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7.雪どけ

「これで全員揃ったな」

「え、たった三人なんですか商業科コース?」

「伊崎も驚いたか。なんと今年は三人も入ってくれた」


 逆、逆ぅ!いくら謎めいた商業科コースでも普通はもっと人数いるだろ。普通科コースの人数と比べたら200:3だぞ。くそ…いっそのこと俺が入学する前に潰れてしまってたら良かったのに。細々と現代まで受け継がれやがって。


「まあせっかくだから順番に立って自己紹介しろ。三年間を共にする仲間だからな」


「一ノ瀬涼花」

「私は本間花音です。二人ともよろしくね!」


 そして次に問題なのが商業科コースのメンバーである。まだ三人だけなのは許せる。しかし、よりにもよってなぜこの二人なんだ。学年の中で美少女と言われる『氷の女王』と『聖女』のトップ2。そして男子はゼロ。あまりにも気まずすぎる。肉食獣がいる檻の中に丸裸で放り込まれたような気分だ。この状況を無責任に羨ましがる奴はいっぱいいるだろう。だったら代わってくれ。


「どうした伊崎。女子しかいないから緊張しているのか?」

「いや俺の状況見てよく言えましたね。縛られて動けないんですよ」

「胴体と椅子をガムテープで巻かれているだけだろ。そのまま椅子ごと立ち上がれ」

「いや足首も拘束されています。あと机と椅子の足を手錠で繋がれてます」

「入念だな」

「伊崎くんはテロリストにでも襲われたの?」

「テロリストと言っても遜色ない連中だった」


 俺は仕方がないため座ったまま二人に自己紹介をした。右には『氷の女王』一ノ瀬さん。左には『聖女』本間さん。この二人が同じ空間にいるなんて異様な光景だ。校内のニュースになりそうだ。


「じゃあ軽く商業科コースの説明をするぞ。まあ名前の通り経済関係の勉強が九割で、商業科高校みたいなものだと考えて良い。そして君たちが頑張らないといけないのが資格勉強だ」

「資格って簿記とかですか?」

「その通りだ。『全国商業高等学校協会』略して全商が案内している検定を受けて、合格したあかつきには資格が貰える。ちなみに八種目あるから卒業するまでどれだけ取れるか頑張ってくれ」


 中嶋先生はプロジェクターにスライドを写しながら意外にも丁寧に説明してくれる。いつもはHRのときも座ったままか、教卓に上半身を預けながら気だるげに話しているのに、今は指示棒を使いながら姿勢も良い。なんだかできる女って感じ。


「話さないといけないことは山ほどあるが、まあこれから適宜話していくことにしよう。それより今は三人の交流だ。商業科コースはメンバーが仲良くないと二年生以降()()()からな」


 何ヤバいって?楽観主義そうな中嶋先生が言うのが尚更怖い。しかしそこも気になるところであるが、俺たち三人が交流するってどうしたらいいんだよ。本間さんはともかく一ノ瀬さんが問題だ。

 いや待てよ…これは最高の戦いになるのではないか?

 誰とでも仲良くなれる『聖女』本間花音 VS 誰も寄せ付けない『氷の女王』一ノ瀬涼花

 まさに『最強の矛』対『最強の盾』。夢の対戦カード過ぎる。そして俺はこの伝説の戦いを見届ける者になれる。

 そんなことを考えていると教室に着信音が鳴り響いた。どうやら中嶋先生のスマホのようだ。


「中嶋です。はい、あーなるほどすぐに行きます。本間、どうやらちょっとした手続きをしないといけないらしい。今から行くぞ。三人の交流はあとだ」

「え~一ノ瀬ちゃんとお話ししたかったのに」

「手続きって何のことですか?」

「本間は普―――うぐっ」

「乙女のひみつでーす!」


 俺の問いに答えてくれようとした中嶋先生の口を本間さん手で抑えた。なんかそうやって隠されると気になるが、本間さんは俺がサッカー部に入らない理由に深入りしないでくれた。だから俺もこれ以上は聞かないでおく。


「すぐ戻ってくるから仲間外れにしないでね!」


 そう言って本間さんと中嶋先生は教室を出て行った。


「…」

「…」


 一ノ瀬さんと二人きりとか気まずすぎるだろ!?というかこの人さっきまでの時間で自分の名前以外に一切喋ってないぞ。声かけるのが怖いしな…でも沈黙で気まずいほうがもっと嫌だしな…


「…!?」


 ふと一ノ瀬さんの方に視界を向けると俺の方を真っすぐと見ていた。目が合っているというのに微動だにしないし話しかけても来ないのは何?本当に何を考えているか分からない人だ。


