思惑
ChemWのCEO 神来 匡は、自社ビルの高層階の一番上の自分の部屋のど真ん中で泡風呂に入っていた。
匡が入っている重厚感ある黒のバスタブを長方形でBOX型のガラスが囲っている。部屋の中にもう一つ部屋がある状態で、浴室ドアも付いている。
ただ通電して透明になる特殊曇りガラスを使用している為、施錠すると電流が止まり中が見えなくなる仕組みで外からは中の灯りが漏れるだけで一切何も見えない。
中は特殊塗料が塗られたプロジェクタースクリーンで天井に設置された小型プロジェクターから映し出された映像で、都会の高層ビルの中でも木漏れ日が漏れる木々の中にいる様に感じる。
浴室ドアからバスタブまでは適度に熱しられたブラックシリカの石タイルが続き、その周りを球体に加工された北投石が敷き詰められている。
謂わば、個人で露天風呂と岩盤浴の気分を味わえる空間になっていた。ただ、風呂は温泉の粉末剤お湯で、シャワーも付いているので温泉に行っている気分を演出しているだけとも言える。
匡は、大きなバスタブに手足を投げ出して仰向けにゆったり浸かっている。
傍目から見ればぼんやり天井を見ているだけだが、聞き手の左指でスワイプをし、じっと一点を見ている。
そこには防水スマートウォッチから映し出されている空中映像があり、MDbpの応募者の情報が映っていた。
一つの映像を見ている時間は然程時間は掛からずに次へ次へと移されるが、見ているその目は小刻みに動いて恐ろしく集中している。
浴室のドアがピッと認証音を立て、一時的に施錠が解かれた室内に誰かが裸足で入ってくる。しかし、匡は全く気づく気配はない。
「おーい、匡、いつまでシャワー浴びてるつもりだ?」
バスローブとバスタオルを腕に引っ掛けて、ネープレスショートのゆる髪七三マッシュヘヤーの暗めのベージュ色で、口と顎にトリミングされた髭に、ボスリントン形状にレトロなべっ甲フレームを掛けた瞳は薄茶で、顔の作りは外人ぽく堀が深く、ひょろりと背の高い艶の良い黒スーツとシャツを無造作に着こなした男がバスタブギリギリまで近づいて呼び掛ける。
やっと気づいた匡は、チラリと視線を男に移すもののいつもの事なのか、直ぐ映像へ戻してしまう。
「人が話し掛けてる時くらい、返事しろよ」
スワイプしていた指がピタッと止まり、何か考える様にゆっくりと呼吸に合わせて一度瞬きをすると不愉快そうに眉を寄せて、出ていた顔の半分を泡風呂に浸からせる。
「...子供じゃないんだからさー...その、無言の抗議的なのやめろよな...」
ブクブクと泡を立たせてぷーっと泡を吹き出すと、匡は軽く男を睨んでから数分程度泡の中に全身潜り、ネッシーみたいにぬーっと顔だけ出すと泡だらけの顔を両手で雑巾掛けする様に落とす。
「...一人、集中したいのに...今回のMDbpは、僕らが長年温めてきた、計画、分かってる?」
「そりゃー、もちろん...長かったな、ここまで。で?どうよ?」
「...どうもこうも、思った通り。大手企業がバックに付いたり、記念だったり、あわよくば、まぁ想定内だけどね。ただ...」
「ただ?」
匡が指先でスッとワイプして止めた映像を指さしているので、男は覗き込む。
「この、福島から応募してきたチームは、今時の若者と違って、面白いよね...」
ずっとに無表情に近かった匡はニヤと口角を釣り上げ、男をじっと見る。
「...ほんとお前って...ハイハイ、手配しておくわ...全く...じゃ、俺行くわ」
男はやれやれというに苦笑いして、匡に背を向るとバスローブとバスタオルを室内のハンガーに掛けてから、浴室ドアを開ける前にひらひらと肩越しから手を振って出ていった。
「...面白くなりそう...だね」
キラキラと光る綺麗な金髪を手で掻き上げオールバックに流すと、映像に映る健達をじっと楽しげに見つめた。