12.幸せを噛み締める Side:ルーシャス
パトリシアと俺の婚約は無事に継続することとなった。
本当に良かった。
パトリシアは、しかし俺にピアノを捧げてもらうばかりでは申し訳ないと言い出した。
俺は慌てて否定しようとしたけれど、パトリシアが俺にも自分の音楽を捧げてくれると言う。
パトリシアのヴァイオリンが聴ける!
パトリシアのヴァイオリンを弾く姿に一目惚れした俺が、それを喜ばないはずがない。
しかしその日の演奏会には、流石にパトリシアはヴァイオリンを持ってきてはいなかった。
だから俺は帰りにパトリシアの家まで行って聴こうとしたけれど、パトリシアはもう少しだけ練習させてくれという。
それならと、本日の演奏会の主催が場所を提供しようと言う。
本日の聴衆は演奏会好きの集まりだ。当然、自分たちも聴きたいと言い出した。
俺はパトリシアの音楽を独り占めしたくて悩んだが、しかしパトリシアとの婚約を続けられることになったのは彼らのおかげでもある。
俺は仕方なく、今日のメンバーで再び演奏会を行うことを了承した。
しかしそれならば俺もパトリシアの為に演奏したいし、なんならパトリシアと一緒に演奏もしたい。
だが流石にそこまでいきなり望むものではないか。
デュオはそのうち。俺は自分に言い聞かせて、パトリシアを帰した。
そして行われたパトリシアの俺へ捧げる演奏会。
素晴らしかった。
パトリシアの俺への愛情が染み渡る音色。
パトリシア自身は兄には敵わないと言うが、セドリックと比べたら大体の演奏家が凡庸だと言うことになる。パトリシアの素晴らしい演奏はその日集まった演奏会好きたちの心を掴み。
俺とパトリシアは揃ってパーティーで演奏することを請われた。
俺たちは一緒に練習をする約束をして、今まで以上にパトリシアと過ごす時間が増えた。
何度か危機が訪れはしたものの、こうして二人の中は深まっていくのだと、俺は実感した。
しかし同時に少しでも早く結婚したいと思った。
とはいえ、婚約期間は一年と決まっている。それは彼女の父、そして兄達との約束でもある。
次兄は国にいるものの、長兄は外交に出ていることも多く、特に三兄はほとんど外国で演奏している。彼らの予定を考えると、結婚の予定を早めることは出来ないのだ。
なんとか無事に結婚まで漕ぎ着けたい。
俺は今の幸せを噛み締めながらも、いつまた崩れてしまわないかと恐れる気持ちを忘れることができなかった。
そして、その恐れは現実になる。
「ルーシャス様、やはり私との婚約は解消してください」
パトリシア!お願いだから俺を捨てようとしないでくれ!