29.ウェインの過去ー1
「ウェイン様の現在の能力は、10歳のころに発現しました。もしかするとそれ以前からもあったのかもしれませんが、少なくとも周囲に大きな影響を及ぼすような強さではありませんでした。しかし、それはある日一変しました。何がきっかけだったのかは、今もわからないままです。」
「10歳……ですか?」
「はい、そしてその日から、殆どの者がウェイン様に近づくことが叶わなくなりました。魔法の使い手として非常に高いレベルにあるご当主様が、辛うじて短い時間、概ね一日に30分程度ともに過ごせるのみ。それ以上はたとえご当主様ほどの方ですら、危険であったのです。
それ以外の者は、ウェイン様から10m以内に近づくことすら危険で、5m以内ともなれば命の保証はないほどでした。」
その言葉に絶句する。今のウェインしか見ていないから思いつかなかったが、考えてみれば最初からその能力を制御出来ていた訳ではなかった、というのは十分に有り得る話だ。
だが、それは周囲の者も、ウェイン本人も、言いようのない恐怖だったことだろう。自分の命が危ないという周囲の恐怖はもちろんだが、ウェインの自分が愛する者の命を奪いかねない、ということもまた計り知れない恐怖だったはずだ。
「ウェイン様も、自分が周囲に影響を及ぼしている原因である事を理解されていました。殆ど何も分からない状態でしたが、それでもその何かは距離に応じて強さが減衰する物であり、しっかりと距離さえ取ることが出来れば問題ない事だけは分かりました。
その為、とにもかくにも、まずはウェイン様を別邸に移し、皆と距離を置いて生活するための準備を整えました。ウェイン様は聡明な方でしたが、それでも十歳にしてお父君とごくわずかな時間交流できるだけ、他のものには近寄ることすら許されないという内容は、あまりにも過酷な要求です。しかしその必要性をすぐに理解し、自らその措置を望んですらおられました。」
自分がもし同じ状況になったらどうするだろう、と自問してみる。しかし、答えなど出ない。
だがおそらく、現実が受け入れられなくて、泣きわめく位しかできなかったという所が関の山ではないだろうか。
「その体制となってから、基本的に皆は手紙にてウェイン様とやり取りしていました。
ウェイン様の能力がおそらくドレイン能力と呼ばれるものだろうということは、早い段階で特定されました。しかし、そこから先は全くと言って良い程情報がない状況でした。過去の研究や記録をどれだけたどっても、何故そんな能力を持った人間が生まれるのか、どうすればコントロール出来るようになるのか、そういった事は全く判明していなかったのです。」
カールの言葉に、やはりドレイン能力については全くと言って良いほど情報が無い状態なのだ、という事を再確認する。
フェリア自身国の過去の研究の結果は今回の事態の前から知っていたし、学院長との話し合いの後に改めて調べてみたが、やはり実のある情報は得られなかった。
「かろうじてそれが先天的な能力であり、後天的に身に付けることは叶わないとは知ることが出来ましたが、事態を打開するためには何の役にも立ちません。
そんな中、ウェイン様からとにかく魔法に関する理論書を、集められるだけ集めてほしいとの要望が出されました。それは国家的に認められた正式な専門書から、内容が怪しいものまで、とにかく何でもいいので量が必要とのことでした。
私たちは当初訝りましたが、とにかく言われた通りにあらゆる書物を手に入れようと動きました。ウェイン様が何か突破口を見つけたのかもしれませんし、そうでなくとも一人孤独に過ごされているウェイン様が、それで少しでも慰められれば、との思いからです。
後に聞いたところ、どうやらあらゆるエネルギーを周囲から奪って自らの力とするドレイン能力は、周囲からマナを集め自らの魔力とし行使する魔法と、原理が似ていると考えたようですな。それゆえにまずは、魔法の理論について可能な限りの情報を集めたい、そうすれば突破口が開けるかもしれない、というのがウェイン様の考えのようでした。」
だからか、と内心納得する。
