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10.出会いと出会い

『聖女』本間さんの視点です。今回はいつもより長めですが満足したものを書けましたのでお付き合いください。

 私は休日にお姉ちゃんに連れられて近所のファミレスに来ていた。ご飯を食べ終わり今はドリンクバーやデザートをつまみながらゆっくりしている。


「うーん…」


 対面に座っているお姉ちゃんはと言うと、トーク画面を見ながらずっとソワソワしている。普段からしっかり者で小さいころからよく面倒を見てもらっていた。学校でも頼りになる先輩であり、男勝りした性格でみんなから尊敬されるような人。そんな人がある一人の男の子に振り回されている。


「どうしたの。また伊崎渚くんって言う人?」

「またとは何だ…伊崎が昨日から私のメッセージを既読無視している…」


 普段ならそんな細かい事は気にしない人だ。大抵この人が悩んでいるときは伊崎くん関係のことである。私は会ったことが無いが伊崎くんはお姉ちゃんがマネージャーをしていたサッカー部の後輩らしい。中学の時から聞いてもないのに散々聞かされたものだ。


「なんて送ったんですか?」

「『サッカー部に入って欲しい』と…」


 入部する部活が決まっている人は、春休みからすでに始めている人も多い。特に中学から高校でも同じ部活をする人に多い傾向がある。「伊崎が四木高校に合格した!また一緒に部活出来る!」と私の合格報告よりも喜んでいてムーッとなったのは記憶に新しい。しかし、当の伊崎くんは高校入学して一週間が経とうとしているのに、いまだにサッカー部に顔を出していないらしい。


「電話してみたら?」

「それはなんか恥ずかしい…」

「じゃあ会いに行けばいいじゃん」

「あ、会いに行くのか?会うのは久しぶりだし、高校生になってあいつも大人になっていると思うとなんか緊張する…そもそも私のことを忘れていたら立ち直れない…」


 忘れてる訳が無いでしょ。じゃあ伊崎くんは知らない人とラインして、サッカー部に勧誘されていることになるよ?いつもは頼りになるのに伊崎くんのこととなるとバカになっている。学校の人が今のお姉ちゃんを見たらびっくりするだろうな。あの松下先輩が乙女になっているのだから。


「そうだ。来週の放課後に部活動説明があるから、その時に話してみたらいいじゃん」

「でも伊崎は来るのか…」

「高校生になったらやっぱり挑戦したくなるものだよ。何か面白い部活が無いか気になって、部活動説明を見に来るよ!」

「確かに部活動説明の時に話しかけても部活の勧誘として大義名分があるな」


 思春期の恋ごころの一つ。好きな人と話すときに話しかけても良い理由を考えがち。普段そんなこと気にしないのに本当に少女漫画の中の乙女みたいになっている。お姉ちゃんから伊崎くんの相談を受けているとムズムズしてくるが、こんなお姉ちゃんを知っているのは私だけという謎の優越感にも浸れる。

 まあお姉ちゃんが伊崎くんのことを異性として好きとは言ったことないが、これはもうLOVEと言っても過言では無いだろう。


「じゃあ花音ちゃんがサッカー部の部活動説明会やって」

「え、なんで?」


 お姉ちゃんが私の肩をがっしりと掴んで言ってきた。どうしてその考えに至ったのかが分からない。そもそも私はサッカー部に入ってもいないし、入学してきたばかりの一年生だ。


「伊崎がサッカー部に入らないのは部員が足りないかもしれない。花音ちゃんの人気なら一年生の部員集めるのも簡単だよ。そして私はその間に伊崎が大講義室にいないか探し出す」

「え~いくらそれはお姉ちゃんの頼みでも―――」

「パフェも奢って上げる」

「任せてよ!」


          ◇


「伊崎…どこだ?」

「双眼鏡なんてどこから持ってきたの…」


 大講義室の端の方で私たちはサッカー部の順番が来るのを待っていた。その間にお姉ちゃんは伊崎くんがどこにいるかをくまなく探していた。他の説明をしに来た先輩たちがお姉ちゃんを見て困惑している。


「見つけた!」

「どれどれ?」


 お姉ちゃんに双眼鏡を貸してもらって伊崎くんの顔を見る。容姿は中の上と言ったところ。友達と三人と来ているようで少し気だるそうに話を聞いている。あまり興味のある部活動が見つからないのだろうか。


