8.まだ子どもな僕たち
「本間の手続きは終わったし、今度こそ三人の交流会だ。どうやら伊崎と一ノ瀬は仲良くなったみたいだな」
「あの仕打ちを見てよく言えましたね」
一ノ瀬さんによってグランドの中心に放置された俺だったが、あのあと本間さんと中嶋先生に救助された。ガムテープもすべて外してもらい、やっと自由の身となった。まさか一ノ瀬さんも松下先輩みたいな狂気を持っている人とは思いもしなかった。
「どうせ伊崎くんが一ノ瀬ちゃんに失礼なことしたんでしょ」
「本間さんの中で俺はどんなイメージなんだよ」
「ノンデリ男」
「変人」
「DV野郎」
「聞いてない上にひどい意見ばかりだな」
本間さん、一ノ瀬さん、中嶋先生の順番に俺へのイメージを言っていった。俺への風評被害もいいところだ。どこでそんな風に思われるきっかけがあったんだよ。
まず、本間さんの「ノンデリ男」について。昨日、松下先輩に拉致されたときに少し話したことがあるだけだ。そんな短時間で俺のことを「ノンデリ男」と決めつけるなんて酷い人だ。しかし、そういえば松下先輩に応援したいと言われて「気持ち悪い」と返したところ見られてたな…
次に、一ノ瀬さんの「変人」について。高校生活が始まって一週間。同じクラスで席が前後。かと言って話したことはほとんどない。関わってもいないのに「変人」と決めつけるなんて酷い人だ。しかし、そういえば机に付箋を貼られまくったり、拉致されて発狂している様子を見られていたな…
最後に、中嶋先生の「DV野郎」について。前提として教師が生徒に言うような言葉でない。学校で暴力事件なんか起こしてないし、同級生の女子には紳士な対応をしている。ただの憶測で「DV野郎」と決めつけるなんて酷い人だ。しかし、そういえば中嶋先生が土下座している時に踏みつけたりしたな…
「あれなんか意外と心当たりあるな」
「心当たりあるの!?「ノンデリ男」と「変人」は分かるけど「DV野郎」ってなに!?」
「私は伊崎に背中を踏まれたことがあるぞ」
「え?」
「踏みましたね」
「えええ!?」
本間さんのリアクションは表情も豊かだし、体も一緒に動くため反応が面白い。なんなら騒がしいくらいだ。それに対して一ノ瀬さんは全くの無。表情が変わらないどころか動きもしない。もうこれ静止画かなんかじゃないよね?代わりに等身大パネルを置いとくだけで問題なさそう。
「そういえば伊崎は二人と交流があるのか?」
「一ノ瀬さんはクラスメイトで席が前後だから話す機会があったのと、本間さんは共通の知り合いがいて昨日初めて話しました」
「なるほどな。じゃあ一ノ瀬と本間は?」
「もちろん知ってますけどお話しするのは初めです!」
「知らない」
「地味に一ノ瀬ちゃんに認知されてないのショック…でもこれから知ってもらえばいっか!」
ここで折れずにポジティブな思考になれるのはすごいな。だがそれでよい。誰とでも仲良くなれる『聖女』本間花音 VS 誰も寄せ付けない『氷の女王』一ノ瀬涼花。『最強の矛』と『最強の盾』の対決。簡単に折れてもらったら困る。
「部活とか入ってる?私は中学まで帰宅部だったんだけど昨日から吹奏楽部に入ったんだ!」
本間さんが挑戦したいと言っていたのは吹奏楽部のことだったのか。それにしても昨日からと言う事は、俺と部室棟で別れたあとに吹奏楽部の体験が行われている音楽室へと足を運んだのだろう。行動力が凄まじいな。
「まだまともに音すら出ないけどね!」
本間さんは後頭部に手を当てながら恥ずかしそうに笑う。第三者から見ると本間さんは完璧な存在に見える。しかし人間だれしも欠点や苦手なことなどがある。だが本間さんはその自分の弱さを相手に伝えることができる。それが本間さんが誰とでも仲良くなれる理由の一つであり、彼女自身の魅力なのかもしれない。
「バスケ部」
対して一ノ瀬さんは強者感が凄い。弱みなんて一切見せないタイプだ。戦国時代なら心強い戦友になっていただろう。コミュニケーション能力が重視される現代においては致命的だ。俺はもう流石に慣れたが、本間さんはこれにどう対応していく?
