第三話 その名はジーク
ついにだ。ついに旅の支度が整った。
ちょっと時間が経過してしまったけどこれで旅路に出られるはずだ。
ノエルとは一緒に準備はせず村の中央公園で待ち合わせをしていた。
どうやら僕が二番のようでノエルはすでに中央公園にいた。そんなに慌ててないので歩いていた。
ノエルに近寄り立ち止まると僕はこう言った。
「そろそろ行こう」
凄く真面目に言ったからかノエルも似たような表情だった。すかさず返事がくると思った矢先のことだ。
僕とノエルはもう一人の存在に気がつかず走って斬り逃げが出来る距離まで接近を許していた。
気がついた時にはもう一人の存在が鞘なしの両刃直剣を背中から引き抜き身構えようとしていた。
「俺の名はジーク! 従魔帝の意志を引き継ぐ者よ! その命……貰い受ける!」
突然の声に僕とノエルは驚きを隠せずジークと名乗る男に戦いを挑まれた。
問答無用に走ってくるさまは勇敢と言うか無謀と言うのか。いちようノエルは魔法が使えるんですけど。
すると急にノエルが僕の前まで来ては立ち塞がり魔法を唱える為に集中し始めたようだ。
「ほう。氷か。この魔剣士を舐めて貰っては困る!」
ジークと言う男がノエルになにをしようとしているのかなんて分からない。だけどこの感じは――。
「炎を纏った!? 嘘!?」
ノエルの心の底から驚いた声が聞こえた。どうやらジークと言う男は炎を纏った魔剣士になったようだ。
「くっ!? これが魔剣士の力――」
ノエルは相性が悪く苦戦中。ここは――。
「ふん! この程度か!? 小娘よ!?」
くっ。させる訳にはいかない。間に合え。
「ひっ!? ……え?」
はぁ。なんとか間に合った。ノエルが斬られると怖気付いた後にだけど。
「ぐっ!? その手――。まさしく紫炎を帯びている。やはり貴様が従魔帝の意志を引き継ぐ者か」
だれが従魔帝の意志を引き継ぐ者ですか。確かにどうしてかは分からないけど従魔帝の力が僕に宿ったことは間違いないと思う。なんだか一ヵ所だけ勘違いされているみたいだ。
「その手がなければっ! なければぁっ!」
なんとか片手で両刃直剣の刃を握り返せたけど普通だったら斬られていた。はぁ。危ない。危ない。
「ぐぅっ!? 放せ! 放せぇっ!」
そんな馬鹿はいない。とにかく今は話し掛けるべきだ。
「ねぇ!? 聴いてよ!? 僕は従魔帝の意志を引き継ぐ者じゃないから!」
こういう時になにを言えばいいのかなんて分からない。でもそれでも意思表示はしないといけない。敵じゃないってことを伝えないと。
「そんな言葉……信じると思うか? この俺がぁっ!?」
もうウザいよ。そんなに信じないならこうするまでだよ。
両刃直剣の刃を砕くために片手の握力を最大にした。その結果――。
「ぐぅっ!?」
両刃直剣の刃は砕かれジークと言う男の力が抜けたのか体勢を前に崩した。戦意を失ったのか両手ではなく片手で両刃直剣の柄を握り構えを解いた。その後は自然と滑り落ちるように両刃直剣の柄を手放し後ろに下がり始めた。立ち止まり炎が消え去り哀愁漂う雰囲気に構う暇はなかったけどなんだか酷いことをしたみたいだった。
「負けか。負けたのか、この俺が」
僕が前のめりになんかの言葉を投げ掛けようとしたけどその前にノエルが斜め前に立っていた。
「そうよ。ジーク。貴方は負けた。負けたのよ。セインにね」
負けを潔く受け入れそうな雰囲気だ。ここは説得すれば仲間になってくれるかも知れない。だからここは感情の起伏を抑え込めば消えると思った紫炎を消してから言おう。
「あのジークさん! もし良かったら僕達と一緒に旅をしませんか?」
旅の仲間は多い方がいい。僕達に足りない部分をジークさんは持っていると思うし可笑しい話じゃない。
「一緒に旅……だと!?」
意志を引き継ぐ者じゃないとなんとしてでも分からせないといけない。もうそれくらいに睨まれていた。でもそれでもここは引き下がれない。
「僕はけっして従魔帝になんかに心を奪われません! なんなら監視役として旅のご同行を願いたいくらいです!」
僕ならではの提案だ。もしこれで断られたら残念な結果になるかも知れない。それだけは――。
「そうね。ここで殺さずに最後まで監視して意志を引き継ぐ気があるのかの確認をすればいいだけの話」
ノエルも同調してくれた。心強い仲間に恵まれた。まだ旅支度だけだけど実に頼もしい限りだ。
「また……刃を向けるかも知れないのだぞ!? 分かっているのか!?」
安心してほしい、そんな時はこないって。確証はないけど信じてほしいよ、僕が従魔帝の意志を引き継ぐ者じゃないってことを。
「分かってるわよね? セインも」
ノエルの言葉が重たく圧し掛かる。でもそれでも僕は諦めたくはない。だからこそにここは。
「うん! その覚悟の上だよ!」
僕の言葉を耳に入れたのかジークさんはほんのちょっと下を向き急に身を引き締めたような表情で見つめてきた。
「もし異変が起きたその時には俺は貴様らを斬る! いいな?」
いいもなにもそれも覚悟の上。それにしてもということは――。
「改めて言おう。俺の名はジーク。今日から貴様らの監視役だ。よろしく頼む」
やった! これで三人目の仲間が出来た! まだ始まってもいないけど多いに越したことはない!
「ところで俺の剣だがどうしてくれる?」
あ――。
「フフ。ハハ。冗談だ。なければまた買えばいい」
ふぅ。良かった、冗談で。
「だがこの村では無理そうだな。済まないが今しばらくは戦力になれそうにない」
ですか。あれは僕のせいだな。でもそれでもあの時はああするしかなかったんだ。言い訳になるけどここで終わるなんてごめんだ。
「だね! ジークの両刃直剣は元に戻るまでが大変そう!」
ノエル。時間がそんなに経っていないのにもうジークさんのことを呼び捨てにしていた。その根性が凄い。
「あーこれか。いちよう匠の一品なんだがまさか砕かれるとはな。なんて握力なんだ」
僕が僕自身に驚いた。まさか従魔帝の力が宿り堅そうな剣を砕くことが出来たなんて信じられない。
「しかし俺の厳しい眼は嘘を見抜く。もし異変が起きた場合は容赦せんからな。覚悟しておいてくれ、二人とも」
ジークさんの言葉が僕の精神に重圧を掛けてきた。この気持ちはノエルも同じなのか改めて緊迫していたように思えた。余りの重圧に固唾を呑み込んだけどなんとか気持ちを立て直し言い放った。
「分かったよ! ……行こう! 二人とも! 僕達の旅はここから始まるんだ!」
こうして僕とノエル。そしてジークさんの三人で旅をすることになった。この先は絶対にジークさんのような人が現れると思い僕は心を鬼にした。これ以上に仲間を増やせばまずいことになると思うから心して掛からないといけない。故に旅は始まったばかりだから気長に行きたいと思う僕だった。
2024/3/21 16:07に間違いを正しました。
酷いぞ! ノエルがっ!? 酷いの俺だった。最低だった。ごめん。