36.そして始まる新たな日々
最終話です。
「……手ごろな依頼が無いな。」
ぼそりと呟き、この後どうしたものかと思案するウェイン。
探索者の開拓従事者として活動して早3年が過ぎ、ウェインはこの町で現在最高の探索者として認識されている。
ここは開拓従事者にとっての最前線、未踏領域を調査するための人、組織、研究施設等の多くが集う町だ。
ここでは探索者の階級は殆ど意味をなさない。何故なら、開拓従事者の殆どはその実力に関わらず最高でCランクであるからだ。
探索者のランクは、上位になればなるほど単純に戦闘の実力だけで決定されない。様々な依頼の達成状況、信頼度、特別な実績、その他もろもろが総合的に判定されるのだ。特にB以上となると、審査を必ず王都で受ける必要があり、この審査を経ない限りどれだけ実績を積み重ねてもC級止まり。
一方で開拓従事者は、基本的に未踏領域の探索絡みしか依頼をこなさない。時折研究者の護衛なども入るがせいぜいその程度で、Cランクより先は、ランクを上げるための条件を満たせない。
また、B級以上の探索者となれば様々な恩恵が受けられるが、それと引き換えに多くの制約も受ける。それを嫌う気性が多いのも、開拓従事者にB以上の探索者が殆どいない理由だ。B級以上の階級を目指せるあるいは目指す探索者に、開拓従事者になりたい者が非常に少ないとも言う。
しかし一方で、探索場所にもよるが、極めて高い戦闘能力、生存能力が求められるのもまた開拓従事者の特徴だ。故に、C級と言っても実力自体はA級なんてケースはごろごろしているのである。
因みに、ランクにより挑戦に制限がかかる領域やダンジョンなどもあるが、そこについては探索従事者に対しては全くと言っていいほど機能していない。そんな状況で探索者のランクで制限をかけてしまえば、仕事が回らなくなるからだ。
かといって、それとは別で独自のランクを付けるのも問題があるので、結局現場の運用と裁量に任されている。
そんな中でも飛びぬけた実績を残しているのがウェインだ。しかし、ドレイン能力については未だ誰にも明かしていないし、知られてもいない。
実績の大半はソロで成し遂げたものであり、パーティーとして動くときもあるが、その場合は普通に近接職として活動している。それでも最上位クラスではあるものの、そこから突出した実力ではないというのが一般の認識だ。
普通であれば、そんな人間がソロで多大な実績を残しているのがおかしいと考えるのが普通だが、ここでは誰も詮索しない。
それが、ここでの暗黙のルールだからだ。
開拓従事者は、様々な事情を持った者が集まる。
もちろん中には人類に貢献したいというまっとうな者もいるが、犯罪行為を犯して懲罰で配属された者、大切な仲間を失い死に場所を求める者、純粋に魔物の研究に取りつかれた者等、実に多種多様である。また、ウェインの様に特異な能力を疎んじられて、という人間も少なくはない。
人には言えない秘密を持っているケースなど珍しくもなく、だからこそ、何があろうと余計な詮索はしない。特にその人間の過去と、能力に関する部分への無暗な詮索は最大のタブーだ。
単純に聞く程度では特に何もないが、それに対し相手が拒否した場合は絶対にそれ以上踏み込まない事が徹底されている。
ただ求められるのは実力と結果のみ。もちろん、他者に悪影響を及ぼさない限りは、という条件はあるが。だからこそ、ウェインはこれまで特に詮索を受けるでもなく、それなりに自由に活動を続けている。
そういった諸々の事情により、開拓従事者となった探索者間では、望まぬ詮索をしないということ以外にも、様々な独自のルールがある。
それは明示的なものから、暗黙のルールまで様々である。例を挙げると、探索者のランクだけで実力を判断しない、未知の領域に挑む際は予め定められた手順を厳守する、等だ。
そんな数あるルールの中の1つに、依頼に付された条件を必ず守るというのがある。そして、依頼には必ずパーティー必須か否か、という条件が付されている。
