11.平和は簡単に消える
「ゴールデンウイーク明けに体育祭がある」
HRが始まると同時に中嶋先生がそう言うと、クラスメイトがざわつき始めた。みんな高校最初のイベントに心を躍らせているのを感じる。かく言う俺もこういった行事は好きである。
「ということでクラスから最低一名以上は体育祭実行委員を決めないといけない。誰かやってくれないか?」
しかし「体育祭実行委員」という言葉が出ると、一気にクラスの盛り上がりはお通夜へと変わった。学校行事の実行委員は忙しく、放課後も集まらないといけないことがほとんだ。そんな面倒ごとに首を突っ込みたい奴などいない。
「おいおい誰もいないのか。無賃金労働だしそらそうか。私だったら死んでもごめんだ」
そんなこと言うな。先生なら学校行事に積極的であれ。あと実行委員になった場合のポジティブな意見を言え。ただでさえみんな嫌なのにネガティブなこと言うな。
「お前やれよ~」
「いやだわ。お前がやれ」
真ん中の列の男子たちがヒソヒソと悪ノリを始めた。素晴らしい展開だ。だいたい男子がふざけて押し付け合いをすると先生が「なんだ○○やってくれるのか?」となり、なんだかんだ押し付け合ってた人たちが実行委員になる。このテンプレで決まりだ。
「なんだ伊崎やってくれるのか?」
「いやなんで俺だよ!」
俺は思わず立ち上がって抗議する。万が一にも選ばれないように一言も話さず、中嶋先生とも目が合わないようにしていたのに。しかし俺の声には気にも留めず、黒板に「伊崎渚」と書かれた。
「お前帰宅部で暇だろ。他の奴は部活があるやつがほとんどだ。それとも――――」
「まさかあんた…!?」
「サッカー部にでも入るのか?」
『サッカー部』と言われて俺の脳裏には松下先輩の顔が浮かんでくる。中嶋先生はニヤリと悪い笑みを浮かべている。生徒を脅す教師とか同人誌でしかみたことがないぞ。時間は昨日にさかのぼる。商業科コースの授業で事件は起こった。
◇
本格的に商業科コースでは資格取得に向けての勉強が始まった。最初こそ今まで商業科目の勉強なんてしたことが無かったため不安だったものの、いざ始まると新しい知識を得ることができて楽しい。
「どうしたものか」
「どうしたんですか先生?」
今は各自問題を解く時間になっているのだが、その間ずっと先生が何かに悩んでいるようで頭を抱えていた。何か聞いて欲しそうに先生がチラチラと見てくるのがウザすぎて俺は無視していたが、本間さんが気になって声をかけた。ちなみに一ノ瀬さんは気にも留めていなかった。
「いやな。商業科コースは課外授業が多いんだが、それでお世話になっている地域の方からイベントの招待が来たんだ」
中嶋先生が俺にチラシを渡してきて、俺が見ていると左右に座っていた本間さんと一ノ瀬さんが覗き込んでくる。
「『大蓑村 山の幸収穫体験』大蓑ってどこですか?」
「ここから車で30分くらいの山奥にある村だ。本当は二年に行ってもらう予定だったんだが、どうやら部活で行けないらしい。かと言って誰も行かないのは失礼だからな」
「え、じゃあ私行ってみたいです!」
「行きたい」
本間さんだけでなく一ノ瀬さんもまさかの乗り気で驚いた。しかし俺が気になるのはこのイベントの日付だ。ゴールデンウィーク初日。基本、休日は家でゆっくりしたいタイプである。しかも山奥となると寒そうだな…
「伊崎くんも行こうよ!絶対楽しいよ!」
「行こう」
俺の答えを急かすように本間さんに背中をバシバシと叩かれ、一ノ瀬さんには横腹をトントンと殴られ続ける。まあでも休日に友達と外出することは好きだ。それに『氷の女王』と『聖女』のダブルと遊ぶことのできる全員が羨む機会だ。
「よっしゃー山菜全部俺のものだ!!」
「負けないぞ!」
「食べたい」
修也と健太がいないのは寂しいと考えていた俺だが、一ノ瀬さんと本間さんという新たな友達がここにいる。三人という少ない教室ではあるが、だからこそ平和で楽しい学校生活が送れている。
「そういえば商業科コースの先輩いたんですね」
