大人の思惑
蓮は真っ暗な部屋の中、コンパクトなノートパソコンの画面の向こう側の人物と話をしていた。画面にはテディーベアみたいな可愛らしいぬいぐるみみたいなピンクパンダのアバターが一体映り、野太い声とは不釣り合いな陽気な声がスピカーから聞こえてくる。
「で、会って来たん?どうっすかぁ?」
意味ありげに、ニヤニヤ笑うピンクパンダ。
「あー...まー...気合い十分、今時純粋な、ズブの素人、だな」
聞いた途端、ゲラゲラ腹を抱えてピンクパンダは笑っている。
「マジですか!!ヤベェ!!......で、どうするんです?」
ひとしきり笑った後に、ピンクパンダは真剣な顔付きになる。
「...ま、潰さない程度に、追い込め...得意だろう?」
「...得意っていうか、不得意というか...」
ピンキーパンダは、困ったように苦笑いをする。
「...大丈夫だ。俺が、四六時中見張ってる...ヤバそうなら、俺がなんとかするさ」
「あー...それなら...マジでぇ!...ブハハハハ...ま、よろしくお願いしますよ、レンちゃん。俺、めっちゃ張り切るわ!」
大笑いしていたピンクパンダは喋り終えると急にニヤーっと意味深に笑みを浮かべて、通信はブツっと切れた。
. . . . .
「いや〜、いい天気だな!絶好の運動日和!」
そう言うテンション高めのサングラスを掛け通気性がよく手触り良い上等そうな黒ジャージの蓮に対し、通販の激安ショップで売っていそうで数回洗ったら毛羽立ちそうな安そうの白ジャージを健達は身に付け困惑気味に蓮を見ていた。
初顔合わせの日は家には戻らずに会津若松の山間部の方にあるこじんまりした昔ながらありそうな少し古びた旅館へ一泊し、朝起きると今着ている白ジャージを手渡されたのだ。ちなみに、背中にはデカデカとオレンジ色の福島の県章の上に黒字で福島とプリントされている。
朝早く薄ら霧が出ている状態から車で移動して現在の場所は、鶴ヶ城の近くの駐車場。宿泊先からはそう遠くはなくまだ太陽が昇って少し顔を出したくらい。
太陽が登れば暖かくもなりそうだがまだこの時間帯の朝は寒い。健達は秋冬用の厚手の生地のジャージだったので、凄くは寒くはないが風が吹けば肌寒さを感じて腕を擦っている。
「さて、そろそろ君達のダンス指導をしてくれる先生が...ふっ、遅刻してるな...あいつ...」
顔は笑顔なのに、最後の言葉はボソっと舌打ち気味に言うのが聞こえて健達はじんわりと不安が募る。
蓮はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して鬼電しているが全く通じなかったようで、凍ったような笑みのまま今度はメッセンジャーで苛立ちをそのまま打ち込んでいるのか短いメッセージを鬼のように早打ちで送りつけている。
「...とりあえず、暇だし...先生が来るまで、準備運動してるか...」
とりあえず蓮の苛立ちも収まったのか、そう言ってスマートフォンからラジオ体操の曲を掛けるとそれに合わせて体操を問答無用で始めたので、健達は戸惑いながらも蓮を真似て体操を始める。
曲が終わり身体が温まり太陽も完全に顔を出した頃、一台のドピンクの丸いフォルムの可愛らしいレトロカーが駐車場へ入ってくると健達が乗っていたレンタカーの隣に止まった。
バンっと勢いよく車のドアを開け出てきたのは、蓮より二十センチは背の低い小柄なピンクパンダのお面を付け桃色の少し大きめでダブダブなジャージを着た一見男か女か分からない人物である。
チェリーレッドのショートの髪を左に流し、ピンクパンダのマークが入った白の長方形のリュックを背負い健達を見つけるとブンブン元気よく手を振ってドアを閉めると、ドピンクのシューズをキュッと鳴らして軽快にスキップするように近づいてきた。
健達はあまりにもピンク一色派手過ぎて驚きを隠せず、変なの来たと言わんばかりの表情でお互いに戸惑ったように視線を交わしている。
「ヤッホー!!元気、してるー?」
