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4.

それから数日後、彼が言っていた“手伝い希望の兵士”たちがやって来た。若い男性ふたりと女性ひとり。いずれも実直そうな人柄で、「少しでも人の役に立ちたい」と意気込んでいる。

 彼らはさっそく掃除や調合の手伝いをしてくれ、わたしは最低限の給金を払いつつ、薬学や救急処置の基礎を教えた。


「セレスさん、薬の調合ってこんなふうに火加減を調整するんですか?」

「ええ、そう。温度が高すぎると有効成分が飛んじゃうし、低すぎると溶け残りが出るの。最初は難しいけれど慣れていきましょうね」


 わたし自身、専門教育を受けたわけではなく、自分で学んだ知識や王宮での文献を参考にしている。それでも独りよりはずっと効率がいい。彼らの存在は大きかった。

 さらに、治療現場での基礎知識を教えていると、彼らのほうから質問が飛び交う。


「でも、これだけの重傷をどうやって治すんです? 普通なら、医術師が数名がかりで何日もかかるはずなのに……セレスさんはいつもあっさり治しちゃいますよね」

「え、ええっと……そうね。わたしはもともと魔力が高めらしくて……。少しでも身体を回復させるエネルギーを直接伝えてあげられるの」

「じゃあ、それはやっぱり……」


 なかなか聖女の力だとは言い出せない。でも、彼らからすれば「神に祝福された特別な力」だという認識があるようで、わたしの答えに微妙な納得を示していた。

 ただ、そこから先の詮索はしない。きっと、この辺境にはいろんな“訳アリ”の人間がいるし、深堀りしても関わらないのが暗黙の了解なのだろう。


◇◇◇


 そんなふうに忙しく過ごしていたある日、街の広場がやけに活気づいているのに気づいた。朝早くから、王都の紋章をつけた兵隊や荷馬車が続々と到着し、ベルタスの住民たちは好奇心から遠巻きに見守っている。

 もしかして、先日黒鎧の男が言っていた“追加の王国兵”が到着したのだろうか。わたしも店の外に出て、その様子をうかがう。

 王都から派遣された兵たちは、騎兵隊や魔法兵など多種多様で、総勢百名以上はいるように見える。かなり大規模だ。指揮を執っているのは騎士団長らしい白髪交じりの男性。随行の高官や神官らしき人々もいる。


 すると、見覚えのある紋章が視界に入った。あれは王家が直接管理している聖堂や、儀式を行う特使が身につける紋章——つまり“聖女”関係の部署を表すものだ。

(……あれ? ここに来るってことは、新たな聖女も来る可能性があるってこと……?)


 嫌な予感がした。王太子アルフォンスが乗り換えたと言っていた“新しい聖女”。もしかしてこの辺境での作戦に派遣されるのかもしれない。わたしは心臓が早鐘を打ち始める。

 もう王都を出たとはいえ、そう簡単に過去が断ち切れるわけでもないのだ。嫌でも姿を見られたら、向こうがどう出るかわからない。


 と、そのときだった。突如、広場に騒めきが走った。見れば、街の守りを担う地元兵の列に、黒鎧の男が加わっている。周囲の王都兵たちが警戒するように彼を取り囲もうとするが、彼は悠々と歩み寄っていく。

「な……あいつ、何なんだ? 魔族か?」

「いや、領主の命令を受けているとか言っていたが……こんな不気味な鎧の奴は、見たことがない」


 王都兵たちは明らかに黒鎧の男を怪しんでいるようだが、彼は意に介さず、中央にいた指揮官らしき人物へ堂々と近づいていく。彼らが何やら言い争っているのか、距離があってはっきり聞こえないが、黒鎧の男の傲岸不遜な態度は遠目にもわかった。

 まるで「俺がこの辺境の防衛を取り仕切っている」と言わんばかりに。


「……やっぱり、ただの兵士じゃないのね」


 わたしはため息をつきながらも、なぜかその光景に目を離せない。あの男は一体、本当は何者なのだろう。領主や王国軍の命令にも従いつつ、自らも強大な権限を持っているように見える。この辺境に来る前に、そんな“立場不明”の強者がいるなど聞いたことがなかった。


 すると、ふいに黒鎧の男が広場の端にいるわたしに視線をよこした。鋭い目が遠目にもわかる。思わず身をすくめると、彼は口の端をゆるく引き上げ、不敵な笑みを浮かべる。

 ——まるで、「そこにいるのは知ってるぞ」と言わんばかりだ。


 わたしは慌てて店の中へ戻った。あんな目で見られると、どうにも落ち着かない。

 けれど、王都兵が来ている以上、このあとも騒ぎが大きくなる可能性は高い。万が一“新しい聖女”が一緒に来ているなら……最悪、わたしを見つけて何か言ってくるかもしれない。


(でも、もうわたしはあの人たちには関係ない。……どうでもいいわ)


