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孤独の果て  作者: 伽藍堂
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31.旅立ちと約束

「こんにちはウェイン、探索の時以来ね。」

「……フェリアか、こんなところでどうした?」


 抜けるような青空の下、ウェインが使用予定の乗合馬車が出発する待合所の前で、フェリアがウェインを待っていた。


「私がカールさんにお願いしていたの。あなたが出発する日を、事前に教えてほしいと。」

「余計なことを……」


 せっかく皆を自分の事情に巻き込まない為に行動したのに、これでは意味が薄まってしまう。そう言えば、家で過ごした最後の期間に、ルートフォード家以外で誰か別れを告げたい人はいないのですか?とカールに聞かれた事を思い出す。

 その時は大して気にもせず特にいないよと返事をしたのだが、今にして思えばフェリアと会っていたが故の言葉だったのだろうし、それもあって気を回したのだろう。

 まあ、ここまで来たならば、流石に大きな影響はないだろうが……


「ふふ、ルートフォード家の皆様は、あなたが思っている以上に、あなたの事が大好きみたいよ?」

「それは、分かってたつもりなんだがな……」


 そのフェリアの言葉に、憮然として返す。

 互いの距離はそれなりに離れている。これ以上近づけば、フェリアへの心理的な負担が大きすぎるだろう。

 それがたとえ、向こうから会いに来たとしてもだ。


「ごめんなさいウェイン、私たちはあの日、命を助けてくれたあなたにとても失礼な態度を取ってしまったわ。それどころか、ろくにお礼すら言えていなかった。だから、改めてありがとう、私たちを助けてくれて。」

「気にするな、俺は自分がやらなければならないと思ったことを、やっただけだ。それに、あんな力を目にしてしまえば、そこに恐怖を抱いてしまうのも、仕方のないことだ。」


 話しながらも、ずいぶん雰囲気が変わったな、と思う。

 以前の探索時も非凡な人間だとは思っていたが、今はある種の凄みすら感じさせる雰囲気を纏っている。

 一体この短い期間で、何があったのだろう。


「謝りたいのはそれだけじゃなくてね、カールさんから貴方の話を色々と聞かせてもらったの。あなたがどんな運命を背負って、どんな思いでその力と向き合ってきたのか。どれだけの積み重ねの末に、今のあなたがあるのかを。」


 本当に余計なことを、と顔をしかめる。それを知ってしまえば、フェリアに身の危険が及ばないとも限らない。それだけ自分に関する情報は、取り扱いに注意が必要なのだ。

 まあカールのことだから、そこも分かった上で必要だと思ったから伝えたのだろうが……


「ウェインはあまりも理不尽な運命を背負って、過酷な努力の末にここまでたどり着いた。それは賞賛されこそすれ、不当な扱いを受ける謂れはないと思う。

今回のことだってあなたが最大の功労者なのは間違いないのに、国や学院は事なかれ主義に走り自分たちの保身を優先した。私は今でも、彼らの決断は決して褒められたものではないと思っているわ。」

「そう言ってくれるのは有難いが、簡単にはままならないのが人の心というものだ。自分たちの命を簡単に奪える人間がそばにいる、しかも抗う手段がないとなれば、平気でいられる人間の方が珍しい。組織を預かる人間の判断としては、間違っちゃいないさ。」


 ウェインの言葉に不服そうな顔をするフェリア。

 正義感が強いというか公正な人間だとは思っていたが、それに加えて思っていたよりも気が強いようだ。その我を見せた様子は少し意外な気もするが、考えてみれば彼女ときちんと交流したのはあの探索の時の数日間のみだ。

 そんな短い期間で、彼女のことを知ったと思うのは思い上がりなのだろう。


「ウェインは、私では想像もつかないほどの苦闘の末に、日常を勝ち取った。普通ならば、何一つ苦労することなく与えられるはずのそれが、あなたにしてみればどれほどに貴重だったかが、今なら少しは分かる。それなのに、それらを犠牲にしなければならないことを分かった上で、それでも私たちを救ってくれた事は決して忘れない。

私はあなたと比べればあまりに無力で、この状況に抗える力は何一つないわ。けれどね……」


 その言葉だけでも、ウェインにとっては望外のものだった。そう言ってくれる人間が一人いるだけでも、少しは報われる。

 そして、言葉を切って黙り込んだフェリアに、どうしたのだろうと疑問に思った瞬間。


「けれど……」


 一歩


 また一歩


 ゆっくりではあるが、ウェインに向かって足を踏み出す。その姿を見て、驚きに目を見開く。一歩ずつ確実に、ウェインに近づいてくるフェリアを、信じられない思いで見つめていた。

