6.I can fly
「やばい遅刻する!」
自転車を立ち漕ぎで全力疾走している。二度寝してしまった一時間前の自分をぶん殴ってやりたい。丁度良い時間の電車が走っていないか確認したが五分前に出発してしまっていた。ここは田舎のため電車は三十分に一本しか走っていない。中学生の時は遅刻しそうなときは親にお願いして車で送ってもらっていたが、今年から両親は長期出張してしまった。
「ギリギリ間に合うな」
急いで駐輪場に自転車を置いて校舎の方へ走った。しかし靴箱を開けた瞬間、俺の慌ただしい動きはピタリと止まった。上履きの上に封筒が置かれてあった。もしかしてラブレターなのかと考えたが今の時代は令和。手紙を書くぐらいなら、ラインで告白するだろう。そして、告白をされるほど仲良くなった女子なんていない。変に期待する方がバカだ。
「甘いな。こんなので騙されるほど俺はバカじゃ――――」
手に取ってみると封筒は赤いハートのシールでとめられていた。
「ラブレターだと!!??」
思わず声が出てしまい、咄嗟に手で口を覆った。周囲を確認するが人気はなかった。遅刻ギリギリのおかげで誰もいなくて助かった…
ん…?遅刻ギリギリ…?
「やばい!?」
急いで三階まで駆け上がり、朝のHR開始を知らせるチャイムと同時に教室へと飛び込んだ。
「ぜぇ…ぜぇ…中嶋先生…セーフですか?」
「本当はチャイムが鳴るまでに席に着かないと駄目だが、その健闘を讃えて今日のとこは許そう」
「ありがとうございます…」
クラスメイトの方を見ると俺の方を見ながら何やらヒソヒソと会話している。え、なに怖い。遅刻ギリギリになってしまい悪目立ちしたか?変な奴と思われたくないのだが。しかし本来ならこの状況はクラスのみんなが笑ってくれそうなものなんだけど…
「…」
俺の机と椅子にびっしりと大量の付箋が貼られていた。そして俺の座席は教室から一番奥の列。つまり窓側の壁に隣接している。俺の座席の机周辺の壁にも付箋が貼られている。
「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入ろう♡」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」「サッカー部入れ」
俺は先ほどポケットに突っ込んでいたラブレターを取りだし中身を確認する。
『サッカー部入れ』
裏面にそう書かれた入部届が入っていた。
クラスメイトの方に視線を向けるが、全員が目をそらして合わせてくれない。
「何?」
「なんでもないです…」
試しに一ノ瀬さんの方を見たが、いつものように愛想のない返事と睨まれて終わった。
「朝のHRするぞー」
なんで中嶋先生はこの状況で普段通りなんだよ。
本当に松下先輩はどうしてくれようか。
◇
「すごいラブコールだな」
「どこがラブだよ。死の宣告だろ」
「なんか同じ文字ばかりだと呪いみたいだね」
朝のHRが終わり修也と健太に手伝ってもらいながら付箋を回収している。よくこんなことやるもんだ。松下先輩だろうと関係ない。これのせいで確実に俺はこの教室で浮いた存在になってしまった。いつか絶対に仕返ししてやる。だが、どんな暴力の報復を食らうか分からないから、仕返しは頭の中だけにしてやろう。本当に俺って優しい。
順番に剝がしていったが一枚の付箋で手が止まる。
「『サッカー部入ろう♡』か」
「先輩も一つくらい可愛いこと書くじゃん」
「でもなんか筆跡が違うくない?」
たぶん本間さんだろう。悪い顔して書いたのが目に浮かぶ。この付箋の量からしてきっと松下先輩と本間さんの共犯で行ったに違いない。
「何が『聖女』だ」
俺は本間さんが『聖女』ではないことを知っている。なんかライトノベルのタイトルみたいになってしまった。本当にここ最近の俺はついてない。商業科コースに入れられるわ、『氷の女王』一ノ瀬さんが後ろの席なのに気まずくなるわ、松下先輩と本間さんにはサッカー部入れとイジメられるし。それに…
