エピローグ
それから数日。大混乱に陥った前線基地はどうにか復旧し、残りの魔物掃討も成功裏に終わった。新しい聖女は、今回の暴走で心身に深刻なダメージを負い、しばらく静養が必要らしい。王太子アルフォンスも、その責任を問われる形で王都に呼び戻されるという話だ。
わたしは相変わらず、ベルタスの薬師として忙しく過ごしていた。街も少しずつ平穏を取り戻し、わたしの店には以前のように患者や薬を求める客がやってくる。
あの騒乱のあとも、王都方面から「いずれ正式に戻ってきてほしい」と打診があったが、わたしはすべて断った。今さら彼らに付き従う義理はないし、わたしがこの地で築いた生活はかけがえのないものだ。
「セレスさん、これ。新しく配合した鎮痛薬、店頭に並べてもいいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。わたしが検品した分は大丈夫だから、備え付けの棚に置いてちょうだい」
店の奥では、例の若い兵士たちが今日も手伝ってくれている。彼らは医療技術を学びたいと希望しており、わたしの店で経験を積むことでいずれは独立するかもしれない。
わたしはそれでいいと思っている。誰かに必要とされる場所があるなら、わたしも力を注ぎたいと感じるからだ。
店の外に出ると、柔らかな日差しが降り注いでいた。数日前のあの荒れた空が嘘のようだ。道を行き交う人々の笑顔を見ていると、ほんのりと胸が温かくなる。
ふと思い出すのは、夜明け前、わたしを呼び出した黒鎧の男の声。
(「好きに生きろ。もし踏みにじられそうになったら呼べ」……だっけ)
確かに、まだ王国には問題が山積みだし、魔族との衝突もこれから大きくなる可能性がある。あの男と再び出会うときは、もしかしたら戦火のただなかかもしれない。
でも、そのときわたしは後悔しないだろう。もう誰の道具にもならず、わたし自身の自由を守り抜く覚悟があるのだから。
王都で“聖女”と呼ばれていた過去は、もはや遠い幻みたいに感じる。わたしはいま、“ただの薬師”として、そして“自立したひとりの人間”として、新しい人生を歩んでいる。
きっとこれから先、いろんな困難があったとしても、わたしはもう押さえつけられない。自分で選んだ生き方を曲げる気はない。
そう決めた瞬間、ふと遠くの山の向こうから一筋の黒い鳥影が舞ったように見えた。まるで見送るように、あるいは見守るように。——わたしの思い過ごしかもしれない。
だけど、それを見たら自然と笑みがこぼれた。
「さあ、今日もがんばろう。わたしの、大切な毎日を自由に生きるために」
そう呟いて、店の扉を開ける。
新たな風が吹き込んで、薬草の香りがふんわりと鼻をくすぐった。
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