35.追う者と後に続く者④
「フェリア先輩は、この事を最初から理解していたんですか!?」
「いいえ、全然。一応その必要性と難しさには気付いていたけれど、探索カリキュラムに臨む時までは、どうすればいいかというのは殆ど分かっていなかったというのが実際のところね。」
カリキュラムの内容に代わり発したその質問に、そう苦笑し否定するフェリア、しかし、それは少しおかしい気がする。
「え……でも、フェリア先輩は一発で探索カリキュラムを突破していますよね?」
「だってウェインがいたもの」
ふいに出てきた兄の名前にびっくりする。
兄の凄さは理解していたつもりだが、それは兄の特異な能力ゆえだと思っていたのだ。だが、それを使用できない状況においても、王立魔法学院の中ですら飛びぬけた存在だったのだろうか。
「私は連携の大切さ、難しさを思い知らされていたから、探索カリキュラムは一筋縄では行かないだろうと予想していたわ。ところが蓋を開けてみれば、何の苦労もなく魔物を打ち倒していけた。それは、ウェインが誰よりも連携の大切さを知り、実現する能力があったから。
いえ、あれはそんな生易しいものじゃないわね。連携なんて全然考えていない仲間の攻撃に自分の動きを合わせることで連携させたり、挙句の果てにはそれが連携した行動になるように魔物をコントロールしたりしていたからね。あんな近接職がいて、あの程度のダンジョンならば、どんな構成だって簡単に突破できるわよ。」
そう懐かしむように話すフェリア、しかしその内容はあまりに信じがたい。今のレミリア程度では、一体どんな風に動けばそんなことが実現されるのか、全く想像もつかない。
けれど、フェリアが嘘をつくような人には見えないし、何よりその意味がない。であれば、それはきっと本当のことなのだろう。
「えっと、それじゃあフェリア先輩は、どこで……?」
「その探索中に、ウェインから学んだわ。それをウェインが実際に教えてくれた訳ではないけれど、その動きはもうお手本の塊だったからね。ウェインが何を考えて動いているかを感じ取って、取り入れて、上手くいかなかったらまたウェインを見て、その繰り返しね。
それをやっていったらウェインと言葉は交わしていないのに対話しながら戦闘している様な感じになって、嬉しくて夢中になってたのもあるけど。」
ーうわあ……
フェリアが話した内容に、内心絶句する。
フェリアは兄が凄くて自分は大したことなかった、と思っているようだが、フェリア自身も桁外れに凄いことをやっている自覚は無いのだろうか?
いくら良いお手本が目の前にあったとはいえ、その本質を自ら見抜き、己の足りない部分との差分を知り、取り入れる。それをすぐにできる人間が、一体どれほどいるというのか。
それも、兄とフェリアでは近接職と総合職で、戦闘特性もスタイルも、求められる役割も違う。その垣根を飛び越えて自分に応用させるというのは、普通に考えてかなり難しいことだと思うのだが。
「そう言えばフェリア先輩って、高等部に入ってから一気に突き抜けたって言われてますよね?それももしかして……」
「想像の通り、ウェインのおかげね。これは守秘義務があって話せない部分もあるのだけれど……ただ、レミリアさんはウェインの能力についても、探索カリキュラムの時に起こったアクシデントについても知っているでしょうからそこは大丈夫か。
私たちがアクシデントに巻き込まれた後、ウェインの真の実力を見たとき、そのあまりの凄さに圧倒され恐怖すら抱いたことは確かよ。でも、その時のウェインの魔法を見て、同時にとても強い憧れも抱いたわ。とんでもない量の魔力を使いながら、あまりに精緻なその使い方、構築の美しさにね。そしてそれは、今でも鮮明に覚えている。
だから私は、高等部に進学して以降、ただひたすらにウェインの魔法の使い方を参考に、自分を磨いてきた。学院の教師陣にも、どれだけ高レベルな探索者の中にも、あれだけ高度な技術を持った人はいなかったから。まだまだその領域には及ばないけれど、それでも今のレベルに到達できたのは、間違いなくそれが理由ね。」
ーいやいやいやいや!!
