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十七

 足音もなく、シェオルは踏み出す。

 そして、


「クマーーーーーーッ!!」


 ――ズドンッ!!


 シェオルは無言のまま雄叫びを上げたクマの身体の中心に拳を打ち込んだ――と、同時に浮かび上がった背中から黒水晶が飛び出す。


「――――」


 声すら出せずクマは宙に浮き、トッと地面に落ちるときには元の大きさのヌイグルミに戻っていた。遅れて、キンッという微かな音を立ててヌイグルミの横に水晶も地面へと落ちる。


「…………」


 全ては一瞬の出来事。

 その光景に、クマと同様にリップもティスもセリッサも声を出すこともできず、目の前で起こった出来事に目を見開き、ただ見つめていた。

 殴り飛ばして、とはシェオル本人が確かに言ったことだ。だが、そうは聞いていても本当に殴って浄化させるとは思っていなかった。

 普通なら殴っただけで水晶がでることなどありえない。絶対に……魔法を、浄化を使わない限り絶対に殴っただけでは水晶は出ない。

 ということは、シェオルは魔法を使ったということになる。


(……だけど)


 まだ目の前で起こったことが信じられず、セリッサはヌイグルミに向けていた視線をシェオルに向けた。

 だけど……シェオルは開花をしていない。魔法少女に成らなければ、魔法は絶対に使えない。

 開花(フルーリール)というのは前述したように魔法少女に成るという意味ではあるのだが、もう少し詳しく言えば戦女神アテネとの誓約だった。

 魔法少女に成れる少女はアテネの子という種子を持ち、『魔法少女となり、貴女(アテネ)と共に戦います』という誓約によってその種子を開花させ、アテネの魔法や浄化の術、戦いの知識を得ることができる……と言われている。これは、魔法少女以外の人間も信じている古くから根付いている信仰のようなもので、そこに疑問の余地はない。

 そして、開花をしているかしていないかは一目見ればすぐに分かった。大幅な身体能力の向上というものもあるが、それ以前に開花した場合、魔法少女に成るという言葉通り姿が変わるからだ。

 自分の持つ種子によって変わる姿は千差万別だが、今のシェオルが開花していないことだけは分かった。魔法少女特有の感覚で、それは断言できた。


(でも……浄化した)


 全てが矛盾している。何がどうなっているのかが全く分からない。


(…………)


 いや、一つだけ分かることがあるとすれば……シェオルは普通の魔法少女とは違う力を持っている、ということだった。

 魔法の力だけではなく、知識も理論も全部含めて自分たちとは違う力を。


 サァァァァ――――


 その時、


「――――」


 一陣の風が吹く中、顔だけをこちらに向けてきたシェオルの視線に、セリッサの瞳も止まってしまった。

 黒髪を揺らし服をなびかせ、「どう? 言ったとおりでしょ」というような自信を持った瞳を向けてくるその姿。小さいのに大きく見える背中。

 頼もしくて、かっこよくて、憧れていた、あの――


(――やっぱり似てる)


 自分だけが気付いたシェオルの変化。それは、あの人と重ね合わせていたからだった。

 だから変化に気付き、そして、怖くなった。あの人が、あんな殺意を、虚無を出すなんて信じられなかったから。


(でも……)


 でも、違う……初めて会った時よりもそれは確信して、セリッサはすぐに胸中で否定した。

 名前だけならいくらでも変えることができる。書類に書いた履歴も……嘘をつく理由は分からないが、それはいくらでも変えることができた。

 でも、違う。あの人は開花することが、魔法少女に成ることができた。それをせずに、他の力――と今のところは言うしかないが、他の力を使うことなどしないはずだった。

 魔法少女の力を使わずに他の力を身に付ける理由も分からないし、やはり隠す理由も嘘を付く理由も分からなかった。

 だから、違う。


(……でも)


 違うと思いながらも、セリッサはどこかでそれも否定していた。


(やっぱり似てる……)

「これは一体どういうことですか」


 時が止まったような時間――誰もが無言でシェオルへと視線を向ける中、背中から聞こえてきた声にセリッサは我に返り振り返る。


「ティスにリップ教師、セリッサまで。それに……君は生徒じゃありませんね」


 丁寧だが、詰問するような口調で問いかけながら歩いてくる短い黒髪に眼鏡をかけたスーツ姿の女性。


「シュム先生」


 その姿にセリッサは小さく呟き……そして、シュムの後ろにいる人物に気付き息を呑んだ。

 自分と同じプラチナブロンドの長い髪に、透き通った空色の瞳。校章が入った白い正装。

 アルカンシエル魔法少女学園の学園長。六人いる聖女の一人、『白銀の聖女』――


「お母さん……」


 セリッサの母、セレス・フリンデルはシュムの後ろからゆっくり歩みを進め、視線をこちらへと向けた。


「リップ教師、説明をお願いします」

「あぅ、ええと……」

「説明なら私がします、シュム教頭」


 続けてのシュムの問いに、悪戯が見つかった子供のように、というのはまさにそのままだが慌てるリップにティスがすぐに割って入った。


「彼女はシェオル・ハデス。入学希望者です」


 リップにした時と同じようにまずそう伝え、ティスは詳しい事情を教頭と学園長へと説明していった。


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