『最後にサッカー部お願いします』


「あいつのことだから私を見ると絶対に逃げる。私は伊崎を捕まえられる位置に移動する。合図を送ったら説明を始めてくれ」

「分かりました」


 そのあと私はサッカー部の説明を無事に終えて、お姉ちゃんは伊崎くんを捕まえてきた。私がサッカー部に興味のある人たちに囲まれていると、それを突っ切ってお姉ちゃんは私のもとに連れてきた。


「離せ!誰かたす――んぐっ!?」

「本当にうるさい奴だな。サッカー部に興味のある奴はこのあとグランドで見学会をしてるから来てくれ」

「「「あ、はい」」」


 発狂する伊崎くんの口をお姉ちゃんは手で塞いで声が出ないようにしていた。その様子を見ていた私を囲っていた人たちは大人しくなりお姉ちゃんの指示に従った。正直、サッカー部のこと全然知らないのに大勢に質問されて困っていたから助かった。


「この後どうするの?」

「部室に連れて行って話を聞く」


 必死に抵抗をしている伊崎くんであるがお姉ちゃんには敵わないようで、首根っこを掴まれて引きずられている。なんか大人しそうな印象を持っていたのに、やっぱり人は見た目じゃ判断できない。あとこれ普通に誘拐事件にならないか心配だ。


「お前…私に対して失礼なことを考えただろ」

「すんぬくつうるむすん(そんなことありません)」

「他の女は騙せても私のことは騙せないぞ。お前がその表情をするときは人を馬鹿にしてる時だ」

「そんな顔に出てました?」

「やっぱり考えてたのか」

「あ」


 お姉ちゃんが伊崎くんの頭をグリグリとして、伊崎くんが事件性のある悲鳴を上げる。普段から考えられないお姉ちゃんの振る舞いと、伊崎くんのリアクションが面白くてつい笑ってしまう。



「ごめん、お姉ちゃんが怒るなんて珍しくてつい」

()()()()()?」


 伊崎くんは信じられないと言いたげな驚いた表情をしている。そら私たちは本当の姉妹じゃないし、似てもいないから分かるわけない。


「え、二人って姉妹なんですか?」

「いや違う。家が近いから小さいころから仲が良いだけだ。まあいわゆる幼馴染ってやつだな」

「そうですよね。優しそうな本間さんとバイオレンスな松下先輩が姉妹なわけ…いたたたたたっ!?」

「お前は昔から言わなくてもいい事をベラベラと…!」

「ははははっ!!」


 お姉ちゃんは伊崎くんをサッカー部に入れたそうにしているが、その思いを伊崎くんは全然理解していなかった。お姉ちゃんも不器用でいつも通り真っすぐ自分の素直な気持ちを伝えたらいいのに。


「先輩が伊崎くんに入部してほしい理由を言ったほうが納得してくれるかもよ」

「な、なるほどな…えっと…その…」

 

 お姉ちゃんは少しうつむきながら指でクルクルと髪を触ったり、スカートを握ったり離したりを繰り返している。窓から入り込む夕日の光のせいか、少し顔が赤いように見える。本当にツンデレというかなんというか。やっぱり現実のツンデレはめんどくさいね。


「何ですか急にそんなもじもじして。先輩らしくない」

「っ!?そのだな…」

「はっきり言ってくださいよ」

「…お前が頑張っているところを見ながら、私は側でお前を支えたい…」

「何ですか気持ち悪い。乙女みたいこと言って―――ぐはっ!!??」


 伊崎くんの言葉を遮るかのように腹に良いストレートパンチが突き刺さった。伊崎くんはそのままの勢いで椅子と共に地面にぶっ倒れる。そして容赦なくお姉ちゃんは伊崎くんを何回も踏みつけるという追撃をした。


「お前という奴は…お前と言う奴はいつも!」

「ぐへっ!?ぐへっ!?本間さん助けて!!死ぬ、死んじゃう!!」

「いや~…今のは伊崎くんが悪いよ」


 必死に伊崎くんは私に救援要請をするが、私は頬を指でかきながら苦笑いする。せっかくお姉ちゃんが素直になったのにこんなノンデリカウンターが返ってくるとは。お姉ちゃんはこんな人の何がいいんだろう。


「助けて!誰か助けて!!」

「ちょ、伊崎くん。そんなに大声を出したら誰か来ちゃう――――」

「誰かいるの!?」


 いくら今の時間は部室棟に人気が少ないと言っても限度がある。私が伊崎くんの口を抑えようとするが時すでに遅く、ガチャンと一人の女子生徒が勢いよく扉を開けた。どうやらちゃんと鍵が閉められてなかった。第三者の登場に私、お姉ちゃん、伊崎くんの動きが固まった。しかし、それはお相手も同じだ。どう言い訳しようかな。