ウェインの魔法学院での理論の成績は、少々異常なレベルであった。というか、実施されたテストの内で極まれにケアレスミスがあるくらいで、それ以外は満点以外を取ったことがないのだ。
その頃から死に物狂いで魔法理論に関して知識を吸収し続けていたとするならば、飛びぬけた知識量を持っていて当然だ。
だが同時に、僅か十歳の子供が、それだけ過酷な状況に置かれ、それでも状況を改善するために行動したことは驚きでしかない。
「それから、ウェイン様の孤独な戦いが始まりました。何しろ開始してから僅か数か月で、ウェイン様の魔法に対する造詣は、御当主様を除き誰よりも深くなってしまったのです。それ以上のレベルの考察あるいは研究となると、とてもついて行けるものではない。私どもがどれだけ必死で魔法に関する理論を身に着けようとも、ウェイン様の進む速度の方が圧倒的に速かったですしね。
またご当主様も、折り悪く災害急の魔物への対処を担当しなければならない立場となりました。ですから、ウェイン様との時間を取るどころか、ろくに家に帰ることすら出来ないような日々が長らく続きました。一応多少の事は手紙にてお知らせしていましたが、個人あての手紙と言えど、誰の目に触れるとも知れない状況でしたので、ウェイン様の詳細に関して記すのは危険でした。
それゆえに、ウェイン様は殆どの時間を実質一人で、2年間も、ひたすら己の能力をコントロールするための試行錯誤を続けられたのです。」
「2年間……」
呻くように、それだけの言葉しか出てこない。それは、一体どれほどの地獄か。殆どの者は、とても耐えられず心が壊れてしまのではないか。
「日々の状況、研究の進捗などをウェイン様は常に記録に残しておいででしたが、正直言って正確な所はご当主様しか理解できない内容でした。また、その能力を外部に迂闊に漏らす訳にも行かなかったため、誰かに協力を仰ぐことも難しい。
転機が訪れたのは2年が過ぎた頃、災害急の魔物の討伐が終わり、その事後処理についてもある程度目途がついたため、ようやくご当主様がウェイン様との時間をきちんと取れるようになったのです。そして、ウェイン様の記録を見て驚愕されておりました。これはもはや、研究所レベルで行われるような内容であると。
そして御当主様とウェイン様が一緒に研究・考察するようになってから、ウェイン様の能力への理解は目に見えて進んで行きました。ウェイン様が様々に試した内容と、そこから考察されることを記録する。
その内容を、魔法学的な観点からご当主様が考察し、フィードバックする。時には、最先端の研究内容を参照することもあったようです。
やがて、ウェイン様と取らなければならない距離が、徐々に短縮されてゆきました。1m減り、2m減り、ついにはウェイン様が部屋にいる時に、他の部屋を使用人が手入れすることが可能になるまでになりました。また、この頃になれば、多少距離が離れていますが互いに会話出来る距離にまで近づくことが出来たのです。」
その話を聞いて、本当に凄いと思う。ウェインや現当主についてはもちろんだが、それ以外の者達もだ。
例えば使用人が、ウェインのいた別邸を手入れしていたと何でもないことのように言っていたが、普通の感覚であればまず拒否するだろう。何せ、かかっているのは自分の命なのだ。いくら大丈夫と言われても、同じ屋根の下で過ごすことを受け入れられる人間はそういない。
「そして、とうとうその日がやってきます。ウェイン様が己の能力を完全に封じ込める事に成功し、ご当主様が何の手段を講じなくとも、一緒に過ごして問題がないことを確認されたのです。この時点で、ウェイン様の能力が発現してから、実に3年以上が経過していました。
しかし、あくまでウェイン様は自身の能力を封じる術を覚えたというだけで、無くなったという訳ではありません。当然ウェイン様がコントロールを失えば、周囲の人間は再び命の危険にさらされる。
さて、そんな状況で、ウェイン様の母君であるマリア様は、どのように行動したかお分かりになりますか?」
「……分かりません。」