 そう自分に言い聞かせて、なるべく平常心を保つ。まだ昼だというのに、胸の奥がざわついて落ち着かない。店に戻って調合作業を始めるが、どうにも手が進まないまま時間だけが経っていった。


◇◇◇


 夕方。結局、広場で行われていた王都兵たちの到着行事は一区切りついたようで、一行は街の宿や砦へと分散していった。幸いにも、わたしの店に余計な詮索をする兵士はいなかったようだ。

 外が静かになったので、閉店の準備をしようかと考えていた頃——ドアがノックされた。


「……はい、どうぞ」


 わたしが返事をすると、ドアの向こうには意外な人物が立っていた。

 長い銀髪を揺らし、白を基調とした神官服をまとった女性。儚げな印象を与えるが、その目には妙な光が宿っている。

「ここが、あの薬師の店なんですね。わたし、お話を伺いたくて」


 その女性を見た瞬間、胸がざわつく。王都の聖堂で見たことはないが、身につけている装飾や紋章は確かに“聖女”を象徴するものだ。つまり、あの“新しい聖女”——彼女に違いない。


 内心、動揺を隠せないが、わたしは営業用の笑顔を浮かべて迎えた。

「いらっしゃいませ。……今日はどのようなご用件でしょうか?」

「あなた、すごく腕がいいんですって? ここらの兵士や冒険者さんたちがみんな絶賛してる。癒しの魔法のようだって。……それって、どうやってるの?」


 問いかけながら、彼女の目はわたしをじっと凝視している。その口調はやたらと穏やかだが、どこか底知れない圧力を感じる。

 わたしは唇をきゅっと結んで、やんわりと答えた。

「わたしはただの薬師です。薬草の使い方を工夫しているだけで、それ以上でも以下でもありません」

「でも……みんな、普通じゃないって言ってたわ。ねえ、あなた本当は聖女なの? わたしの“席”を脅かす存在なのかしら?」


 その言葉に、はっとなる。まさか、こんなにストレートに突っ込んでくるとは……。相手が聖女の力を持っているなら、わたしの微かな魔力にも敏感に気づいてしまうのだろうか。

 しかし、わたしはすぐに首を振る。

「わたしは王国の聖女ではありません。あなたこそ、新しい聖女様なんでしょう? こちらこそ、わたしなどの力は比べものになりませんよ」


 内心の苛立ちを押し殺して笑顔をつくる。けれど、彼女は怪訝そうに目を細め、わたしに数歩近づいた。

「本当に? 聖女じゃないなら……どうしてそんなに高い癒やしの力を持っているの?」

「もともとの体質と言うか、たまたま魔力が高いだけで……」


 どうにか誤魔化そうとするわたしの言葉を、彼女は途中で遮る。

「ふうん。まあいいわ。もしあなたが聖女じゃないなら問題ないし。でも……もし本当は‘前の聖女’なら、今のわたしの立場が危うくなるから、排除しなくちゃならないものね」


 その言葉に、胸がぞくりとする。最初は穏やかそうに見えたが、心の底には明らかに敵意や独占欲が渦巻いている。

 わたしはできるだけ動揺を表に出さないように努め、笑顔を作り続ける。

「ご心配なく。あなたが今の聖女として活躍されるのを、わたしは陰ながら応援していますよ」

「本当かしら? あなた、わたしに嫉妬したりしてない? だって、わたしは王太子殿下に選ばれた存在なんだから。あなたの力なんて、彼の目にはもう映らないのよ」


 その言葉に、かつての婚約者の顔が頭に浮かぶ。——王太子アルフォンス。

 しかし、もはやわたしには彼への執着などかけらも残っていない。少し前なら悲しみや憎しみを感じたかもしれないが、今はただ「よかった」とさえ思う。

 けれど、この女性はそこを“弱点”と考えて、あえて突いてきたのだろう。まるで優越感に浸るようなその表情が、わたしの胸に奇妙な寒気をもたらす。


「いいえ、わたしはどうでもいいんです。王太子が誰を選ぼうと。正直なところ、あれだけ偉大な存在にふさわしい聖女が見つかって、何よりだと思っています」

「……ふうん。じゃあ、今度の大規模作戦でも、しっかりわたしが‘本物の聖女’として奇跡を起こすところを、見ておきなさい。あなたなんかよりずっと、優秀なわたしを」


 彼女は勝ち誇ったように笑みを残し、踵を返して店を出て行った。残されたわたしは、軽く頭痛を覚えるほどのストレスを感じていた。

(……やっぱり、面倒なことになりそう)


 そう思わずにはいられない。今の聖女がわたしを“危険な存在”と疑えば、教会や王家に報告するかもしれない。そうなれば再び拘束されるか、厄介な扱いをされる可能性だってある。

 もう、誰かに踏みにじられるのはまっぴらだというのに——。

お読みいただきありがとうございます!

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