1.運命の分岐点
先週から通い始めた俺の高校には二つのコースが用意されている。片方は普通科コース、そしてもう一つは商業科コースだ。そして今日は担任の先生との面談で、そのどちらのコースで高校生活三年間学ぶかの選択をさせられる。
「次は伊崎くんだって」
「ありがとう」
さっきまで面談をしていた子が俺に順番を教えに来てくれた。この四木高校に入学して1週間。まだ少しだけ人間関係が構築されていない教室の様子は、新生活が始まったんだなと新鮮さを感じる。
隣にある小さな教室で面談は行われる。
「失礼します」
「はい、座っていいぞー」
中嶋 栞奈先生。推定年齢27歳。正直に言うと教壇ではなくバーで立ってそうな服を着こなし、ソファーに座って足を組んでいる。しかし表情は若干腑抜けており、やる気を感じられない。よくアニメで不真面目な女教師キャラが出てくるが現実にも存在したとは…
「なんか失礼なこと考えてないか?」
「そんな訳ないじゃないですかミス・ナカジマ」
「やばそうな新入生が入ってきたな」
中嶋先生は二枚のプリントを机の上に並べた。普通科コースの説明が書かれた紙と、商業科コースの説明が書かれた紙だ。選択したいコースの紙を先生に渡して受理される。
こんな簡単に決まってよいものかと思われるかもしれないが、みんな決まりきった選択なのだ。
「好きなコース選んで渡せ」
俺は入学する前の受験生の時から普通科コースに進むと決めていた。特に商学に興味があるという訳でもないし、そもそも商学科コースの内容なんて知らないし。俺は普通科コースの紙を手に取り、先生のほうへと差し出す。
「お願いします」
「……」
「中嶋先生?」
「……」
中嶋先生はそっと紙ではなく、俺の腕をつかんで紙を机の上に戻した。よくわからない先生の行動に困惑する。
なんで笑顔なのかも分からないし、というかこの時間なんだ?
「後悔のない選択をするんだよ。なんたって三年間のコース決めだからね」
「あ、はい」
そう言って俺は普通科コースの紙を取って先生に突き出す。さっきよりも強めに。しかし中嶋先生は「うんうん」と頷きながら再び俺の腕をつかんで机の上に戻させた。
「普通科なんて中学と変わらないような授業を繰り返すだけだ。それなら勇気をもって新しい道に進むというのも若き者の特権さ」
「あ、なるほど」
そう言って俺は普通科コースの紙を取って先生に押し付ける。さっきよりも激しめに。しかし中嶋先生は「うんうん」と頷きながら再び俺の腕を強くつかんで机の上に戻させようとする。
「いいから受け取らんかい!?」
「死んでも受理するか!!」
俺が普通科コースの紙をどれだけ渡そうとしても、俺の腕をつかんで普通科の紙を机に戻させようとする。やっとの思いで振り切ったかと思うと、中嶋先生は自分の腕をつかんで離そうとしない。
子どもかこの人は。
「なんで受け取ってくれないんですか」
俺と中嶋先生は休戦をし座りなおした。中嶋先生は俺の問いに反応して真剣な表情へと変わる。
〇司令みたいなポーズするじゃん。今思うとそっくりな白い手袋つけてるし。
え、もしかして狙ってやってる?
「先生な、実は商業科コースの担当なんだ」
「そうだったんですか」
「もし商業科コースに誰も入ってくれないと仕事なくて実質クビに…おいなんでこのタイミングで紙を差し出してくるんだ?」
「いやなんか…俺には関係なさそうだなって…」
「結構お前って鬼だな」
正直、先生がどうなろうと俺の知ったこっちゃない。それに日本の法律はそんな簡単に人をクビにできやしないだろう。教師ならなおさら。
すー…いや結構まじな顔してるな…
「どうしたんですか急に立ち上がって」
そんなこと考えていると中嶋先生は急にソファーから立ち上がった。そして俺が座っている横のスペースまで来た。俺が何がしたいのかわからずキョトンとしていると。
「ど、土下座だと!?」
それはそれは綺麗な土下座であった。もし土下座の美しさを競う競技があれば中嶋先生は世界を狙えると思う。もしかして普段から行っているのか?学年主任や校長などに。
「誠心誠意な気持ちの表明でございます。あなたが通う3年間はクビにならずに済むのでお願いします」
「大人のプライドはないのか!?」
俺は立ち上がり中嶋先生の土下座をやめさせようとすると、すかさず足に抱き着いてくる。
「お願いだから商業科に入ってくれ!!」
「やめろー恥知らずが!?なんでこんなに必死なんですか」
「だってこの歳で教師クビとか絶対結婚できなくなるじゃん、先生の人生を助けると思ってさ。どうせどのコースを選ぼうが努力してるやつしか志望校なんで進学できないよ!!」
「元も子もないこと言ってやがる」
「それともお前が養ってくれるのか!?」
他の生徒が5分ほどで終わる面談を俺と中嶋先生は30分ほど格闘したうえ遂に終わった。最後は俺が折れて商業科を選択したことで幕を閉じた。
教室に戻るとみんなの注目のまとになっているのが分かる。
「お前めちゃくちゃ長かったな」
「ちょっと色々あって」
同中の連中が声をかけてくれるが、次の人を呼ばないといけないため一旦後回しだ。
「一ノ瀬 涼花さん、次だって」
「そ」
俺の後ろの席の一ノ瀬さんに声をかける。愛想のない返事をした後、冷たい目で俺をきりっとみる。その視線で凍らされたかのように全身に寒気が走る。相変わらず怖い人だ。
高校生活で絶対に仲良くなることはないだろう
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