ただでさえ大きな危険と隣り合わせの仕事だ、自己責任だからと無茶をして、勝手に死なれては困るのである。特に開拓従事者については需要よりも供給が圧倒的に少ないため、なおさらだ。
ウェインの実力ならばパーティー推奨の案件でも大半は問題なくこなせるが、このルールを破ったことはない。大抵の物事は自己責任が基本だが、ルールを破った場合はその限りではないからだ。
ウェインが詮索を受けずここまでやってこれたのは、ここでのルールを決して破らなかったからこそ。もし破ってしまえば、たとえ結果が問題なかったとしても、決して見逃しはしないだろう。
ウェインとて好き好んで孤立したいわけではないし、スタンドプレーをしてまで依頼をこなしたい訳でもないから、余計に破る意味がない。
難易度が高い依頼は多くがパーティー推奨のもので、そうでないものは大抵難易度が低い。
普段は助っ人的に様々なパーティーに参加しているウェインであるが、今は助っ人の募集も特にない。
かといって、難易度の低いソロで受注可能な依頼は、ウェインがこなしてしまうのは少々問題がある。そういう依頼が適任な人間もいる関係上、無暗に他者の食い扶持を奪う事になりかねないからだ。
ちなみにこれまでのソロでの実績は、依頼とは全く無関係に上げたものだ。
開拓従事者は、主に二通りの人間に分けられる。実際に未踏領域に赴き調査や素材集めをする探索者、そして持ち帰った調査結果や魔物の素材などの研究を行う各種機関の研究者だ。
しかし、これについてはウェインが配属されるまではアンバランスな状態が続いていた。
未踏領域の危険性が高いのは、その魔物の強さや領域の特殊性などもあるが、一番は「未知である」という点にある。何が待ち受けているかわからないとなれば、必然的に調査は慎重に行わなければ命がいくつあっても足りない。
しかし、それでは持ち返れる素材はどうしても少なくなってしまうし、探索のペースもゆっくりとしたものになる。
故に、研究者は常に新しい素材を求めており、欲求不満の日々だったのである。
だがここにウェインが配属されて、状況が変わる。
そういう状況なのであれば、ということで探索者協会にもきちんと許可を得たうえで、ソロで危険度が高い所から数々の素材を持ち帰ったのだ。
いくら危険な未踏領域といえど、奈落よりも危険な場所などそうあるものではない。傾向が違う危険などはあるので油断できる訳ではないが、それでもウェインの能力であれば対処不能という事はまず無い。
なお、当然最初から危険な領域の探索は許可されるはずもないので、段階的に協会が課したテストをクリアしている。
最初研究者たちは狂喜した。何しろこれまで研究素材が慢性的に不足していた状態から、一気に素材の量が増え、しかもより魅力的な素材が供給され出したのだから。
だが、2年ほど経過したところで再び状況が変わる。ウェインが持ち込むスピードに、研究者のスピードが対応出来なくなってきたのだ。
もう少し厳密に言うと、ウェインが供給量を上げたことに加えて、それに触発された他の探索者の活動が活発になったことが大きな要因である。
また、ウェインが未踏領域に赴くことでその領域の情報が蓄積され、魔物の分布や領域の危険な特性などの情報が増えたことも大きい。
研究者というのは、特に開拓従事者として研究を行いたいなどという者は、己の研究となると我を忘れてしまう事が多い。それこそ、体を壊すことを顧みずに打ち込んでしまう人間も珍しくないために、活動開始から3年が過ぎ4年目に入った頃に、ついに探索者協会からストップが出されたのだ。
頼むから、しばらくの間素材の供給を控えてくれ。でないと研究者連中が死んでしまう、と。
そんな訳で、現状はソロで依頼とは関係なく未踏領域に挑むのもあまり気が進まない。別に素材を提供しなければいいだけという話ではあるものの、それらを無限にストック出来る訳でもない。
ウェインの所有している倉庫やかばんはかなりの量を保管できる物だが、あくまで個人所有の範囲でしかない。それに、得られてもどうにも扱いようがない素材を、探索者協会からの要請を半ば無視してまで集めに行きたいとは流石に思えない。