 ついに、驚きで硬直しているウェインの目前に至り、挑むような眼でウェインを見上げている。


「私は、今はウェインのそばにいることは叶わない。それは、あなたの足かせにしかならないでしょう。けれど、いつか私は、必ずあなたの隣に立つわ。

あなたを、孤独なままになんかさせない。させてなんか、やるものですか。」


 そう言って、右手を差し出すフェリア。その顔は、多少無理をしながらも、確かに笑みの形を作っていた。


ー本当に、予想の上を行くものだ。


 殆ど停止した思考の中、そう考える。

 フェリアは今、自分がどれだけの事を成し遂げたか、分かっているだろうか。そしてそれが、どれほどに自分の心を救ったかを。


「……ああ、待ってる。」


 その手を握り返しながら応える。

 もう、出発の時間だ。行かなければならない。フェリアの横を通り抜け、自らが乗るべき馬車に向かう。

 だが、やはりもう一言だけ告げるべき言葉あると、再びフェリアに向き直る。


「フェリア。」


 ウェインの呼びかけに、銀髪の少女が振り向く。


「ありがとう。」


 そのウェインの言葉に、今度こそフェリアは無理のない、満面の笑みを浮かべる。


「またね、ウェイン。」


 それは別れではありながら、再会を誓う言葉。その言葉を聞いて、踵を返し今度こそ目的の馬車に向かう。

 確かな暖かさと、一つの約束を胸に、少年は故郷を旅立った。


ーーー


「まさかこんな段になって、心残りが出来るとはなあ……」


 まじまじと、自分の右手を見ながら、独り言ちる。

 挑むように見上げた強い意志を宿した目、差し出された右手、そして花が咲いたかのような笑み。

 そのどれもが、鮮明に脳裏に焼き付いていた。


 自分の力を、呪ったことが無いと言えば嘘になる。いかに仕方ないことだと、運が悪かったのだと納得しようとしても、何故自分だけが、と思わずにはいられなかった。

 自分の能力を理解し、コントロールするために要された努力は、決して生易しいものでは無い。

 しかもそうして理解を深めれば深めるほど、自らの能力を効率よく使うこともまた出来るようになってしまう。

 そのあまりに理不尽な力に、自分自身ですら、自分を人間と信じることが難しくなっていった。


 だから、ウェインの力を目の当たりしたフェリア達が、どれほどの恐れを抱いたとしても、それは当たり前の事だ。しかし、フェリアはその恐怖に真っ向から踏み込み、そして乗り越えて見せた。

 あまつさえ、ウェインの真の能力を知って、それでも隣に立ってみせるとまで言った。それには、一体どれほどの勇気と意志の強さを要されたことか。


 本当にフェリアの言葉通りになるかは分からない。それ程に、自分の能力は厄介なのだ。

 だが、フェリアは幾度となく自分の想像を超えて見せた。だから、今回ももしやと少しだけ期待をしてしまう。


 それだけで今は十分だ。フェリアは、確かに自分の心を救ってくれたのだ。

 胸に宿った確かな暖かさと、少しの未練をかみしめながら、旅路を行く。

 もしかしたらこの先の人生も、存外悪くないのかもしれないな、と思いながら。


ー--


「はは……」


 ウェインを乗せた馬車が去って、緊張が解けたフェリアはぺたりと力なく地面に座り込んでいた。どうやら、今日の行動は流石に無理が大きかったようだ。

 湧き上がる恐怖と、全身が喚き立てる逃げろという衝動を全力でねじ伏せ、ウェインに対して踏み込んだ。

 そのことは想像以上にフェリアを消耗させ、しばらくは立ち上がることすら叶いそうになかった。


 そんなフェリアを、道行く人が奇異の目で見て通り過ぎてゆくが、全く気にならない。それどころか、その心は今日の曇りない青空のように、晴れ渡っていた。

 これが、フェリアの出した答えだった。そしてその心を、決意を、約束を、ウェインに渡すことこそが今日の目的だった。

 ウェインが自分の望みに手を伸ばす事を諦め、周囲を気遣って自ら身を引いてしまうのならば。フェリアの方から踏み込んで、その手を掴みたかったのだ。


 しかし、今の自分では足りないものが多すぎる。無理に状況に抗おうとしても大した結果は望めない。

むしろそれは、ウェインの望まぬ結果を招く可能性すらある。それでは、何の為にウェインが自分を犠牲にしたのかわからない。

 だから、今は雌伏の時なのだ。

 けれど、絶対に、いつか必ず、ウェインに追いつき、そばに立ってみせると、約束した。


 それはとても分不相応な願いなのかもしれない。下手をすれば、一生をかけても追いつくことの叶わない差があるのかもしれない。

 それでも自分はウェインから教わったのだ。

 あがくこと、どんなに絶望的な状況でも、最善を尽くすことの大切さを。

 彼が握り返した右手を、改めて見つめる。探索の際に頭に乗せられた時と同じく、その手は暖かかった。


 ウェインは言った、待っていると。彼は、謀るような嘘は言わない人なのだ。だから、その言葉を、心から信じられる。

 後は、自分がたどり着けるかどうか、それが問題になるだけだ。


 それは、どれほど困難な道なのかも、どれほど遠い場所なのかも、全く見当がつかない。極めて過酷な、長く苦しい道行きになるだろう。

 けれど決めたのだ、この道を行くと。どれだけ苦しかろうと、必ずたどり着いて見せると。


 今は、彼のそばに近寄るだけでこの有様だ。それを見れば、多くの人は嗤うだろう。どれほど身の程知らずかと。

 だがそれで構わない。

そ の道の厳しさに慄き足を止めてしまった、いや、そもそも歩く気さえない人間など、好きなようにさせていればいいのだ。

 どれだけ無謀だと、無様だと嗤われようとも、彼らと同じようにしていれば、望む場所にたどり着けないことだけは明白なのだから。


 自分の胸に宿っているウェインへの想いを、全力で肯定する。感謝、敬意、憧れ、それだけでなく恐怖や畏れといった感情も隠さずに。

 何より、それら全ての感情をひっくるめて、確かに抱いたこの恋を。


「ふっ!」


 ようやく気力が少しだけ戻ってきたので、気合を入れ何とか立ち上がる。

 今日まずは一歩、踏み出した。

 たかが一歩、されど一歩。

 その一歩を積み重ねることでしか、前へは進めない。

 恐らく、先は果てしなく長いだろう。自分の予測など及びもつかない、気の遠くなるほどの積み重ねを要されるかもしれない。

 けれど、いつか必ず。

 そう誓って、己の道を少女は歩き出す。

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