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MDb  作者: 雨月 そら
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謎の男

 健達は傑の親の伝手ではあったが、話を聞いてくれるという男に会っていた。男は傑の家までレンタカーでやってくると、全員を乗せて大熊町を過ぎ会津若松市までやって来た。

 男がランチに指定したのは、会津若松市にあるとある煮込みソースカツ丼のお店であった。

 人気のお店で、しかも休日なのもあってか中は満席状態であった。ただカウンター席の反対側にある、テーブル席の一番奥の席だけは空いていて、そこの店に入るなり店員の人にそこへ通された。

 四人プラス一人と中途半端な数で、背の一番低く小柄な健がお誕生日席へ、一番奥にこの中で一番ひょろっと大きな男、その隣に傑、反対側に双子という並びになった。


 「いや〜、福島の煮込みソースカツ丼って有名なんでしょ?まずは福島に来たら、食べてみたかったんだよね〜」


 男は問答無用で人数分の煮込みソースカツ丼を頼み、今現在、湯気が立ち昇りぷ〜んとソースの甘辛いいい匂いが漂うほかほかのカツ丼が目の前にある。


 「特上ロースだよ!福島県内指定農場で育てた健育美味豚で一頭から五枚しか取れなでしょ!もーさー、検索してたら涎垂れそうに美味しそうじゃん?絶対食べるって決めてたんだよね。さ、冷めないうちに食べよう!」


 車の中でも健達は思っていたが、明るめの茶でナチュラルなコームオーバーヘア、目の色は薄茶、ボスリントン形状にレトロなべっ甲フレームを掛け、高級そうな艶のある黒スーツを着ていれば堀深い顔立ちもあって外見は外人ぽく、迫力があって取っ付きにくそうで合ったが、喋り出すとかなり陽気で話しやすい男である。

 ただ難点と言えば、我が強く人の意見は二の次な所だ。


 呆気に取られている健達を放っておいて、男は顔が綻んで元気よく食べ出した割には、きちんとどんぶりを手に持って綺麗な箸捌きでゆっくりと味わいながら食べている。男が食べていると、カツ丼を食べているのにフランス料理でも食べている様な錯覚を覚え、兎に角優雅に食べている。

 食べている間は絶対に話をしない男は気にせずにこにこしながら実に美味しそうに一人半分くらいを平らげてから、ゆっくりとどんぶりと箸を置く。口の中が空になってやっと、腕を組みながら口を開く。


 「おや?怖気付いたの?俺は、食べろって言わなかった?」


 急に健達は、男の視線にひやっと空気が凍り背筋が凍る様であった。先程までにこにこしていたのに今は鋭い視線で、蛇に睨まれた蛙状態である。

 男はそんな健達をじっと見つめて数分後深い溜息を漏らしながらがっくりと俯き、溜息をここぞとばかりに思い切り吐き出してからバッと顔をあげて苦笑して目の前の手付かず丼を指差す。


 「これさー、お店の人が丹精込めて作ったものじゃん!なんで出来立てを食べないかなー。失礼じゃない?つーかさ、いいから食べろ!!」


 男に焚き付けられて健達ははっと互いに顔を見合わせて頷くと、若さ爆発と言わんばかりに勢いよくガツガツ食べ始めた。それを見届けてからやれやれと、溜息を付いてからまた男も食べ始めた。

 無言の食事会は然程時間は掛からず、殆ど全員が同じくらいのタイミングで食べ終わった。といっても、健達は早食いに近く最後は喉に詰まらせてお茶をグビグビ飲み干している。男は勿体無いなという顔をしながら最後の締めのお茶を堪能しながら健達全員の顔をチラチラと伺っていたのだが、健達は全く気付いていない。


 「さて...まぁ、食べ終わったし...あ、そうそう、名刺渡してなかったわな。はい、これ」


 男はお茶を飲み干すと湯呑みを横に置いて、上着の胸ポケットから名刺ケースを取り出すと手早く四枚分の名刺を出してそれぞれに一枚ずつ名刺を置いていく。

 そこには、株式会社黒川プロダクション 代表取締役 鶴雅(つるが) (れん)と書かれている。


 「うちは、総合エンターテイメント企業...なんて聞こえはいいが、まぁ...芸能関係の主に企画担当してるし、もちろん、マネージメントもやってる何でも屋な感じかな。で、君達、MDbpに応募してプロデュース先が全然決まらないんだって?」


