7.夢は覚めない Side:パトリシア
目の前にいないはずのルーシャス様が現れて私をダンスに誘った。
ルーシャス様のことばかり私が考えていたから、神様が良い夢を見せてくれているのだと思った。
夢の中のルーシャス様は私が望む通りの言葉を私に紡いでくれる。
私はこの夢が醒めないように願いながらルーシャス様に言葉を返した。
そしてーーー夢は覚めなかった。
というか、どうやら夢ではなかった。
私に優しい眼差しを向けながら、ルーシャス様は私とダンスを踊ってくれる。
こんな幸せが再び訪れるなんて思ってもみなかった。
自分から婚約の解消を申し入れたと言うのに、ルーシャス様とのダンスを夢見るだなんて浅ましい。
ルーシャス様は私のような平凡な女ではなくて、もっと華のある淑女とダンスを踊る方が幸せであるだろう。
分かっているのに、目の前のルーシャス様がこの上ないような幸せそうな微笑みを下さるから、私はついルーシャス様との婚約を続けることを了承してしまった。
了承してから、ルーシャス様に申し訳ないと思い直したけれど、すぐに、こんな私に都合の良いことは夢でないはずがないと思った。
だからーーー
幸せな夢のままパーティーから帰ってベッドで眠り、眠りながら、夢の中でも眠りにつけるのね。そんなことを考えていた。
がーーー
夢ではなかった。
朝起きたら、侍女が私にルーシャス様と仲直りされたのですねと言ったのだ。
聞けば、昨日私はルーシャス様に送られて帰ってきたらしい。
それは私の昨日の夢の中の出来事であったはず。
夢ではない…?
私はそこでようやく分かった。
昨日私はルーシャス様とダンスをして、そしてルーシャス様と婚約を続けることに了承したのだと。
もっと美しいご令嬢と婚約された方がお幸せであろうに。
私は悔やんだ。
けれど、もう一度ルーシャス様に婚約の解消を申し出ようとは思えなかった。
だって、やっぱり私は、ルーシャス様のことがとても好きだから。