フェリアは、ウェインの母の人となりを詳しく知らない。貴族としてある程度の情報は得ているが、それはあくまで表面的なものだ。
今のウェインの姿やカールの口振りからあするに、悪い結果につながるものではなかったと思うが……
「マリア様は、躊躇なくウェイン様を抱きしめられました。今まで側にいてやれなくてごめんなさいと、泣いて謝りながら。そしてやっと自分の心のままに触れられる事に、喜びながらね。ある程度成長されて以降は、ウェイン様の涙を目にしたのはあの時くらいでしたな。
また、お父君は当然として妹のレミリア様も、弟のカイル様も、どちらも全くウェイン様を恐れることなく受け入れました。だからこそ私たち使用人一同は、ルートフォード家の皆様を本当に誇りに思っております。それは貴族として誇りを持ち体現しているだけでなく、一人の人間としても素晴らしい人達ばかりなのですから。」
その言葉に、胸が詰まる。
それは、一体どれほどの勇気か。自分の生殺与奪を握られているも同然の相手を、それでも抱きしめられるのは、どれほどの愛情か。
「しかし喜んだのも束の間、この事は違う弊害をウェイン様にもたらしました。
ウェイン様が己の能力を封じる術は、当初は周囲から何かを奪おうとする力を全て遮断する様な形を取っていました。その為に、マナを取り込む能力も遮断せざるを得ませんでした。少なくとも当時は、それだけをより分けるということが極めて困難という話だったのです。
ゆえに、ウェイン様は膨大な魔法に関する知識を取り込み、自らのものとしながら魔法を使う能力を失いました。まあ厳密に言えば、ドレイン能力を開放して良いならば行使できるとのことでしたが、実質的に使えないという事と同義です。
これは、普通の家であれば特に問題にならなかったでしょう。ですが、ルートフォード家の嫡男、しかも次期当主候補筆頭となると、そうは行かなかったのです。」
一難去ってまた一難である。だが、その意味はフェリアにも理解できてしまう。
ルートフォード家は魔法の名門であり、軍事的な役割において民の先頭に立つ事を期待される貴族だ。また、多くの民の精神的なよりどころとなる貴族家の一つでもある。その家で、いくら事情があるとはいえ、当主となる者が魔法を使えないということは大きな問題となろう。
その事情が公にできないとなれば、なおさらである。
「ウェイン様は、あまりに孤独で過酷な3年間を過ごされました。だからこそ、何でもない日常を過ごせる大切さを、人と一緒に歩むことの出来る素晴らしさを、誰よりも理解されています。何より、皆の命を奪いかねなかった自分を信じ、受け入れてくれた家族に勝るものなど無かったでしょう。
ですから、ウェイン様はルートフォード家の継承権を放棄し、カイル様に譲ることを提案されました。自分の事情のためだけに、ルートフォード家の存在を揺るがす訳には行かないと。
しかし、そのことは周りの者がすぐには受け入れられませんでした。ウェイン様は自らの能力が発現するまででも稀に見るほどの努力家で、大変に優秀な方でした。そして発現してからの3年間で、それまでの取り組みなど及びもつかない凄まじい努力をされ、誰もが不可能かもしれないと思っていたことを成し遂げました。
その事は、何一つ恥じるような事ではない。なのに何故、ウェイン様だけがそんな理不尽な仕打ちを受け入れなければならないのかと。」
ウェインは、本当に良い人たちに囲まれていたのだなと、その点だけは少し救われる。
彼が背負わされたものは、否応なく孤独を強要するものだ。たとえ本人にその気がなくとも、果てしない努力により能力を抑え込めたとしても、それでも側にいることが耐えられない者の方が多いはずだ。
フェリア自身、どれだけ頭で大丈夫だと理解してはいても、ウェインへの恐怖心を消せたわけではない。それはウェインが長い時間ドレイン能力をコントロールしながら時間を過ごしてきたことを知っていてすら、そうなのだ。
だが、そんな中彼の家族や使用人たちは、何とか一緒に歩んでいこうと踏ん張ったのだ。それは、大いにウェインの心を救ったはずだ。




