30.ウェインの過去ー2
「話し合いの結果、ギリギリまでウェイン様を次期領主候補から外さないこと、そして出来うる限りの手段を講じ、最後まで諦めないことを皆で約束しました。ですが、もしそれでも願いが叶わなかったときは、カイル様がルートフォード家を継ぐことを条件としてね。
それからの取り組みは、さらに困難を極めたかと思います。ウェイン様が自分の能力を抑え込むことすら、殆ど手がかりのない中試行錯誤するしかありませんでした。それでも、己の能力を全てシャットアウトすることができれば、達成できる見込みがありました。
しかし、その上で魔法を使うとなれば、己の能力を抑えながら、マナを取り込む能力だけを分離し、開放し、コントロールしなければなりません。つられて他の能力を緩めてしまえば、周囲の人々の命を奪いかねないという恐怖の中でね。
それは、単純に全てを抑え込むよりも、はるかに難易度が高いはずです。」
その説明を聞き、確かにその通りだろうと思う。
基本的に、現在の魔法に関する理論は、マナとその変換後の魔力の取り扱いについてのみで構築されている。
しかし、一方でドレイン能力はマナだけでなく他の様々な要素を奪う能力だ。その能力をコントロールするという事と魔法を使う能力を両立するということは、現在の魔法理論とその枠の外の多くの理論との関わり合いを考慮しなければならない。
それは全く新しい理論を一から考えなければならないということであり、この世界のあり方を今よりも包括的に捉え直さなければならないということになるのだ。
「そしてこの段階に至れば、当主様ですら手助けすることは叶わなくなりました。あまりにもその内容が特異かつ高度すぎて、もはやウェイン様以外に理解出来る者がいなかったのです。感覚に依存する部分も多いようでしたしね。
無論皆が諦めたわけではなく、何とかウェイン様の能力に対応できるような手段を模索し続けてはいましたが、実質的にはウェイン様のみが頼りの状況でした。
そしてこの時期からウェイン様は、多くの未踏領域や高難易度ダンジョンに赴くようになりました。皆は反対しましたが、ウェイン様の能力をより深く理解するためには、どうしても実際に使用するしかありません。それを周囲に人がいる可能性のある状況では、とても実行できたものではありませんでした。
ですから、ウェイン様がその能力を開放出来る条件を満たす場所は、探索そのものが禁止されているS級ダンジョン、あるいは未踏領域の中でも特に危険な立ち入り禁止区域、そういった場所くらいしか無かったのです。
その為、この時の取り組みの詳細を全て知っているのはウェイン様のみです。私共には大抵のことは話してくださいましたが、それでも全てではないでしょう。」
恐らくこの時に、魔族についてや奈落という存在についても、知ったのだろう。そして、そんなこと家族にすら話せる訳はない。その情報は、別の意味で家族やルートフォード家そのものを危うくする。
しかし、ここでカールは少し悲しそうな顔をした。
「私たちは、ウェイン様と共に歩んで行きたかったからこそ、簡単に諦めたくはありませんでした。ですが、逆にそのことが、ウェイン様の孤独を深めてしまうことにつながってしまったかもしれません。
結果として、ウェイン様は己のドレイン能力を理解し、コントロール能力を高め、ついには封じたまま魔法を行使することに成功しました。そして、王立魔法学院への入学を勝ち取って見せました。
しかし、その過程でドレイン能力はそれまでとは比較にならないほど強力になってしまったようです。魔法を使う能力を高めようとすればするほど、ドレイン能力への理解が必要となり、否応なしに扱いが上手くなり、強化もされてしまう。結果として、自分がどんどん人から外れた存在になっていく。どうやらそういう風に感じられていたようです。」
その声に滲むのは後悔の念。
周りの人達の心境もまた、痛いほど理解できる。何故ウェインだけがここまで理不尽な目に合わなければならないのかと、諦められなかったのだろう。だがそうやって諦めないことが、更にウェインが背負うものを増やしてしまった。
それはおそらく、どこまで行っても解消されない二律背反。一体彼は今、どれほどの孤独の中にいるのだろう。
「その後の事は、おそらくフェリア様もある程度ご存じのことでしょう。魔法学院入学後に、探索者養成の近接職コースに入り、何とかして己の魔法技術を高めて行きました。
