9.過ぎた幸福 Side:パトリシア
ルーシャス様との婚約を継続することになり、私とルーシャス様は色々なパーティーに出かける機会が増えた。
ルーシャス様はその度に私にドレスやアクセサリーを贈ってくださり、私はその贈り物が映えるようにと侍女と試行錯誤しながら私の出来る最高の装いで、ルーシャス様の隣に立った。
ルーシャス様はピアノの演奏をいつも私に捧げてくださって、私はそれに見合った私であろうと背筋を伸ばした。
けれど、ある日聞いてしまった。
演奏を終えたルーシャス様を訪ねて、奏者の控え室を探していた時、ルーシャス様の次に演奏していた奏者たちが話していたのだ。
「演奏もしないくせにルーシャス様にいつもピアノを捧げられるなんて。彼には釣り合わない」と。
その通りだと思った。
あんなに素晴らしい調べをルーシャス様はいつも私のために贈ってくださる。
あれだけの演奏をするためにどれほどの努力がいるのか私は知っている。
私もヴァイオリンを弾くからだ。
もっとも私のヴァイオリンはルーシャス様のピアノと違って、誰かに演奏を願われるようなものではない。
幼い頃には何度か演奏会に呼ばれはしたけれど、彼らの目当ては兄だ。
今では世界中を演奏の為に呼ばれる兄のおまけで演奏する機会を得たに過ぎない。
私は反省した。
ルーシャス様のピアノは兄のヴァイオリンに劣るものではない。
つまりルーシャス様は世界中に求められる演奏家なのだ。その演奏を毎回捧げてもらうのが私のような者でいいはずがない。
けれど私が婚約者でいれば、きっと今後もルーシャス様は私に演奏を捧げるだろう。
ルーシャス様が私のような平凡な女に演奏を捧げる理由は、私が彼の婚約者である。それだけなのだから。
それならば私は彼との婚約を解消すべきだろう。
私には過ぎた幸福だ。この幸福は世界が感受しなければならないものなのに。
私はだからルーシャス様に願い出た。
「私との婚約を解消してください」と。