第十話 シェイドの意地
敵兵は二名。二人とも鞘から両刃直剣を引き抜き身構えていた。
出遭ってすぐに戦うことになり今にも突っ込んできそうだけど身構えているだけで両足を動かさない。ただひたすらに待ち続ける姿はいちよう一端の兵士なんだと感じた。これ以上に別れては会っての繰り返しとなればきりがないからここで片付けてしまおう的な答えになったのだろう。
ちなみに先頭を走っているのがジークだった。ここからだと分かり辛いけど壊れたままの帯剣を取り出し身構えることなく突き進んでいた。次のキコルさんも走っていたけど武器を持っていないのかそれなりに近付いたうえで立ち止まっていた。そして三番目のノエルは短杖を出現させ握りキコルさんをちょっと越えてから立ち止まった。
すかさず魔法を発動させるためかノエルは短杖を前に構え集中し始めた。その頃に僕はキコルさんを越えノエルと肩を並べ追い越そうとしていた。ノエルは僕に気付いていないようだったけど気にしないでおこう。それにしても今回の敵兵がまた逃げそうになったら見過ごそう。無闇に命は取りたくないから。
敵とは言え相手は人間だと思うとやる気が起きずにいた。短剣を持ち会話の余地がないかの確認をしつつ歩き始めた。やはり人を殺すのは気が引けると最善を尽くしてからでも遅くはないと感じた。そこに嘘はなく僕はひたすらに敵兵が逃げるのを待った。だってそんなに強そうに見えないから僕はジークに頼ることにした。
「セイン! いいの?」
ノエルの声だ。どうやらノエルは魔法を発動し終えたようだ。もう決めたことなんだ、無闇に人の命を奪っていいはずがないから。それにフーゲンさんの時みたいになる可能性を信じたい。だから僕は今は戦わない。ここで立ち止まっておくよ。
「やぁ! 不思議だね! また遭うなんてさ」
う、嘘だろ。この声は。
「執行隊副隊長シェイドと名乗るね。あは! うーん。ジーク兄さんはお取り込み中かぁ。残念だよぉ」
僕は振り返った。足音からしてノエルとキコルさんも振り返ったみたいだった。
「でも君達は相手……してくれるよね? 今度は逃がさないからね!」
ま、まずいよ。あんなノエルでも反応出来ない速い奴を相手だなんて無理強いだ。
「すみません! ここは引かせて頂きますよ!」
キコルさん。仕方がない。こんな時に限ってシェイドと言う敵はだれも狙おうとはしなかった。どうやら無暗に殺すことはしないようだ。でもそれでも僕とノエルはジークを護らないといけないんだ。
「有難う! キコルさんを襲わないでいてくれて!」
キコルさんは無事に広間の出入り口付近まで退避した。その時にシェイドの横を歩いていた。
「興味ないね。獲物以外は襲わない主義だよ。んじゃそろそろ始めてもいいかな?」
くるのか。返事を待たずに身が疼いたのかシェイドは落雷のように突っ込んできた。まずいよ。これで二度目だけど相変わらず速い。速いよ。
「く。駄目。追いつかない」
ぼ、僕が。僕がノエルを護らないと。
「あは! 追いつけない……でしょ!?」
この近付きからして狙いは僕だ。ノエルよりも前に立たないと駄目だ。なのに――。なのに足が動かない。震えが止まらない。
「セイン! 待ってて!」
ノエルを見る余裕すらない。これじゃ護ることなんて出来ない。どうしたら。どうしたらいいんだ。
「っ!?」
シェイドは武器が手中にないのに連続で素手攻撃を仕掛けてきた。どうやら厚手の手袋を着用しているようで傷付かない仕様になっていた。一方的に防御と化していた僕は素手の次に足技も下がりつつ短剣で受け続けていた。ノエルの身体強化魔法がなければ対応が出来なかっただろう。
「絶対に……負けたくない」
押し返さなきゃ。でもどうやって?
「へぇ。いいね。今度は措いて行かないでよね」
冗談じゃない、これは。でもそれでもなんとか防ぐことは出来てい――。
「っ!? ……ぐはぁっ!?」
なにが起きたんだ? 足裏で腹を蹴られた? それ以前に――。
「セイン!? 短剣が!?」
ない。持っていた筈の短剣がない。しかもなぜか後ろに大きく体勢が崩れた。
「ふぅ。お疲れ。最期に言い残したことはなにかな?」
負ける? これで? 嫌だ。嫌に決まっている! そうだ! 従魔帝の力をここで――。
「うん? 右手を突き出した? ま、まさか!?」
そのまさかだ。頼む! 奇跡よ! 起きてくれぇっ!
