3.青春の契約
クラスメイト全員の面談が終わり昼休みとなった。俺、修也、健太と3人で昼食をとるのは日課となっており、今日は学食に来ていた。俺はうどん、修也はラーメン、健太はカレーライスとそれぞれが好きなメニューを注文して席に着いた。
「昼食を奢ってもらう約束だったんだけどな…」
「渚からじゃなくて一ノ瀬さんから話しかけてたじゃん。だからノーカンよ」
「まあでもそれが凄いことではあるけどね」
あれから『一ノ瀬さんを見てると寒くなる時があるんだよ』『なんで私を見てると寒くなるの?』と圧をかけながら追及されてから、上手く舌が回らず誤魔化しきれなかった。そのため一ノ瀬さんと気まずくなったとは言うまでもない。まあでも我ながら失礼な発言をしてしまったため、謝罪する機会が欲しい。
次に声をかけても口を聞いてくれるかは分からないが…
「うどんがあったけえ…」
「一ノ瀬さんに凍らされたからな」
「凍死しなくてよかったね」
この俺の冷え切った体と心を温めてくれる、うどんを提供してくれたおばちゃんには感謝しかない。調理場の方にいるおばちゃんと目が合って親指を立てると、それに親指を同じく立てて反応してくれた。俺が卒業するまでずっと居て欲しいものだ。
「そういえば俺のわがままとは言え商学科コースに2人とも入ってくれてありがとな」
「「え、俺たち普通科コースだよ」」
「は?」
さかのぼること約三十分前のラインのやり取り。
渚 『このままだと商業科コースに俺が知らない人だけになるかもしれない』
修也『仕方ないな…入ってやるよ商業科コースに』
渚 『え、まじ?』
健太『俺がクラスでボッチになるのを救ってくれたからな。今度は俺が渚をボッチから救う番だ』
渚 『お前ら…!』
「え、この会話は一体何だったの?」
「いや商業科コースとかいう正体不明なコース入れるかよ」
「最初から専門的なことを学ぶよりも、普通科コースの方が将来したいことが変わっても融通利くしね」
「お前らを貶したいがどっちとも俺が面談前まで考えてたこと同じだから何も言えねえ…!」
嘘だろ。俺と同じように中嶋先生に押されて、仕方なく商業科コースを選んだ奴は他にもいるだろうが仲良い奴がいないと流石に気まずすぎる。俺は初対面を相手に一人でガツガツいけるようなタイプじゃ無いんだ。
「お前らはどうやって中嶋先生からの勧誘を回避したんだ!?」
「回避も何も俺たち何も言われてないぞ?」
「は?」
「何なら「商業科コースに行くか迷ってます」って言うと「じゃあ普通科コースにしとけ」って中嶋先生に言われたし」
「はぁ~?」
俺はどんぶりに残っている麺をまとめてすすった。そして返却口に返して再び席に戻る。
「ちょっと行くところがある」
「お、おう頑張れよ」
「健闘を祈る」
敬礼をしてくる修也と健太に俺も敬礼をして食堂を急ぎ足で出ていく。向かったのは面談が行われた小さな教室。上にある表札を見ると『商業科事務室』と書かれてある。
「失礼します」
「お~どうした伊崎」
弁当を食べている中嶋先生の横に立ち、腕を組んでにらみつける。精一杯に怒ってますよアピールをしているつもりだが、中嶋先生は分かってないようでポカーンと俺の方を見ている。
「なんで修也と健太を商業科コースに入れなかったんですか?」
「修也と健太…ああ、あいつらか。あの二人はコース選びに悩んでたからな。そら普通科コースの方が無難だろ」
「なんか俺のときと対応違くないですか!?俺は迷わず普通科コースを選んでたのに商業科コースを勧めてきたのに」
「まあ落ち着け」と中嶋先生に頭をポンポンとされた。なんで小さい子のあやし方をされてるんだ。というかこの人は地味に身長が高いんだよな。170cmの俺より少しデカい気がする。
「私はね、自らの意志で商業科コースに入ってくる素晴らしい生徒以外は認めないんだよ」
「しばきますよ?」
「ふっ冗談さ」
中嶋先生は真顔で拳を握る俺を見かねて「分かった話す」と両手を挙げて降参したようなポーズをとる。そして先生の仕事用の席に置いてあるお菓子をくれた。俺と中嶋先生は面談の時のように再びソファーに座りなおした。