 傑以外の健達は名刺を覗き込みそれぞれに手に取ると、学生は名刺をそうそうもらう事がないので物珍しそうに眺めている。

 話そっちのけの中、傑だけは名刺をちらっと見ただけでずっと蓮の顔を見て話を聞いたのだが顔は渋い顔をしている。それは聞いた事ない会社だったからである。


 「はい。それはそうなんですが...失礼ですが、鶴雅さんの会社名を目にした事がないのですが...どれくらいの規模数なんですか?僕達も遊びでやってる分けではないので、プロデュースできるだけの財力とかコネクションとか...バックアップできるだけの力があるんですか?」


 急に真剣な顔して傑がそう切り出して、健達は何を言い出すのかと驚いて焦った様に一斉に傑の顔をバッと見た。


 「ふ〜ん...なるほど。度胸がない訳でもない訳だな。俺一人の会社だから財力と言われると大企業並みではないなーとしか言えないな。ただコネクションに関してはまーかなりある自信はある。大手みたいに高級マンションを寮にとか、大きなレッスン場とかそういう設備的というか充実したのは無理だけどさー、ちゃーんとボイストレーナーとダンストレーナー...ソングライターも用意できるしねぇ...伊達に何でも屋やってないからねぇ」


 傑の失礼な態度を見ても余裕な態度で、しかもにや〜とにやついて顎に髭がないのに癖なのか片手で撫でている。

 それを聞いた途端、健達はジロッと傑を見る。針のむしろ状態の傑は気まずそうに小さくこほんとわざとらしく咳払いした。


 「生意気言って、すみません」


 「あーいいよ、いいよ。で、まーそれはいいけど、君達さ〜、地元で頑張りたいだって?」


 蓮の方に身体を向け改まって背筋をピンと伸ばし膝に両手を置いて頭を下げる傑に、顎を撫でていた手で問題ないという様にひらひらっと片手を軽く振る。


 「そーなんですよ!俺達、もっと大熊もですけど福島は魅力ある県なんだぞって知って欲しくて!」


 びびってか黙りこくってたはずの健が、急に蓮の方に右手をピンと指を揃えて挙げて前のめりで興奮気味に目を輝せながら喋り出す。


 「うんうん、それは事前に聞いてる......じゃぁさ、君達の地元って確か大熊町だよね?原子力発電とかゼロカーボン活動が盛んなのは俺も知ってる...けど、それに抜きにして観光としては何がある?」


 にこっと笑った蓮であるが、その目はスッと細め意地が悪そうに健を見ている。


 「もちろん!!えーと、俺ん家の旅館も道の駅もいいし、何より坂下ダム!!季節毎に花とか草木とかスッゲー色々咲いて綺麗だし、何よりヘラブナ、コイ、ワカサギ、ヤマメの釣りが楽しめちゃうんですよ!すごくないです?」


 「なるほど...ふ〜ん...弱いね...」


 目を輝かせながら力強く説明する健とは対照的に、蓮は少し上を見て腕を組み何かを考えた後、健に視線を下げ苦笑する。


 「で、でも...いい所で...」


 オロオロする健に対して、蓮はふっと笑みを漏らす。


 「例えばさ、鶴ヶ城は会津若松にしかないし、城は今も根強い人気じゃん?それにさ、ここの煮込みソースカツ丼は絶品で、福島産の肉使ってるじゃん?元祖はここだとかさ、それだけでもインパクトあるよね?宣伝の仕方にもよるけどさ。でも、君が言ったのは、他にもそういうダムあるしさ、でしかない。ここにしか、がなかった訳よ。まぁだからこそ、盛り上げたいんだろうけど?ん?」


 的確な事を言われてはっとした健は考えなしで言っていた事が恥ずしくて、苦笑いしながら後頭部をぽりぽり手で掻いてすとんっと自分の席に座り直す。


 「だからこそ、君達が広告塔になれば、小さな事も付加価値が生まれると思うだよね。俺さー、優遇された感じより、無名でも一からコツコツ仲間と作り上げるのが好きなんだよね〜実は。だ、か、ら、さ〜、君達面白いって、思ったのよ。まだまだ原石だけさー、なんか磨けば化けそうっていうか、君達見てると、自然でワクワクするんだよね」


 『じゃ、じゃぁ!!』


 テーブルに頬杖付いて夢を語る様にうっとりとした顔で語る傑に、健達はいてもたってもいられずガタっと勢いよく立ち上がって傑の方へ近寄る。


 「...はは、すごい圧だな。まぁ、よろしくな」


 若い勢いに後押しされた様に、ただ傑はどこかおじさんくさくどっこいせとゆっくりと立ち上がり片手を前に出す。その手に一斉に健達は手を出し重ねると、ホッとした嬉しそうな笑みを浮かべた。

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