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10.俺の全てを捧げる Side:ルーシャス

 再びの悪夢に意識が遠のきそうであったが、俺は一度目の悪夢で学習をした。


 きっと誰かがパトリシアに何かを吹き込んだのだ。


 そうでなければパトリシアが婚約の解消を言い出したりはしないはずだ。きっと。多分。そうに違いない。そうであってくれ。いやそうであっても困る。だが俺のことが嫌いになったとは考えたくない。


 俺は慎重に、なぜ婚約を解消しようと考えたのかをパトリシアを問いただした。


 しかしパトリシアは教えてはくれない。悲しそうに俯くパトリシアに問いを重ねることが出来ずに俺は侍女にパトリシアのことを頼んで帰った。


 パトリシアは答えてくれなかったが、俺には心当たりがあった。

 最後に二人で出かけたパーティー。俺は最初にピアノの演奏をした。

 パトリシアは俺の演奏を聴きながら幸せそうに微笑んでいた。俺は満足して演奏を終え、控え室で片付けをしていた。そこで次の演奏会の誘いを受け、話を聞くために部屋を空けた。

 パトリシアを待たせてしまったかと戻った時の彼女の様子が気になったのだ。

 待ち疲れてしまったのかと早めにパーティーから帰ったが、あの時に何かがあったのではないだろうか。


 俺はパーティーの主催へと手紙を出した。彼は俺のピアノをとても好んでくれている。すぐに会ってくれるとの返事が来たので、俺の控室まで来た人物に心当たりがないか尋ねる。

 しかし俺を訪ねて控室に来たのは、俺を演奏会に誘った彼とパトリシアだけ。控室への訪問を願ったご令嬢は多くいたが、パトリシア以外は断るように頼んであったし、その通りにしてくれていた。

 ならば誰かに何かを言われたわけではないのか?俺は考え込んだ。他に控え室で出会う人物…。


 演奏者?


 俺ははっとして聞いた。あの日の演奏者を教えてくれと。


 俺が戻った時にパーティーで演奏をしていた奏者は違うだろう。となると最後に演奏を予定していた奏者たちか、もしくは俺の次に演奏をしていた奏者たち。


 怪しいのは俺の次に演奏をしていた奏者たちだな。


 俺は礼を言うと、俺の次に演奏をしていた二人のフルーティストーーフルート奏者に連絡を取ってくれるように頼み込んだ。



 返事はすぐに来た。

 一応間違いであった時の為に、合奏のお誘いという体で誘い出した。


 快く部屋を貸してくれたパーティーの主催の彼には、もう一度演奏会で演奏することをしっかりと約束した。


 合奏の前に少し話をしようとフルーティストに声をかける。

 「俺はいつも婚約者に演奏を捧げることにしているのだが」そう言うと一人は「有名な話ですね。婚約者が羨ましいわ」とにこやかに返したが、もう一人は「まさか、私たちとの合奏も婚約者に捧げるおつもりでしょうか」と返してきた。


 こいつだ。俺は確信した。


 だとしたら俺は次に穏やかに、「俺の婚約者をご存知ですか」などと聞いて、更に情報を探るのが正解だろう。


 だが、もう我慢は無理だった。


 「お前…俺のパトリシアに何か言ったな」


 女への殺気を抑えることが出来ずにぶつけていた。

 女は震えてパトリシアには会ったこともないと答えた。


 「ほぅ…」

 だが俺には原因はこいつだと分かっていた。俺の勘だ。間違いない。


 「それなら、あのパーティーでの演奏を終えた後、どこで何をしていたのか話せ」

 そうして詳細な話を聞き出したが、パトリシアと接触していないというのは本当なのかもしれない。


 もしかしたら外れか?しかし…

 俺は更に彼女たちに控え室での詳細を問いただした。


 その時に少しだけ言い淀んだ様子があった。これだ!俺はそう感じて殺気を強めた。

 しかしそれは彼女たちの口を更に重くした。


 そばで青くなりながらも様子を伺っていた主催の彼が言葉を添えてくれた。


 「もうこれ以上怒らせることはないだろうから、あきらめて正直に話した方がいい」

 一人がおずおずと話し出した。


 「その…演奏も出来ない婚約者がいつもハーディング様に演奏を捧げてもらうことを羨むようなことを話したかもしれません…」

 俺は思わず睨みつけそうになったのを我慢した。

 睨んだらこれ以上の話が聞き出せなくなっていただろう。


 「だから…その、演奏を捧げられるには婚約者は釣り合わないと言うようなことを…」


 他にはパトリシアに関わることは何も思い当たらなく、しかしこの言葉もパトリシアに直接言ったわけではない。けれどももしかしたら誰かが話を聞いていたかもしれない。

 本当に他には思い当たらない。女たちは必死でそう言った。


 それだ。おそらくその話をパトリシアは聞いてしまったのだ。


 「俺の演奏は全てパトリシアに捧げるものだ。それを口にしなくとも全てだ。それを不満に感じるような耳であれば…削ぎ落とすか?」


 俺の言葉を最後まで聞く前に二人の女は「ハーディング様の演奏は全てがパトリシア様のものです!」と叫んだ。

 「宣言など必要ないくらいにそれが真理です」

 必死にそう言う女に俺は「その通りだ。万一パトリシアが俺との婚約を解消するようなことがあったら、俺は二度とは演奏しない」と告げた。


 その言葉を聞いた途端に叫んだのは、パーティーを主催した彼だ。

 「待って!まさかパトリシア様は君の演奏を捧げられるに値しないと言って婚約を解消しようと言っているのかい!」俺は思わず彼を睨んでしまった。


 しかし彼は怯まなかった。

 「大変じゃないか!」彼はそう続けると即座に執事を呼んだ。


 「演奏会好きの貴族達に手紙を!それからパトリシア様を演奏会に招待する。ルーシャス!パトリシア様に捧げる君の独奏会だ。受けてくれるね」


 俺は彼の勢いに思わず頷いたが、彼はほっとしたように続けた。

 「君の演奏が聴けなくなるなんて冗談じゃない!パトリシア様の説得は演奏会好きの僕らに任せてくれ、必ず君との婚約を続けてもらえるように取り計らう」


 彼の真剣な様子に俺は彼に任せることにした。


 もしもそれでパトリシアが頷かなかったとしても、俺がまた彼女に願えばいい。俺は彼女を手放すつもりはないのだから。

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