「女子の部室に入ってくる変態がいたから捕まえた」

「嘘つくな!!??」

「…ぷっ、あははははははは!!!!」


 お姉ちゃんが伊崎くんに濡れ衣を着せようとするボケをし、伊崎くんはその弁明を言い続ける。その様子をおかしくて笑ってしまった。


「え、どういうこと?」


          ◇


「伊崎くんはなんでサッカー部に入らないの?」


 お姉ちゃんがサッカー部の方に顔を出しに行ったため、私は伊崎くんと二人っきりになった。そのとき最初はどうでもよかったけど、伊崎くんを知るほどそれが気になってきた。


「別に…ただ毎日練習するのが嫌になっただけ」

「そっか」


 伊崎くんはどこか話しづらそうにそう言った。表情も相まって私があまり詮索するようなことではない、そう思った。変な人ではあるけど彼なりに色々経験してきたのだろう。



「本間さんは何か部活に入らないの?」

「う~ん、挑戦してみたい部活はあるんだけど。正直迷ってる」


 中学の時に吹奏楽部に入りたかった。だけど勇気が出なくて結局帰宅部の道を選んだ。なんだか妥協して他の部活に入るのも違う気がしたから。でも私は後悔していた。だからこそ高校では絶対に吹奏楽部に入ろうと決めていた。だけど私は怖い。みんな吹奏楽部や音楽の経験がある人ばかり。私だけ初心者。足を引っ張ってしまうのが怖い。できないのが怖い。


「そうなんだ。本間さんなら何でも出来そうだけどね」

「何それ、私にだって出来ないことはあるよ」


 「本間さんなら何でもできるよ」何回も周りから聞いた言葉。何も考えていない無責任な言葉。クラスメイトと言っても他人だから言えるんだ。自分は関係ないから。人の失敗なんて他人には関係ないんだから。本当に何で私ってこんなに怖がりなんだろう…


「何というか…本間さんはきっとどんなに挫折する経験をしても最後まで頑張れる力があると思う」

「!?」


 伊崎くんの言葉に私は唖然とした。伊崎くんはそんな私を他所に言葉をつづける。


「何度こけてしまっても必ず立ち上がって前に進み続けられる。そんな力が。まあ本間さんとはさっき会ったばかりだけどね」


 伊崎くんは私の方を見ながらそう言った。前にお姉ちゃんに伊崎くんの良いところを聞いたことがあった。


『あいつは本当に自分に正直なんだよ。好きなものは好きっていうし、嫌いなものは嫌いって言う。思ったことを全部口にしてしまうんだ。悪く言えば空気が読めない不用心なやつだ。だけどよく言えば真っすぐ素直で、正直者で、一番信頼できるんだ。だからあいつの誉め言葉は、あいつが思ったまごうことなき本心なんだ。だからあいつにやさしい言葉を言われたとき、それが本当に嬉しいんだ』


 ほとんどの人は無責任な言葉を吐く。表では褒めてくれても、裏で悪口を言っている人なんて沢山いる。そういうのは何度も経験した。


『…お前が頑張っているところを見ながら、私は側でお前を支えたい…』

『何ですか気持ち悪い。乙女みたいこと言って―――ぐはっ!!??』


 今日の伊崎くんをみていて本当に思ったこと口にする人なんだと思った。

 お姉ちゃんと伊崎くんのやり取りを見て羨ましい気持ちになってた理由はこれだったのかもしれない。お姉ちゃんは伊崎くんが本当のことしか話さないからこそ、ちゃんと怒れて、ちゃんと嬉しくなれるんだ。


「そっか…ちょっと考えてみる」

「う、うん。別に無理にとは言わないけどきっと上手くいくよ」

「でもね私」


 私はベンチから立ち上がって、座っている伊崎くんの前へと移動する。そして伊崎くんの顔を覗き込むように背中を曲げた。


「伊崎くんがサッカー部に入るなら、私はマネージャーになってもいいよ」


 伊崎くんの耳元でそうささやき、私はウインクをして部室棟を出て行った。サービスしたんだからちょっとは照れてくれても良かったのに。


「伊崎くん…商業科コースか…」


 私は職員室に向かった。


「溝渕せんせーい!」

「どうしたの本間さん放課後なんかに」

「私、やっぱり商業科コースに行きます!!!!」

「ええ!!??」




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