いくら想像通りの答えだったとは言え、その内容に内心思いっきり突っ込む。
凄いお手本を見たならば、それを真似する事ができたら、それだけで誰もがずば抜けた成長を実現できるだろうか?いや、そんな訳はない。確かに多少のアドバンテージはあろうが、それだけで急成長できるなら、高ランクの探索者が慢性的な人手不足になどなっていない。
どれだけ目標がはっきりしていようが、やるべきことが分かっていようが、そこに至るためには自分で頑張って、努力を積み重ねるしかない。
また、一口に真似をするといっても、真似しようとした対象の本質をどれだけ見抜けるか、そこにどれだけ近づけられるかは、真似をする人間の能力に大きく依存する。ただの猿真似では大した実力など身につかないことは明白だし、下手をすればそれが害にすらなりかねない。
確かに兄の能力が規格外なのは知っているが、それを見ただけで己の中に取り入れ消化し、圧倒的な成長を実現したフェリアも大概化け物である。
「そ、そう言えば、フェリア先輩って卒業後の進路は決まってるんですか?なんか、いろんな機関が争奪戦を繰り広げてるのは聞いてるんですが、肝心のフェリア先輩が全然自分の意思を示していない、って聞いたんですけど。」
「あー、それねぇ……」
フェリアの答えに若干引きつりながら話題を変えようと発した質問に、そう言って少し困ったような、そして考え込むような素振りを見せる。
ややあって、
「レミリアさんなら、大丈夫かな……実は希望ははっきりと決まってるんだけどね。それを選んだら実家はともかくそれ以外の周囲が反対するのは目に見えてるし、下手をすると権力がらみで横やりを入れられかねないから、ギリギリまで黙ってて不意打ちで決めるつもりなのよね。だから、何があっても決定まで秘密にしててほしいんだけど……」
「絶対に約束します!」
そう話すフェリアに、全力で断言する。ここまで親身になってくれたのだ、そうしなくてはルートフォードの名が廃る。
「私の希望は探索者、そして開拓従事者、よ。」
「え……?」
その、あまりの予想外の答えに衝撃を受ける。
それは、魔法学院を卒業した人間が選ぶ就職先として最も不人気な、いや、そもそも選ぶ人間がいないレベルの場所なのだ。
だが、それは。
その答えが意味するところは。
「もしかして、ウェインお兄様のところ、ですか?」
「ええ、ウェインがこの町を発つときに約束したわ。必ず、ウェインの隣に立てるようになって見せると。それはウェインに対する恐怖を克服するというだけではなくて、真の能力を隠さなくても隣に立てる、という意味でね。
実を言うと、その域に達したとまではまだ言えないところがあるんだけど……ただその目途はついているし、何より下手に違うところに行くと、異動したり退職したりするのに物凄く苦労しそうな状況になっちゃったから。」
それはそうだろう。どんな組織だろうと、フェリアほどの逸材を獲得したならば、何があっても手放すまい。
そして、兄の能力を知って恐れないようにするのではなく、本当の意味で追いつこうとしている事がまた凄い。更に兄の能力に対応できる目途がついている、という言葉に驚くと同時に、改めて考えさせられる。
果たして、自分たちは本当の意味で、兄の側にいたのだろうかと。
確かに自分たち家族は、そしてルートフォード家に勤める全ての者が、兄の事を恐れたり疎外したりはしなかった。
けれど、その能力の凄まじさに、同じ領域に至ることは初めから無理だと諦めてはいなかったか。家族として接しながらも、その実兄を孤独のままにしてはいなかったか。
けれど、フェリアは違う。この人は、兄を追いかけ、そして追いつこうと奮闘している。きっと、高等部で成し遂げた驚異の成長の、原動力はこれなのだろう。
その姿はとても眩しく、憧れを抱く。
そして、自分にも出来るだろうか、いや違う、挑戦してみたい、と思わせてくれる。
「フェリア先輩は、本当にお兄様のことが大好きなのですね!」
「ッ!?」
興奮して発したその声に、ケーキを口に運ぶ途中だったフェリアの動きが、ピシリと音を立てたように止まる。
「ちょっ!?れ、レミリアさん!?い、一体何を……!?」
「あれ、違うんですか?カールさんの話でもそんな感じでしたし、今日お兄様の話をするときも凄く愛おしそうな感じでしたよ?その上で追いかけるって話ですから、てっきりそうなのかと。」
「いや、ちがっ……わなくはないけれど、あまりに真正面から言われると、照れるというか、何というか……」
そう言って若干顔を赤らめながら、これまでとは打って変わって歯切れ悪く小さな声で言い訳するフェリアに、こういう所は普通の女の人なんだなあ、と変なところで感心する。
ここまで綺麗でかわいくて凄い人に一途に想われている兄は、夜道に気を付けた方が良いかもしれない。
「でも、本当に今日はありがとうございました!今度の探索カリキュラムもやるべきことがはっきりしましたし、将来の進路についても目指したいところができました!」
「そ、そう、それは良かったわ……って、進路?」
まだ動揺を残しつつも答えたフェリアが、あれ?という顔をする。
「はい!ひとまず高等部に進んで、それからどうするかはまだ全然考えてなかったんですけど。今日色々とお話を聞いて、やりたいことがはっきりしました!」
「えーっと、何か話が飛躍しているような……ちなみに何を目指すの?」
「はい、私も開拓従事者を目指します!」
「え?でも、私が言うのも何だけど、苦労のわりに報われない場所よ?無理に目指す必要は……」
「いいんです、私もお兄様やフェリア先輩を追いかけたいと思っただけですから!