「一ノ瀬さん」

「なに」


 試しに声をかけてみたが返ってきたのはたんぱくな返事と養豚場のブタを見る目だ。いつもの俺ならここでリタイアだが今回は違う。今この場には第三者が存在しない。つまり一ノ瀬さんに恥をかかされても噂が広まることはない。


「ガムテープと手錠を外してくれませんか?」


 当たり前のようになっているのだが、俺は現在進行形で座席に縛られている。そろそろ解放されたい。なんか一ノ瀬さんドSそうな雰囲気があるから、他の人にこの状況を見られたらそういうプレイしてるのと勘違いされそうだな。まあ何だかんだ言って一ノ瀬さんはあのときブランケットを貸してくれたし、本当は優しい人だと信じてる。


「いやだ」

「え?」


 しかし、想像と違った答えが返ってきた。俺のこと嫌いかもしれませんが、これから商業科コースで一緒に頑張っていく仲間なので助けてくれませんか?


「だって普通科コースの方に逃げるでしょ?」


 一ノ瀬さんはシャーペンで俺の頬をチョンチョンとつつきながら言う。考えていなかったが確かに今ならまだギリギリ間に合うかもしれない。今度は顔でバレないように覆面を被っていってやる。


「本当は俺、普通科コースに行きたかったんだよ…だから解放してくれ」

「ふ~ん…」


 一ノ瀬さんは頬杖をしてプイっと反対方向に向いてしまった。やばいまたもしかしたら怒らせてしまったのかな…地雷踏んでしまったような発言あったか?俺はため息をつきながらうつむいた。



「わたしは伊崎が商業科コースに居て欲しいけどね」



「え?」


 俺は自分の耳を疑いながらも一ノ瀬さんの方へ向く。反対方向にむいているため表情は見えない。しかし、一ノ瀬さんの雪のような白い肌の耳がわずかに赤くなっているのが、長い髪の隙間からわずかに見える。俺の目は驚きで大きく見開いているだろう。不意打ちのせいかドキッとしてしまった。


「ちょっとこっち向いてよ」

「…嫌だ」

「見たい見たい見たい見たい!」

「うるさい」


 俺はずっと駄々をこねて講義をするが一ノ瀬さんはそっぽを向いたままだ。縛られてなかったら今頃回り込んで今どんな表情をしてるのか目に焼き付けるのに。


「そんなに見たいなら見せてあげる」

「もう遅いよ!」


 時間経過ですっかり一ノ瀬さんの耳は元の綺麗な白い肌に戻っていた。そしていつも通りの真顔で何考えているか分からない表情を向けられる。


「そうだ」

「ん?」


 一ノ瀬さんは何かを思いついたように急に立ち上がった。そして机と椅子につながって手錠を手際よく外してくれた。なんで鍵が無いのに開けられるんだよ。しかしまあ、やっと俺のことを助けてくれるようだ。


「そのままガムテープも…どこに連れて行く?」

「仕返し」


 一ノ瀬さんは椅子にキャスターが付いていることを良いことに俺を教室の外へと運び始めた。なんかよくアニメや映画で凶悪犯がこうやって椅子に縛り付けられて監獄に運ばれるシーン見るな。授業中の二、三年生の教室からの視線が痛い。先生もあまりの光景に注意もせず口が開きっぱなしだ。


「なぜ外に?」

「仕返し」


 まさか校舎を出るとは思っていなかった。てっきりこの俺の惨めな姿を大衆に見せるだけかと考えていた。しかし的は外れたようだ。そしてグランドの中心にまでくるとピタリと止まった。


「じゃあね」

「おいどこ行く」

「私の気持ちを思い知れ」


 一ノ瀬さんはそう言うと俺をグランドの中心に置いて校舎の方へと帰っていく。


「ちょっと待って!?いや待ってください!!ここに放置はあまりに残虐すぎませんか!?」


 俺の慈悲を向ける声なんか一切聞き入れる様子がなく、一度も振り返らず一ノ瀬さんは校舎へと姿を消した。


「寒い…」


 まだ四月の外は風が冷たかった。


          ◇


「最近全然話しかけてくれなかったその仕返しだよバーカ」


          ◇


『助けてくれーーーー!!!!』


 商業科事務室から本間と中嶋は外で助けを求める渚の様子を見ていた。


「何してるの伊崎くん…」

「やっぱり商業科コースの才能があるな」



 


 


 


 


 

 

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あと地味に今のところどのヒロインが人気なんだろ?とか考えてました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全然雪解けじゃなかった!? 本当の雪解けはいつくるのやら……笑
[一言] 商業科の人たちは個性的だなぁ
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