9.知ろうとすること
今回のお話は『氷の女王』一ノ瀬さん視点です。この人がどんな性格なのかを知って欲しいです。
高校生になって一週間。特に中学のころと変わりない日常を過ごしている。最初の三日間ぐらいは私に話しかけてくれる人が多かった。しかし一度話したことがある人は私のところに再び現れることはない。この言い方だと私が会った人を殺しているみたいだが、理由はよく分からない。中学生になったばかりの時もこんな感じだったし、私に原因がありそうだけど別に自分を変えるつもりはない。だってこれが私なんだから。偽りの自分を他人に見せても、いつかはメッキが剥がれてしまうものだ。それだったら最初から演じない方がよい。
「一ノ瀬さんおはよう」
「おはよう」
私が会話する時は大抵「初めまして」ばかりだ。しかし、この学校で一人だけそれに当てはまらない人がいる。前の席の伊崎くんだ。私が高校生になって二回以上話したことあるのは伊崎くんだけだ。二回以上話したことあるし私の友達だ。
「そういえば今日の面談でコース選択があるけど決めてる?」
「うん」
「そっかぁ…」
伊崎くんは自分の席に着いて前を向いてしまった。朝のHRが始まるまでにまだ時間があるのに、もうお話してくれないのだろうか。中学の時にも一人友達がいたがずっと暇な時間はお話してたのに。でも別に私から話しかけはしない。昔、お姉ちゃんに聞いたことがあった。
『どうしてお姉ちゃんは色んな人とお話しするの?』
『どうしてか…う~ん…その人のことを知りたいからかな!』
別に他人のことを知りたいとは思ったことはほとんど無い。だから私は話しかけない。
だけど伊崎くんのことを見ているとなんだかムズムズする。この感覚はどうしたら失くすことができるのだろうか。
『伊崎くんはコースどっちにするの?』
胸の中でそんな言葉が生まれる。本当はこのムズムズを失くす方法を知っている。これは私が他人を知りたいと思った時に出てくる感覚だ。中学校の時に友達のおかげで分かったことなのだ。
「渚、お前コースどっちにするんだよ?」
伊崎くんの友達がやってきた。名前は知らないが伊崎くんがよく話しているのを見る。私がちょうど聞きたかったものだ。
「普通科コースに決まってるだろ」
その言葉を聞いて胸が槍で貫かれたような感覚になった。グサリと刺さった痛みは徐々に私の心を黒くする。私は商業科コースに進む。友達の伊崎くんも一緒だったら良いなとどこか心の隅で考えていた。コースが違うと会うことはほとんどない。伊崎くんを知らなくて良かった。一緒に四木高校商業科コースを目指していた友達は受験で落ちてしまった。別れを経験するぐらいなら、その人を知らない方がよい。そうしたら悲しい思い何て生まれないのだから。
私も普通科コースにしようかな…
机の上に並べられた普通科コースと商業科コースの二枚の紙を見ながら、そんなことを考えてしまっていた。だが私は商業科コースの紙を手に取り中嶋先生に渡した。
「え?一ノ瀬、商業科コースなのか?」
「はい」
「そ、そうか…私がプライドを捨てて伊崎を商業科コースに引き入れたのは意味なかったのか」
私は耳を疑った。確かに伊崎くんは普通科コースに行くと言っていた。だけど今、中嶋先生は伊崎くんを商業科コースに入れたって。
「伊崎くんは商業科コース?」
「ああ、そうだ。なんだ嬉しそうな顔して。友達なのか?」
「はい」
どこか満足そうな顔をしている中嶋先生をあとに私は教室の方へと戻っていった。次の面談の人を呼んだあと私は自分の席に着いた。
「もしかして超能力者なの?」
「は?」
「何でもないです」
伊崎くんが私の方を見てそう言った。意味が分からず「は?」と返事をすると伊崎くんは前に向いてしまった。伊崎くんの背中を見ていると私はまたムズムズとした感覚に襲われる。気づいたら私は伊崎くんの背中を指でツンツンとしていた。
「ねえ」
「え?」
「超能力者ってなに?」
私がそう質問すると伊崎くんは驚いた顔をしていた。自分で言っといて意味を聞かれると困るなんて変な人だ。前から思っていたが伊崎くんは変人だ。それも自分は一番まともだと思ってて、自分が変だと自覚しないタイプである。
「いやべつに特に意味はないけど…」
「ふーん、そっか」
伊崎くんを知ろうと思って話しかけたのに、何の答えにもなっていない曖昧な答えが返ってきた。伊崎くんが私を知ろうとする気持ちと、私が伊崎くんを知ろうとする気持ちには大きな差があるように感じた。
「いや一ノ瀬さんを見てると寒くなる時があるんだよ」
「え?」
「だからもしかして超能力者なのかなって…あははっ…」
そう言えば中学校の時の友達にも「涼花ちゃんといると私かぜ引いちゃいそう…」と言われたことがある。確かに冷え性だけど私って冷たいのかな。
「寒いの?」
「いや今は違う意味で寒気がしてます…」
確かに春になって暖かくなってきたとはいえ、まだまだ寒い気温が続いている。もしかしたら伊崎くんも私と同じ寒がりなのかもしれない。私は膝にかけてあるブランケットを一枚を手に取った。
「じゃあブランケット貸してあげる」
「え?ありがとう」
私は伊崎くんの方にブランケットを差し出すと伊崎くんは手に取って自分の膝にかけた。
「あったけえな」
「でしょ」
寒がりの私が時間をかけて選び出したお気に入りのブランケットだ。やっぱり伊崎くんも寒がりで、気に入ってもらえて何よりだ。
「でも良いの貸してもらっても?」
「いつも2枚使ってる。今日はあんまり寒くない」
私は正直人を知るのが怖い。知れば知るほどお別れは悲しいものだから。友達である伊崎くんと別れるのは悲しい。だけど三年間は商業科コースで一緒だ。別れはまだこない。それに伊崎くんは私のことを知ろうとしてくれる唯一の人。知ろうとしてくれるのは嬉しいことだ。私も伊崎くんが知りたい。
「一ノ瀬さん俺と―――」
「なんで私を見て寒くなるの?」
「あ」
伊崎くんは固まってしまった。
◇
あれからと言うもの伊崎くんが全然話してくれなくなった。私以外の友達の二人には話しかけるのに。仲間外れなんてひどい。だけど商業科コースでお話をする機会は増えるだろう。しかし、それにしても伊崎くんが来ない。
「離せーーー!!!!」
そんなことを考えていると、男性教員や生徒に捕縛されて奇声を上げている伊崎くんが商業科教室へと入ってきた。そして伊崎くんは私の隣に座らされたあと、やたら手際のよい男たちにガムテープで椅子に固定された。
「どういうこと?」
「俺が知りたい」
このあと色々あって私は伊崎くんをグランドの中心に放置した。別に友達である私を差し置いて伊崎くんが本間さんと話していることや私以外に友達がいることに嫉妬したわけじゃない。最近、伊崎くんが私にお話ししてくれず拗ねてしまってもない。
それに私自身もこの気持ちの意味を知らない。
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