あとちょっと待って一ノ瀬さんバスケ部なの!?どう考えてもチーム戦するようなタイプじゃ無いだろ。やっぱり一ノ瀬さんはよく分からない。
しかしまあ優雅に美しい音色を奏でる本間花音。華麗なドリブルと冷静にシュートを決める一ノ瀬涼花。どちらとも絵になりそうだ。
「そうなんだ、スポーツ得意そうだもんね!なんでバスケ始めたの?」
「お姉ちゃん」
「えっお姉ちゃんいるの?私一人っ子だから羨ましい~」
「ありがとう」
す、すげえ…一ノ瀬さんと会話ができている。しかも相手に気を使っているような雰囲気が無く、心から会話を楽しんでいるように見える。他の人はこの辺りで引きつった表情に変わっていくのに、本間さんは嬉しそうに笑っている。一ノ瀬さんは相変わらず話していると睨んでいるような目つきになっているが俺には分かる。ほんの少しだけ一ノ瀬さんの口角が上がっている。
「どうして吹奏楽部?」
一ノ瀬さんから声をかけた!?そんなところ見たことないぞ。これはもう矛が盾を貫いた。本間さんの勝利と言っても過言では無いのでは?『聖女』のぬくもりは『氷の女王』の心を溶かした。
なんだか改めて一ノ瀬さんのことを見ていると「子どもに素直になれない不器用な昭和の父親」みたいに見えてきた。
「中学の時に吹奏楽部に入ろうか悩んでたんだけど帰宅部になって。高校では吹奏楽部に入るんだって考えてたけど経験者の人ばかりで迷ってたんだ。だけど私の背中を押してくれた人がいてね」
そう言いながら本間さんは俺の方をじっと見た。もしかして本間さんの背中を押してくれた人って俺なの?俺が少し驚いた表情になると本間さんはニコっと笑った。部室棟で俺が口にした言葉、会ったばかりの俺の言葉なんかで…
「ふ~ん」
「一ノ瀬さんと伊崎くんはどんな関係なの?」
「別にただのクラスメイトってだけ」
一ノ瀬さんはそっぽをむいてしまった。なんか俺の名前が出て再び一ノ瀬さんと本間さんの間には氷の壁ができてしまった。これはまあ矛盾勝負は引き分けかな。
「私を他の人よりかまってくれるだけ。最近は全然話しかけてくれないけど」
一ノ瀬さんは少し不満そうにつぶやいた。いつもは一定の音程でまるでロボットと会話しているようであったが、今の言葉には感情による音の変化を感じた。俺も含め本間さんも驚いた表情をする。
「俺に怒ってないの…?」
「何が?」
一ノ瀬さんは本当に何か分かってないようにポカーンとした返事をする。『なんで私を見て寒くなるの?」と言われたとき、俺は表情や声、言葉で怒っていると思っていた。だが当の本人は何も気にしてなかった。確かに相手に勘違いさせるような態度はとってはいけない。しかし、見た目と噂から俺は一ノ瀬さんを勝手に勘違いしていた。一ノ瀬さんの感情を。
「ごめん、一ノ瀬さん」
「だから何が?」
「俺が謝りたかったんだ。これは単なる自己満足でそれに付き合ってくれてありがとう。それで一ノ瀬さん。俺と友達になって欲しい」
俺の最後の言葉に反応して、一ノ瀬さんが俺の方へと振り返る。そして俺は一ノ瀬さんに手を差し伸べた。拒絶されたらどうしようという心から少し俺の手は震えていた。
「私は友達だと思ってたよ」
そう言って俺の手を取ってくれた。一ノ瀬さんは笑った。一ノ瀬さんの瞳がわずかに細くなり、口角がほんの少し上がっている。
「二人とも私は仲間外れなの!私だって商業科コースの仲間なんだよ!!」
「ごめんね本間さん」
「!?一ノ瀬ちゃんたら仕方が無いな~」
「三人で握手はできないだろ」
「こうするからいいもん!」
俺と一ノ瀬さんが握手している上に本間さんは両手で覆いかぶさる。これが俺たちなりの三人の友情。俺たちなりの握手なのかもしれない。
◇
「人は心を打ち明けて仲良くなれる。だけどそれは相手を傷つけてしまうことになるかもしれない。だから難しくて、怖くて、そして美しい。大人になるとそういうのを必然と避けてしまう。それが学生であり、高校生である君たちならできる。私はそれを青春と言うのだと思うんだ」
中嶋先生の言葉は盛り上がっている渚、一ノ瀬、本間には聞こえてはいない。しかし、それはみんな知らないうちに知っている。それを自覚するのはきっと彼らが大人になってしまった時だろう。
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