そして、この状況はしばらく続きそうである。
助っ人募集は今後もそれなりの量あるだろうが、それでも常にある訳ではない。個人での探索にストップが出されている以上、しばらくはやることが無い日も増えるだろう。
「しょうがない、しばらくは休暇を貰ったものと考えるか。」
「開拓従事者の方ですか?今日から配属された者なのですが、もし時間がおありでしたら、ここでの仕事を色々と教えていただけると有難いのですが。」
そんな独り言を言っていたウェインの背後から、涼やかな女性の声がかけられる。
瞬間ウェインは硬直する。
忘れてなどいない、忘れられる筈がない。
もう来たというのか、いや、本当に来たというのか。
内心の動揺を何とか表に出さずに、掲示板を向いたまま声の主に問いかける。
「こちらに配属ですか。中々厳しい所に来られたようですが、何か事情がおありか聞いても?」
「ええ、話すと長くなりますが、それはもう大変に複雑な事情がありまして。しかも、それが諸々の理由により他人に話す訳には行かない内容だったものですから、開拓従事者を目指している理由を説明することが出来ませんでした。
ですから、魔法学院に在籍中から貰った多くのオファーを、理由を説明せずに全て断るしかなかったのですが、もし仮に開拓従事者が第一希望だと明かすと納得しないだろう所も多くてですね。
おかげで、多くの機関に内密で話を進め、各所を不意打ちする形で就職先を決める羽目になりました。王都を出発してこちらに来るときも、ちょっとした脱出ミッションでしたね。」
そのおどけた口調と内容に思わず吹き出しながら振り返る。そこには、見覚えのある銀髪の女性が立っていた。
最後に会った時はまだ少女の部分が残っていたが、今はもうすっかり大人の女性だ。綺麗なったな、と柄にもなく思う。
「久し振りだな、フェリア。」
「ええ、久し振りね、ウェイン。」
そう言って、微笑むフェリア。
ー本当に、こちらの予想の上を行くなあ
そう思いながらも続けて口を開こうとしたウェインの、更に予想を上回る行動に出るフェリア。荷物をその場に置き、ウェイン飛びついて来たのだ。
ーちょっと待て!?
その行動に慌てるものの、いくら何でもこれを避ける訳には行かない。
それは何というか、人間として色々とまずい。
結局フェリアのさせたいようにさせる事にして、諦めてフェリアを抱きとめる。
「会いたかったわ、ウェイン。」
「……ああ、俺も、な」
その声は涙交じりで少し震えていたが、決して恐怖からのものではない。少し手をさまよわせたのちに、こちらもフェリアの背中に手を回す。
すると、こちらに回された手に、更に力がこもる。
しばらくその体勢でいたのち、体を離すフェリア。自分の行動に対して少しの恥ずかしさもあったようだが、それよりもしてやったりというような勝気な笑みの方が強い。
全く、と内心で苦笑しながら、明日から散々からかわれることになるんだろうなあ、と考える。
何しろここは依頼掲示板の前、目撃者なんていくらでもいるだろう。しかもフェリア・アルジェントと言えば、その名は国内中に鳴り響いている。
学生でありながら既にA級探索者と比しても圧倒的な実力と評され、出されたレポートの数々は研究者顔負けのものばかり。
卒業後どうするのか、という事が最近最も注目されていた話題だと言っても過言ではなかった。
それがこんな場所に自らの意思で来たかと思えば、これまでの来歴が一切謎とされているウェインと知り合いーしかもどうやらとても仲の良いーとなると、あっという間に噂が広まるだろう。
たとえそれぞれの事情に踏み込まないのがルールと言っても、それは主に過去や探索者としての能力の話だ。この町で、しかも現在進行形の恋愛話となれば、これまで謎多き人物とされていた分拍車をかけて、色々といじられるに違いない。
だがふと、そのことを大変だろうなあとは思っていても、全く嫌には思っていないことに気付き、改めて心の中で苦笑する。
「私ね、ウェインに話したいことが、たくさんあるわ。」
「そうだな、俺も、ここに来て色々あった。」