冷ややかな蓮の視線にも動じることなく、元気一杯に手を挙げてピョーンと登場したその人物は、ピストルのような指の形をして一人一人全員にバンッと口遊みながらピストルを撃つような仕草をしてから、親指を立てて肘を斜め上に自分を指すと片足を外側に折り曲げた。
「君のハートを狙い撃ち、俺はピンクパンダのピンパ!ヨロシク〜!」
可愛い仕草から発せられるのは野太い声で、見た目とのギャップに健達は引き気味だ。
「アホか!!」
そう言った蓮はツッコミの如く掌で容赦なくピンパの後頭部をスパーンといい音立てて叩いたが、ピンパは前に吹っ飛びそうな感じになったがピタッと足が地面にくっついたようにぶれず、体感がいいのかそのポーズを真似ただけで腰に両手を添えて今は仁王立ち。
「いったいなー、レンちゃん!俺は、テニスのボールじゃないんだけど?」
「なんだ、今のは!いや、その前に天誅だ!そもそも遅刻のが悪い!というか、その変なボイスチェンジャーの声どうにかしろ!」
「あ!」
やっと気づいたらしくピンパは顎まで上げていたジャージのファスナーを首元まで下げて、首にしてる黒いチョーカーみたいものに触れるとピット音がした。
「やっだーもぉ〜。予定の時間には起きたんだけど、盛大に髪が寝癖付いてて直して、準備運動したらさぁ〜、汗かいちゃって折角の温泉だからだったとか長湯しちゃって、そっからスマホ見たら鬼電鬼メッセきてるじゃん、ヤベェッ〜〜って急いできたからさ!」
早口で捲し立てた声は、正反対の可愛らしい少し甲高い男性の声になった。
「お前がバカだってことくらいしか、伝わってないんだが?...まぁいい、とりあえず、まさかプランは決めてあるんだろ?」
「あったり前じゃん!これでもプロよ、そこだけは抜かりないよぉ〜」
何から突っ込んでいいのか分からず呆れ顔の蓮に対して、元気よく蓮の顔面に向けてピースサインをしたピンパ。
「...あー身体はあったまってんねぇ〜。じゃ、サクッと城の周り十キロランニングしてきてくれる?はい!」
ちらっと健達を見ただけで状態が分かったのかピンパは問答無用でそう言って、パンパンと追い立てるように手を叩いてランニングするみたいにその場で足踏みし出した。その追い立てに健達はお互いの顔を見合わせ、困惑したままゆるゆると走り出す。
「ハイハイ!!このランニングは、許可申請取ったから、小型ドローンで撮影してMDbpの各自設けられたホームページに自動で生放送されるからね!張り切って行ってみよー!昨日、県庁と市役所にはアピールしまくっておいたから、きっと色んな人が見てくれると思うよ〜。じゃ、スタンバーイ、GO!!」
健達は一列になって足並みは揃っているものの朝が早く、車でバランス栄養食を与えられ先ほどの軽い準備体操が終わって少し経っていたので丁度よく眠さがきて走りが遅かった。
それを見るとさらに追い立てるようにピンパはパンパン手を叩きながら煽り、大きな声でそう喋るとリックから掌サイズのカメラ付き小型ドローンを取り出し起動させ飛び立たせる。
ピンパの合図の後に健達はドローン特有の機械音が聞こえると、焦ったように走るスピードが上がっていった。
それをニヤッと企んだような顔をして見届ける、大人二人。
「...相変わらず、手際がいいな。ま、これで遅刻はチャラにしてやるよ」
「わぁー嬉しい」
ピンパは全く嬉しい感じもなく、棒読みで返す。
「で、どう見る?」
健達を目を細めて見ながら腕を組んでそう言った蓮に、同じく腕を組んで健達を見ているピンパ。
「んーまーそこそこ筋力はありそうだけ...あの感じだと、やり込んでる感ない完全シロートだねぇ。基礎体力からかなり鍛えないと、歌って踊ってなんて、到底無理って感じ」
二人は無言で顔を向き合わせると、ふっと声に出して笑い合う。
「じゃー俺、後から追い立てて走るから、動画の反応どうか少ししたら電話で教えて」
ピンパは足を軽く伸ばし、ぴょんぴょん跳ねて走る体制になっている。
「了解」
蓮は走り出したピンパに手を軽く挙げ、ピンパも返すように手を軽く上げると背を向けて軽いフットワークで走っていった。