「ちっ! させないよ!」
シェイドを最後に見たのは紫炎の魔紋が光る前だ。そこは紫の光が視界を覆いノエルやキコルさんさえも見れないほどだ。
「ぐぅっ!?」
シェイドの反応どおり僕も光の障害を受けていた。両瞼を閉じていたけど次第に光が弱まり消え失せていったので恐る恐る開けることにした。
「う、嘘でしょ!? どうして!?」
紫炎の魔紋が光ったのはいいけど何事もなかったかのように消えていた。余りの衝撃に越えが飛び出た。
「くく。はは。ついには見捨てられたのかな? あははははは」
う。
「んじゃ楽しかったよ。またね」
いつのまにかシェイドは隠し刃を手の甲から出現させていた。考えられるのは光の障害が発生した時だ。ってシェイドが僕目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくる。
「っ!? セイン!?」
今のシェイドは油断しているのかノエルでも見えるようだ。それにしても僕はもうここで終わりなんだ。はぁ。短い人生を共に有難う。皆。
「え?」
諦めかけたその時だ、目の前が暗くなったのは。
「ぐぅっ!? ……諦めるなと言ったはずだ! どうしてすぐに諦める!?」
ジークだった。追っ手はこない。と言うことは。
「お前の夢! 俺達の夢なのだろう? なら諦めるな! 最後まで戦え! 連れていってやる! どこまでも!」
ジーク。でもどうしたら。
「夢。夢。馬鹿じゃないの? 悪夢にしかならないよね? そんなの。諦めなよ? 皆でさ」
悪夢。諦める。僕が馬鹿だったのか。もういっそのこと。
「いやぁっ! 諦めないで! セイン! お願いだから! だれかぁっ!? 助けてよ! お願いだから」
空しい夢もここまでなのかな。こんなに無力だなんて想像もしなかった。僕は初めて負けを認めなければいけない。せめて僕の命を引き換えに皆の命を――。
「ふざけるな! シェイド! この俺が諦めない限り! お前に手出しは出来ない! だから! だから諦めるのはお前の方だ! シェイド!」
ジーク。ごめん。ごめんよぉ。もういいよ。僕が諦めたらいいんだ。もう。え?
「なに? この地響きは? ……は!?」
急に茂みが揺れ始めたんだ。ノエルが驚くのも無理はないし地響きの原因に気付いた頃にはシェイドはジークと離れていた。どうやら僕を諦め後ろに跳んだようだ。
「まずいです! あれは!?」
キコルさんが走り僕の視界に入ると指した方を見た。するとそこにはトリケラタウロスが興奮することなく突っ立っていた。
「あー困ったな~。まさかヌシが現れちゃうなんてね。やっぱりその魔紋は危険だね」
仕方がないと言わんばかりにシェイドが引き際を覚えたようだ。もしこのまま引き下がってくれたら僕達は助かる。でもそれでも――。
「ふぅ~。やれやれだな。意地でも倒したかったのに。残念だね」
シェイドの意地なんてだれも望まない。早くここから立ち去ってほしい。
「いいよ! 別に! 今日のところは引き下がるよ! んじゃあね! ジーク!」
シェイドがそう言ったから僕は純粋に鵜呑みし助かったことを感じ取った。その上でジークが帯剣を背負い周りの安全を確認していた。どうやらシェイドはここから本当に離れたようだ。
「いいか! セイン! お前の夢がなんなのかは俺にはまだ分からない! でも! それでもだ! 絶対にお前の夢を叶えさせてやるからな! 忘れるな! セイン!」
背中で語るなんて卑怯だよ、僕だってまだまだ子供なんだから。泣いちゃうよ。涙が止まらない。
「そうよ! セイン! 私だって! 私だって諦めないから! 絶対に!」
ノエル。ごめん、色々と。
「こほん! 心苦しいのですが夕方になる前に……ですね」
そうだった。キコルさんを忘れていた。だからここは――。
「有難う! 皆! 大丈夫だから! 行こう! 次なる場所へ!」
こうして僕達はキコルさんの忘れ物と短剣を回収してから再出発し下山した。多分だけどトリケラタウロスはヌシとして山奥に帰っていったと思う。詳しいことは分からないけどきっと大丈夫だと思う。あの感じからしたらきっと従魔帝の力が及んだんだと思う。この魔紋はシェイドの言うとおりで危険そのものだ。でもそれでも僕達は諦めないで進み続ける。だってそれくらいの仲になってきたと感じるのだから。
あ。ふざけた名前のトリケラタウロス君の再登場。さすがにご都合主義過ぎたな。
ううん。ヌシなのに二体いるなんてあるのだろうか。
しかしもう投稿してしまいましたのでこのまま行きますね。では!