他者から見れば、魔法を扱う能力に関しては、そこまで優秀には見えなかったでしょう。ですが実際のところは、常に己のドレイン能力を制御しなければならないという、大きなハンデを背負った上での結果なのです。」
だからこそ、ウェインはドレイン能力を使わずとも、自分たちよりも遥かに高いレベルにあったのだろう。たとえ自分の能力を制限したとしても、そこに至るまでの圧倒的な経験がある。
S級のダンジョンに単身潜り、現ルートフォード家当主すらついていけないようなレベルの魔法研究を行う。その積み重ねを考えれば、自分たち程度の努力では大きな開きがあって当然だ。
「……それでもウェインは、私達を救う為だけに、力を使ってくれたのですね。」
ぽつりと、そう口にする。
あれだけ圧倒的な力があれば、ウェインにしてみればあの魔族はどうとでもできただろう。だから、本当にウェインが己の能力を秘匿することを第一に考えたならば、フェリア達が殺された後で力を開放してもよかった。
もっと乱暴な事を言えば、フェリア達のことなどお構い無しに能力を発動してしまえば良かったのだ。ただ一人生き残るという状況は多くの疑問を残すだろうが、生存者が他にいなければ最終的にはウェインの言葉を信じざるを得なかったはずだ。
あるいはそこまでせずとも、戦闘後に自分たち全員に制約の魔法をかけ、口止めや口裏合わせをすることだって出来た。そうすれば、ウェインが己の能力を秘匿したまま学院に通い続ける事も、不可能ではなかったはずだ。
けれど彼はそうしなかった。
それどころか、フェリアたちに何か不利益なことが降りかからないように、手を尽くしてくれさえしたのだ。己の保身など考えずに。
「ウェイン様は本来とてもお優しく、また面倒見の良い方です。それはご自身が、耐え難いほどの孤独を否応なく味わったからでもあるでしょう。ご家族に対してのみならず、私たち使用人に対しても、これほどまでに気を配ってくださる方は、滅多にいるものではないと思っております。
そして同時に、とても誇り高い方でもあられる。自分の力が強大で誰にも止めることが出来ないからこそ、誰よりも自分自身を律しなければならないのだと考えていらっしゃるようです。それ故に、フェリア様達を救わないという選択も、自分の事だけを考えて何かを強制するという選択も、有り得なかったのでしょう。
そんな方だからこそ、私たち使用人を含めたルートフォード家の全員が、その恐るべき能力があったとしても、変わらずウェイン様をお慕いしているのです。」
聞けば聞くほどに、ウェインの凄さを知る。そして、自分たちを救ってくれたことと引き換えに、どれだけ大切な物を失うのかも。
「ふむ、良い表情をされておりますな。」
「え?」
「最初の雰囲気も素晴らしいものでしたが、なお一層磨きがかかりました。どうやら、僅かに残っていた迷いが、晴れたようですな。」
「そう……なのかもしれません。」
きっと自分の心は、殆ど決まっていた。けれど、全く迷いが無かったかと言われれば、そうでは無かった。
それは自分の勇み足で、ウェインにとっては余計なお世話なのかもしれないと、思っていたから。だから、まずはウェインの事をもっと知らなければと思ったのだ。
「本日はどうもありがとございました。ウェインの事について、お話ししてくださったことに心より感謝いたします。その上でもう一つ、お願いがあるのですが……」
「こちらこそ、ウェイン様のことを気遣って下さってありがとうございます。して、その願いとは?」
「ウェインがこの街を発つ日が決まったら、教えていただけませんか?彼に、渡したいものがありますので。」
ー本当に、良いご友人を持たれましたな。ウェイン様。
ウェインの全てを知って、それでも正面から向き合おうとすることは、並大抵の事ではない。それでも、己を貫き向き合おうするフェリアに、ウェインとはまた違った誇り高さを見る。
そして叶うならば、友人以上の存在になってくれる事を、心から願う。
「ええ、構いませんよ。間違いなく、お伝えいたしましょう。そして願わくば、どうぞウェイン様をよろしくお願いいたします。」
フェリアはその言葉に驚き、思わずカールの目を凝視する。だが、その柔和な笑みが崩れることは無かった。
どうやらこの老練の執事長には、自分の心の内などお見通しのようだった。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
それでも、自分で自分を偽らないよう、しっかりと肯定する。
誰に何を言われようと、胸を張って自分の意思を貫けるように。




