第九話 山下りの途中で
後は下山するだけらしかった。
どうやってここまでこれたのかと言えば途中からジークの巻いた赤い紐が目印になっていた。どうやら敵は途中から取り外していたようで劇的に遭難率を下げてくれていた。これで後は下山するだけだと言えた訳だ。ちゃんと冷静に進めばこんなこともあるんだなと僕は痛感させられた。
歓心よりも痛感したのは旅の出鼻を挫かれずに済んだことへの反省でもあった。僕もジークも諦め気味だったのに対してキコルさんとノエルは進もうと促してくれた。最後に僕とジークは折れ進むことになった。こんな時に言い合える仲間がいて本当に助かったと言えた。どっちにしても帰るなんて考えたくもないけど。
ことはどうあれこの山を下れるようになったからもう不安がる必要性もなかった。僕達はなにも思わないままひたすらに下山先の村を目指した。なんでもキコルさんの商談相手がいるようでもし良かったら宿泊しないかと言ってきた。ジークに判断を委ねるとまたしてもだが断ると言っていたけどノエルが疲れたようで休みたいと言ってきた。だからジークはノエルに気を遣いキコルさんの甘えに乗じることにしたのだった。
「良かった! それじゃ今日はお泊まりね?」
ノエルにだれも言い掛かりをつけなかった。この短い時間のあいだに起きたことが皆の疲労を上げていたようだ。確かに言われる前に僕も疲れていた。なんだか無性に体が重いのは気のせいではないと言うことなのか。でもそれでも今は下山中だから自分だけ我が儘を言うなんて出来ない。だからここは我慢しよう。
「ちょうどお得意様先が宿泊業もやっているんだ。掛け合ってみるよ」
キコルさんの言うことを僕は鵜呑みにした。ジークは不審がっているような雰囲気だけど背に腹は代えられないよね。村に着いたら即行で眠りにつきたい。なんだか本当に身も心も疲れているようだった。自分でも分からないけど薄っすらと考えさせられていた。
「助かります! 有難う! キコルのことは忘れないから!」
ノエルは疲れて警戒心がなくなっていた。もう自分のことしか考えられないようで辛そうな雰囲気も出していた。呼び捨てなのは機転が利かないからもうどうしようもないくらいに癖と化していた。
「こちらこそ貴女方のことは忘れません。出来れば帰る時も護衛を頼みたいくらいですよ。はは」
木こりの商人だけあって護衛役はいくらでもいそうだけど。そんなに僕達のことを気に入ったのだろうか。確かに僕達は基本的に性格のいい人ばかりだからそうなるのも無理はないかも。
「とまぁ下山の途中ですが一つだけいいですか。皆さん」
なんだろう? キコルさんの頼みごとなら断れない。断る理由も見つからない。
「実はほんのちょっと前にとある場所で忘れ物をしまして取りに行きたいのですがどうでしょうか?」
とある場所で忘れ物? さすがの僕でも怪しいけどジークの反応を確かめてからでも遅くはないかな。
「実は下山の途中で広間がありましてそこの切り株の上に忘れ物をしたのです。余り教えたくはなかったのですがそこは憩いの場なんですよ」
なるほど。寄り道するくらいならどうってことないけどキコルさんの憩いの場か。どんな感じなんだろう。
「と言っている内にそろそろ着きますが」
着くんだ。どおりで赤い紐が見られなくなった訳だ。知らない間に誘導されていたんだ。もしかしてジークはそれに気付いていたとか。
「人が悪い。ここまできてしまえばもう後戻りは出来ない。つまりキコルなしには進めない」
だから警戒を解かなかったのか。言っても無駄だと感じたのならなんだか悲しい。僕とノエルも信用されてないのかな。
「人聞きが悪いですね。しかし黙っていたのはお互い様でしょうからここは我慢しましょう。それが大人と言う者です」
なんだか大人同士の会話って感じだけどジークはまだ好青年だと感じる。年齢を訊いた訳じゃないから本当のところは分からなかった。ちなみに僕とノエルはまだ一四才だ。
「やはり信用出来ないな。だがここまできて仲違いは避けたい。いいだろう。……見た限り着いたようだが?」
いつのまにか広間に着いていた。全員が立ち止まってよくよく見れば最奥に切り株が見えた。ってなんでここに兵士がいるんだ。二名の兵士が切り株を見つめているっぽかった。
「おや? ここまでくると不気味ですね。彼らは運がいいのか悪いのか」
確かにってむしろ運がないのはこちらなのでは?
「行くぞ。早くしないと夕方になる」
急にジークが面倒なことのように振舞い先頭を歩き始めた。
「そうですね。二人とも行きましょう。さぁ」
敵兵の二人がキコルさんとつるんでいるなんてことはないのかな。なんだか僕まで疑心暗鬼になってきた。ここはどうしたもんかな。
「私は行く、だって早く終わらせたいから」
ノエルはそう言い残し僕よりも勇ましいところを見せつけた上に突き進んでいく。よくよく見るとノエルの服が薄汚れていた。僕が突き飛ばして倒したからだな。それにしても――。
「待ってよ! 僕も行くから!」
だれも振り返ることがなかった上で僕は追いかけた。まるで二名の兵士に戦いでも挑みに行くような雰囲気だ。なんだか空しく終わりそうな気がしてきたのはどうしてだろう。でもそれでも僕達の妨害をするのなら対決するしかない。だからここは突き進むしかない。
「お、おい!」
どうやら敵兵の一人は僕達の存在に気付いたようだ。それにしても切り株の上になにがあるんだろう。まさにキコルさんはなにを忘れたのか凄く気になる。
「またあいつらか! くそ! こうなったら!」
自棄になったのか二人の敵兵は鞘に納めてある両刃直剣を腰から取り出し身構えてきた。ついに戦うことを決意した証だった。って感じている場合じゃない。ここはこっちも武器を取り出して応戦しないといけない。逃げるなら逃げてもいいのにと思いながら僕は短剣を引き抜き戦いに備えるのだった。
2024/3/21 15:26に呼び捨てだったキコルをさん付けにシエルを正しいノエルに変えました。
すみません。お手数掛けます。