「そういえば今日からコースごとに授業が分かれるな」
「な、とは言っても俺らは中学校の時の延長線上みたいなもんだし大して変わらないよな。けど渚は商業科コースだからね」
その通りだ。ただでさえ松下先輩のせいで朝から疲れているのに、これからもっと疲れることが待っている。中嶋先生いわく俺以外にも商学科コースに入った人はいるらしい。しかし、こんなコースに一人で入る愚か者はいないから友達と一緒にだろう。そのため既に仲の良い輪に入り込むしかないのだ。難易度が高すぎる。それに今までの勉強してきたこととは全く違うことを学んでいく。授業についていけるかも心配だ。
「俺の青春は真っ暗だな」
「まあ新しいことに挑戦することは案外楽しいもんだろ」
「そうそう。それにもしかしたら男子お前だけで他は女子のハーレムになるかもよ」
「それは…最高だな」
全部の付箋を集めて俺は封筒の中に詰めた。修也と健太は普通科コースのガイダンスが行われる大講義室へと向かった。そして俺が行くのは商業教室。商業科コースの生徒が主に授業を受ける教室だ。普通科コースと隔離するような場所にあり疎外感を感じる。
まあでも一つ嬉しいこともある。それは一ノ瀬さんと別々に授業を受けることができることだ。向こうはどう思っているか知らないが別に俺は一ノ瀬さんのことが嫌いというわけではない。しかし『氷の女王』ともいわれる一ノ瀬さんにずっと視線を背中に向けられ、授業中など緊張状態が続いていたのだ。そしてこの前に気まずくなって尚更だ。そう考えると気楽になってきたな。
「え?」
商業科教室の扉を開けて中に入ろうとした直前、扉の窓から中にいる一人の人物が視界に移り咄嗟にしゃがみこんだ。
「どうして一ノ瀬さんが商業科教室に!?」
再びチラリと教室の中を見るが間違いない。あれは『氷の女王』一ノ瀬 涼花だ。色々な考えが頭の中でグルグルとめぐり続ける。スマホで時間を確認すると八時五十九分。ガイダンス開始一分前だというのに一ノ瀬さんしか教室にいない。つまり商業科コースは俺と一ノ瀬さんの二人きりだと言う事だ。気楽になるどころか、なおさら気まずい状況になっている。
「このままじゃ駄目だ」
俺はそう言って商業科教室を後にした。
「離せ!俺は普通科コースだ!!」
「嘘をつくな!貴様の顔は教員全員が把握している!!商業科コースの者だろ!!」
「普通科コースにユダが紛れ込んでいたか…」
「なんで俺の顔が把握されてるんだ!!」
「過去に商業科コースの人間がそうやって普通科コースに編入した事件があったからな」
「俺以外にもこんな奴いたのか!?」
「自分で言うのかそれ」
大講義室にいた男性教員2人とガイダンスの運営に携わっている普通科コースの先輩たちが暴れる俺の身柄を抑えてくる。バレないように修也と健太の間に座って紛れ込んでいたのに速攻でバレた。
「くそ!やっと…やっとここまで来たのに!!」
俺の抵抗は虚しく、俺は外に連れられて大講義室の扉は閉まった。そして商業科教室へと連れられて、一ノ瀬さんの隣の席に座らされる。そして椅子と一緒にガムテープでグルグル巻きにされた。なんかどこかで見た光景になってるぞ。
「じゃあ頑張れよ」
そう言って教員と先輩たちは帰っていった。よく見るとあの人たちどこかで見たことあるな。横の一ノ瀬さんを見ると流石に動揺しているのか口が開きっぱなしになっている。とは言ってもいつも通りそれ以外には表情に変化はない。
「どういうこと?」
「俺が知りたい」
すると商業科教室の扉がガラガラと開いて二人の人物が入ってきた。
「どういうこと?」
「俺が知りたいです」
「また縛られてるじゃん、あはははははっ!!」
中嶋先生と『聖女』本間さんだった。
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