今日の話を聞いて思ったんです。私はお兄様が大好きでよく一緒に遊んでもらってましたし、側にいることはちっとも怖くありませんでしたけど。けれど、本当の意味で側にいようとしてたんだろうか、初めから背中を追いかけることを諦めてたんじゃないかって。それで、私も一度挑戦してみたくなったんです!」
「あ……」
そういって、少しばつの悪そうな顔をするフェリア。
「ごめんなさい、そういう意味で言ったつもりではなかったんだけど……それに、ウェインもそんなことは気にしていないと思うわよ?あなた達家族やルートフォード家に仕えている人達は間違いなくウェインの側にいたし、ウェインはそのことにきっと救われていたと思う。私が言ったのは、あくまで私の個人的な望みに過ぎないわ。」
「はい、分かっています。きっと、お兄様はそんな事は気にしてなくて、私たちと距離を感じてた訳じゃないことは。
だからこれは、私の意思なんです。もちろん今の形だって、そこまで悪い訳じゃない。だけど、後に続く人が少しでも増えれば、その分お兄様は皆にとってかけ離れた存在じゃなくなるかもしれません。そうなれば、もっと素敵な世界が待ってる気がするんです!」
それはきっと、凄く大変なことなのだろう。いや、大変なんて言葉では済まないはずだ。
自分は兄の力がどこまで凄いのか、ということは大まかには知っていても、その詳細までは知らされていない。多分、知ってしまえば、その分危険なことも引き寄せてしまうからだろう。それは自分の身を案じてのものだったということは、ちゃんと理解している。
けれど、それでも飛び込んでみたいと思ったのだ。
自分がそんな大それたことが出来るかわからないけれど、兄はそんな事誰にも出来る訳がない、という程に困難なことを成し遂げて見せた。
そしてフェリアは、そんな兄を追いかける事を決断し、実行に移せる段階に至ったという。それを見て、挑戦せずにはいられなくなったのだ。
そんなレミリアを見て、あっけに取られた表情をしていたが、やがて苦笑するフェリア。
「そう、それなら私は何も言わないわ。本当は止めるべきなのかもしれないけれど、無茶を承知で挑んだ私が言えたことではないし。ただし、本当に生易しい道ではないから、そこだけは覚悟してね。
もしかしたら誰にも頼れなくて、一人で途方に暮れることもあるかもしれない。そんな時は、私が高等部で残した記録やレポートを探してみて。それらを総合して読み解けば、私が何を目指そうとしていたかが、きっと分かると思うから。」
「はい、ありがとうございます!頑張ります!」
まるで、ずっと続くのではないかと思っていた悩みが嘘のようだ。
もちろん、今日話を聞いただけで自分の実力が大して変わったわけじゃない。今度の探索だってまだ上手く行かない可能性が高いし、たくさん失敗だってするだろう。
けれど、これから目指すことの大変さを考えれば、こんな事でいちいち立ち止まっていられない。
ー悩んでる暇があったら進め!前進あるのみ!
フェリアとの貴重な時間を終え、別れの挨拶を交わした後に、そう自分に言い聞かせる。
自分は兄のように、物事をすぐに理解できるようなタイプではない。どちらかといえば呑み込みが悪く、要領もあまり良くない方だ。
だからこそ、無茶でもまずは挑戦して、何度も失敗しながら身に着けていくしかない。
ならば、立ち止まっている暇なんてない。兄も、フェリアも、遥か先を歩いているのだから。
そう決意して、レミリアは駆け出した。