「知らない?」
一ノ瀬さんが俺の方を見ながらそう言う。若干いつもより目が開いてるから驚いていると言う事だ。
「え、もしかして本間さんも知ってるの?」
「知ってるも何も…言ってなかったんだ」
本間さんも驚いていると言うより「あはは…」と笑って少しあきれた様子だった。俺は訳が分からずキョトンとしていると、その間に中嶋先生は誰かに電話をしていた。
「そう言えばまだ商業科コースの先輩の紹介をしてなかったな。三年は残念ながら一人もいないが、二年は二人いる。今呼んだからすぐにくるはずだ」
二年生の先輩で一ノ瀬さんと本間さんが俺が知らないことに驚くような相手。
『サッカー部に入れ』
どうしてだろう寒気がし始めた。脳裏に思い出したくない人の顔がこびりついて離れてくれない。本能が今すぐ逃げろと騒いでいる。やばいこのままじゃ―――――
しかし、俺の思考を遮るように商業科教室の扉がガラガラと音を立てて開く。俺は唾液を飲み込み、恐る恐る視線を向けた。
「商業科コース二年の松下かこです。これからよろしく」
「いやあああああ!!??」
「先輩への態度がなってないな伊崎。中学の時みたいに教えてやろうか!?」
「ぎやあああああ!!!!」
俺は窓から脱出しようと試みたが松下先輩につかまってヘッドロックをかけられた。この人が総合格闘技ではなくサッカー部マネージャーなのが理解できない。その才能を生かすべきだ。
「ちょっと伊崎くんここ三階だよ!?普通に落ちてたら死んでたよ!?」
「コイツ地味に運動神経が良いからアスレチックみたいな感じで降りれるんだよ。もう少しで逃げられるところだった」
「もうそれ猿じゃん」
なんか本間さんと松下先輩が話しているみたいだけど全然それどころじゃない。このままじゃ果物の収穫体験のように頭をもぎ取られそうだ。普段、本間さんは頼りになるが松下先輩に対しては適用されない。中嶋先生は言うまでもなく無駄だ。
「一ノ瀬さん助けて!!」
「わかった」
一ノ瀬さんは倒れている俺の顔の近くまで歩いてきた。消去法で一ノ瀬さんを選んだが助けに来てくれた。
「私の良いところ十個言ったらね」
「無理だろ」
「は?」
「すみません。一ノ瀬さんの良いところがありすぎて、十個に絞るなんて無理だろという意味です」
「そう。じゃあ言って」
俺は頭をフル回転してどうにか一ノ瀬さんの良いところを考えて言おうとした。しかしその前に松下先輩が俺を解放してくれた。
「なんで目の前でイチャイチャしてるところを見ないといけないんだ」
「そうだよね~」
◇
「やり…ます」
「そうかやってくれるか。積極性があって助かるね」
俺が松下先輩に強く出れないことをいい事に、中嶋先生はそれをうまく利用して俺のことを脅している。いつか絶対に復讐してやる。山の幸収穫体験で埋めて帰ろうかな。
だが中嶋先生への復讐計画は今は後回しだ。このままだと他のクラスは体育祭実行委員が複数人いるのに、うちのクラスが俺一人だけだと気まずい。俺は修也と健太に目で合図を送った。すると二人とも「任せろ」と親指を立ててくれた。やはり持つべきは友人だな。
「他には誰かいないか?」
「はい」
一ノ瀬さんがスッと手を挙げた。教室では驚きの声が上がりどよめき始める。普段から大人しくて一人で過ごしていることの多い『氷の女王』が動いたのだ。そらクラスの連中もこんな反応をして当然だ。
「そうか一ノ瀬もやってくれるか」
中嶋先生は俺の隣に「一ノ瀬涼花」と書き加えた。一人ぼっちというのは回避することができた。しかし、商業科コースで仲良くなってきたとはいえまだ二人だと気まずい。だが俺には修也と健太が―――
修也と健太はうつむいて目を合わせてくれなかった。あいつら一ノ瀬さんにビビッて逃げやがった!?
「じゃあ体育祭実行委員は伊崎と一ノ瀬に任せる」
そのあとどの競技に出場するかの話し合いが行われたがあんまり憶えていない。
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