立場の人々が入り乱れて大騒ぎだ。

 その混沌のなかで、どこからか見慣れた声が聞こえてきた。

お読みいただきありがとうございます!

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