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12/12

12.有名なトリオ

「それじゃあHRは以上だ。解散」


 中嶋先生は基本的に必要な手紙を俺たちに渡すだけなため、帰りのHRは他クラスに比べて圧倒的に早く終わる。中嶋先生の数少ない良いところの一つだ。そのため帰宅部の俺は駐輪場や門で混まずスムーズに変えることができる。


「渚、帰ろーぜ」

「上手いラーメン屋見つけたんだよ」

「まじかそれはい―――」


 俺がリュックサックを背負い修也、健太と帰ろうと席を離れようとしたとき、後ろから肩をがしっとつかまれる。考えられるのは一人。後ろを振り向くとやっぱり一ノ瀬さんだった。


「どうしたの一ノ瀬さん?」

「これから体育祭実行委員会」

「え、あれ今日からなの!?」

「うん」


 ゴールデンウィークを合わせて体育祭まであと三週間もある。こんな早くから実行委員になると仕事しないといけないのか。俺が通っていた中学校三年間で実行委員をしてくれた人に改めて感謝しかない。


「じゃ、じゃあ俺ら先帰るわ」

「ま、また明日」


 一ノ瀬さんを見るなり修也と健太はそそくさと帰ってしまった。クラスメイトは俺らを見ながら何かコソコソと言っている。最近気づいたのだが俺と一ノ瀬さんはどうやらクラスで浮いてしまっているらしい。


「一ノ瀬さんが話してる」

「全然誰とも会話したことないのに」

「ああいう声してたんだ、綺麗」


 本人たちに聞こえていないと思っていても案外聞こえるものだ。とは言っても確かに一ノ瀬さんなんて誰とも会話しない。関わろうともしない。だが最近、そんな人が俺と言うごく一般な人物と会話しているのだ。逆に一ノ瀬さんが他の人に怖がられないように俺が架け橋になるのも悪くない。最近気づいたが別に一ノ瀬さんは会話が嫌いなわけではない。むしろ好きなようで飢えてさえいる。


「まあでも相手が伊崎だからね」

「『狂人』の伊崎」

「変な人は変な人と惹かれ合うんだよ」


「おいなんだそれ!?」

「あ、『狂人』の伊崎」


 俺は思わずその会話をしていた連中の方へと飛んでいく。「え、聞こえてたのヤバイ…」みたいな感じで焦るのならわかるが、そんな冷静に本人の前で言うなんて全く悪気が無いじゃん。


「一年生の三大有名人『氷の女王』一ノ瀬涼花さん、『聖女』本間花音さん、『狂人』伊崎渚。常識だでしょ?」

「知らねえよ!?」


 いつの間に俺はその二人の仲間入りしてたんだよ。道理で最近普通に校舎の中を歩いているだけでも注目を浴びると思っていたわ。最初は同じ商業科コースでクラスも一緒と言う事もあり一ノ瀬さんと行動することが多くなったから見られていると考えていた。しかし、俺が一人のときも同じくらい視線を向けられていた。こういうのは大体本人の勘違いだから無視してたのに。


「だいたい『狂人』ってなんだよ!納得がいかない!」

「女子部室棟に監禁された事件」

「ぐっ」

「普通科コースの説明会奇襲事件」

「ぐふっ」

「グランドの中心で放置された事件」

「ぐはっ!?」

「まだ高校入学して一か月も経っていないのに他にも数々の事件を起こしてるから当たり前だよ。と言う事であんまり長い事一緒にいるところを見られると私たちも『狂人』と思われるからじゃあね」


 反論ができない事実が弾丸のように体に響いて俺は倒れこむ。そんなことを気にも留めず、男女連中は教室から出て行った。一ノ瀬さんが話しかけられない理由の一つ絶対俺じゃん。もうこれ軽いイジメだろ。


「俺が『狂人』って言われる理由全部商業科コースのせいじゃん…」


 というか学年の有名人全員が商業科コースだし。倒れこんだ俺を覗き込むように一ノ瀬さんが近づいてくる。


「行くよ」

「精神がズタボロで歩けません」

「そう」


 一ノ瀬さんは俺の右足を手に取り引きずり始めた。この人も何というか商業科コースに染まったな。前までこんなことするタイプじゃ無かったのに。あ、でも俺をグランドの中心に放置したの一ノ瀬じゃん。廊下を通るとまだHRをしている教室から驚いた表情を向けられる。この他クラスの生徒を見ていると、まだクラスメイトは俺たちに慣れている方だと感じる。


「ちょっと君たち何してるの!?」


 廊下に歩いていた先生が目の前の光景が信じられないような顔で近づいてくる。確かにはたから見たら殺人鬼が遺体を運んでいる様子にしか見えないからな。


「伊崎くん歩けないみたいで」

「いやそれでも他に運び方あるでしょ!?」

「これで良いんです」

「本人もこう言ってますので」

「本人が良いならいいのか…?いやそもそもの問題として…?」


 あまりにも奇妙な現象に遭遇すると人はあんなにも冷静さを失うんだな。困惑して訳が分からなくなった先生を置いて、一ノ瀬さんは再び俺を引きずり始めた。


「そういえばバスケ部は行かなくていいの?」

「自由参加」

「ゆるいね~」


「なんであの二人は普通に会話してるんだ?」

「分からない。俺たちとは住む世界が違う」


 確かに俺たちと君たちとは住む世界が違う。商業科コースなら当たり前の世界だ。他の商業科がある高校もこんな感じなのかな。じゃあ商業科高校とか混沌すぎるだろ。


「何してるの二人とも?」


「『聖女』も降臨したぞ!?」

「すげえ学年の有名人がそろったぞ」


 本間さんのクラスも帰りのHRが終わったようだ。最初は俺もこの二人が揃っているときはそんな風に興奮したものだ。でも今じゃ商業科コースの授業でずっと一緒だから見慣れたものだ。


「伊崎くん歩けない」

「そうなの」

「じゃあ仕方ないな」


 そう言って本間さんは俺の左足をもった。そして三人で再び歩き始めた。なんかこの人も常識枠だったのに染まってきたなあ。なんか商業科コースって奇行に走ってしまう呪いがあるのではないか?


「二人はどこ行くの?」

「体育祭実行委員会」

「え、そうなの。私も体育祭実行委員だよ!」

「じゃあ一緒に行くか」

「うん!」


 何と言うか商業科コースは商業科コースといずれ惹かれ合うものだな。



 

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