「私は考えたんだよ」
「何をですか?」
「伊崎を商業科コースに引き込めた。たとえ一人でも商業科コースの希望者がいれば高校側はその一人のために授業を提供するのは義務だ」
「なるほど」
「そしたら高校側は私を雇わらずを得ない。だったら伊崎1人でも引き込んだ時点で私の勝利だ」
「それで?」
「もうこれ以上は教師として生徒に泣きつくというのは私のプライドが許さない。だから伊崎が商業科コースに入った時点で商業科コースの勧誘はしていない!!」
「このくそ野郎が!!」
俺がソファーから勢いよく立ち上がり暴れようとするが、中嶋先生は地面に流れるように移動して土下座をした。土下座をされると、無抵抗な相手を攻撃できない戦士のように俺も何もできない。プライドが許さないとか言っていたが、既に恥を捨てた相手には無関係なのかな。
「ちなみに俺より前の出席番号の人は誰が入ったんですか?」
「何を言ってるんだ。誰も入ってないぞ」
「は?」
面談の時間的にも『俺より前の三人は戦いもせずに商業科コースを受け入れた』と考えていたが、誰も商業科コースに入っていない?少なくとも俺より前の人は絶対に勧誘を受けているはずだ。先生が仕事をクビにならないためにも。
『あなたが通う3年間はクビにならずに済むのでお願いします』という中嶋先生の先生の言葉が再びフラッシュバックする。
「もしかして…商業科コースに勧誘したの俺だけですか?」
「ん?そうだが…あいたたたたたっ!?」
俺は土下座する中嶋先生の僧帽筋の辺りをかかとでグリグリと押し込んでやった。相当効いているのか先生は地面で身体をビクビクと震わせて、段々と美しい土下座の姿勢が崩れていく。
この部屋にある仕事机は一つしかない。となると商業科コースの教師は中嶋先生だけだろう。そうなると他の教師は普通科コースの担当になるわけだが、他の教師が積極的に商業科コースを勧めるとは思えない。しかも、面談の後に四木高校のホームページを調べてみたが、ここ数年の商業科コースの活動記録が一切更新されていなかった。
商業科コースのメンバーの中でボッチにならないかを心配していたのに、同級生はおろか先輩もいない正真正銘のボッチになる可能性がある。
「俺の青春ラブコメディを返せ!!」
「いたたたたっ!?せめ…せめて頭を踏んでくれ!!労働で肩がガチガチすぎてっ…!」
「その労働が俺のおかげで保証されるけどな!あと肩こり解消にもなってちょど良いだろう!!」
「いたたたたたたたたたっ!!??」
しばらく中嶋先生の僧帽筋をグリグリとし続けていると、最初は抵抗していたものの段々と力が抜けていき今では力なく地面にうつ伏せに倒れこんで時々ピクッと震えるだけになった。これが土下座の上位互換と言われる五体投地というものか。
「ま、任せてくれ…他の教師にも掛け合って商学科コースのメンバーが増えるようにお願いしとくから…」
「ほんと頼みますよ」
中嶋先生は生まれたての小鹿のように体を震わせながら立ち上がる。肩こりだげが原因じゃなくて、普通に年のせいじゃないのかこの人。
「肩が軽い…お前はマッサージ師の才能があるんじゃないか?」
「商業科コースからでもなれますかね」
中嶋先生は肩をグルグルと回して感動した様子だ。それを見てると少し笑ってしまって、中嶋先生に対する怒りとかどうでもよくなってしまった。
「お詫びに一番おいしそうで取っておいた肉をあげよう」
「うめぇや」
あーんと差し出されたお肉を咄嗟に食べてしまったが普通においしい。ステーキ弁当とは地味に良いものを昼から食べてるじゃないか。
「まあお前が私の生活の三年間を保証してくれたように、私がお前の高校三年間の青春を保証してやる」
「本当に頼みますよ」
昼休みが残りわずかとなり急いで残りの弁当を食べる中嶋先生を置いて、俺は修也と健太が居るであろう教室へと戻る。
そういえば中嶋先生が俺にだけ勧誘した理由を聞くのを忘れたがもうそんなのどうでもよくなっていた。
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