いつからだろう、まるで自分が世界から取り残されて、一人で生きているような感覚を覚えたのは。家族がそばにいても自分だけが違う世界で生きているようで、同じ世界で生きようとすれば、自分が全てを壊してしまいそうな気がして。
家族との距離が遠いと思っていた訳じゃない、ただ、近いのにどこかずれた世界にいるような、そんな感覚。
ウェインにとって、家族は何よりもかけがえのないものだった。彼らが側にいてくれなければ、既に自分の心は壊れていたはずだ。
だからこそ、自分が彼らの世界を壊してしまうかもしれないという感覚は、新たな恐怖となってウェインを苛んだ。
そして、同じ思いを他人にまで抱えるのはごめんだった。
たから、学院では極力親しい人間を作らないようにしていた。もちろん全く付き合いが無いということはないが、一定以上に深い仲になった者はいない。
人と一緒に歩む道を模索したいのに、近付きすぎる事もまた出来ないという自己矛盾。
それでも結局は、まるで追放される様な形で去らねばならなくなったとき、やはりこうなるのか、と諦めに近い感情を抱いた。
そして、きっと自分はこの後惰性で生きていくのだろう、とどこか他人事のように思っていた。
積極的に死にたいと思う訳ではないが、さりとて別に強く生きていたいと思う訳でもない。そんな風に感情の抜け落ちた、淡々とした日々を過ごしていくのだろうと。
だが、そんな自分に対して、フェリアは勇気をふり絞って踏み込んできた。
フェリアは命を救ってもらったと感謝していたが、ウェインの方こそどれだけフェリアに救われたか分からない。
そして、恐怖から逃げるように人に近付くことが出来なくなっても、結局自分は人とのつながりの中で生きていたいのだと、改めて気付かされた。
別れの時にもらった約束は、確かにウェインの心に前向きに生きる希望を宿し続けた。けれど同時に、期待しすぎないように自分に言い聞かせてきたことも事実だ。
それ程に自分の能力は厄介だったし、フェリアの才覚であれば、他にいくらでも輝ける場所はあっただろうから。
しかし、全てが自分にとって都合が良い方向に進んでも、これ位はかかるだろうと思っていた時間よりも遥かに早く、フェリアは今目の前にいる。
フェリアに対して抱いている好意を、今度こそ手加減せずに肯定する。
自分は本当に人間なのだろうかと疑念を抱き、人と近付くことを諦めかけていた自分を、ありったけの勇気で暖かな世界に引き戻してくれた女性に。
自分の勘違いでなければ、向こうからも好意を向けて貰えている事は、未だに少し信じられないが。しかし、もう少し自分でも自分を信じて、歩き出す時なのだろう。
自分の能力に、翻弄され続けた日々だった
自らの力が家族の命すら奪いかねないという事態は、気が狂いそうな程の恐怖だった。
それでも何とか抑えることが出来たと思ったら、今度はその影響で魔法を使えくなくなるという事態に、なぜ自分だけがとやり場のない怒りを抱いた。
力を何とかコントロールするためにあがき続けた日々で、その能力の強大さや凶悪さに、自分ですら嫌悪感を抱いた。
全てを上手く収めるためには己の力を他人の前で使わざるを得ない事態に直面し、恐怖され、結局はこうなるのかと諦観を抱いた。
だが、その力があったからこそフェリアや他の皆を救えたのだから、少しは誇ってもいいはずだ。
自らの能力について、心情的には未だ完全に折り合いがついた訳ではない。それは、これから生きていく中で、少しずつやっていくしかないだろう。
けれどそこには、その隣に立って見せると宣言し、言葉の通りに実行してくれた女性がいる。それだけで、その日々に嫌気や諦めではなく、楽しみと希望を抱いてしまう。
こうして、後に数々の実績を残し、人類の救世主とまで呼ばれる事になる二人の、新たな日々が始まった。
これにて、ウェインとフェリアの物語は終了となります。
少しだけその後の展開を書いてみようかとも思ったのですが、あまりに蛇足だと感じたので止めました。
後日、主な登場人物の振り返りの紹介と、後日談等をアップして終わりにしたいと思います。




