26.歩みを止めた者
「これはどういうことですか学院長!!」
今回の事件についての通知がなされてすぐに、フェリアは学院長室に乗り込んでいた。事務員が制止しようとしていたが、知ったことではない。
「フェリア・アルジェントさんですか。あなた達への裁定が原因と見ますが、何か不服がありましたが?」
「あるに決まっています!!」
と、やがて遅れて制止しようとした事務員や他の教官が部屋に入ってくる。
「す、すみません学院長。咄嗟のことで止められず……」
「構いません、私が対応します。あなたたちは席を外しなさい。」
「わ、分かりました。」
学院長自らが承諾したところで、入ってきた教官らが退出する。ウェインの能力についての話にもなるので、それはフェリアにとっても都合が良い。
「さて、私達学院はあなたたちのパーティーが巻き込まれた事態を鑑み、総合的に見て十分にカリキュラムを突破したとみなせるだけの結果を残したと判断しました。それで合格としましたし、それ以外にもあなたたちに不利益になる処分はありませんでした。どこに不満がありましたか?」
「そんなことはどうだっていいんです!!ウェインが退学処分ってどういうことですか!!」
「そのことですか……まさかあなたたちの中から、異論が出るとは思いませんでした。」
「どういう意味です!」
深いため息をつきながらの学院長の言葉に、ますます納得がいかない。
「あなた達は、彼の能力を間近で見たのでしょう?それとも、その能力の正体に気付いていませんか?」
「そんなことは分かってます。ウェインは、常識外の領域にいるドレイン能力者であり、その能力を使えば、周囲の人間が無事ではいられないこと位。いえ、そこについては、A級探索者まで含めても身を守る事は難しいでしょう。
ですが、ウェインは今回の事件における最大の功労者で、私たち5人の命があるのも間違いなく彼のおかげです。しかもこれまで何事もなく中東部の三年間ほぼ全てを過ごした事を考えれば、周囲の者を害する意思も、危険性もないのが明らかなはずです!それなのに、何故退学処分なのです!」
フェリアの言葉に、再びため息を突きながら説明をする学院長。
「分かってくださいフェリアさん。彼の能力の正体を知った者で、一緒にいることに耐えられる人間は極めて少ない。あなたは例外のようですが、残りのパーティメンバーだった4人はおそらく、ウェイン君がこの学院に残ることになれば退学、あるいは転校を選ぶでしょう。少なくとも高等部は、学院以外の場所を選ぶはずです。
今後についても、彼の能力について秘匿することにしたとしても、何らかの形で露見してしまう可能性があります。そうなれば、この学院自体がパニックになり、機能しなくなる可能性が高いのです。」
学院長の言葉に、ぎりっと歯を食いしばる。確かにそれもまた事実だ。だからこそどうすれば自分たちがウェインと共存できるか悩んでいたのだ。
それなのに、あまりに唐突なこの事態である。その納得が行っていない姿を見て、更に言葉を重ねる学院長。
「もちろん彼の今回の功績を評価していない訳ではありません。ですから、特例として探索者としての身分を与えることが正式に決定しました。学院の卒業資格は与えられませんが、高等部卒業と同等の資格を得られるとなれば、十分な見返りではないでしょうか?」
「今、特例といいましたね?その探索者の身分は、一般的な探索者としての身分と全く同じものなのですか?」
その言葉はフェリアを納得させ、宥めるためのものだったのだろう。
だがそれは、逆効果だった。むしろ学院長の雰囲気から、そこに更なるきな臭さを感じ取った。特例というものは、何も利益を増すだけのものではなく、不利益を課すことにも使えるものなのだから。
「……黙秘しても、あなたの家の力を使えば、簡単に調べられる事ですね。いいえ、探索者として活動は出来ますが、一部に制限がかかっています。具体的に言えば、活動範囲が限られてしまいますね。」
「配属先は!」
「……開拓従事者です。活動範囲も、そこのみに限られます。」
「体のいい追い出しじゃないですか!」
探索者の開拓従事者、それは主に現在の人類の未踏領域、それも危険度が高いと推測される領域に赴き、調査する者達のことだ。
数ある探索者の仕事の中でも最も危険度が高く、かといって見合った報酬が有る訳でもない仕事である。それ故に極めて人気が低く、加えてその危険度から命を落とす割合も格段に多い。
現場は常に慢性的な人手不足で、何らかの形で懲罰対象となった探索者の、送り先としても有名である。
そんな場所に配属どころか、異動すら許されない。そんなもの、追い出し以外の何だというのだ。
「何とでも言ってください、私としてはこの学院を守る義務があります。人類の希望となる人材を育成するこの学院を潰えさせないことが、ひいては人類の為になるのだと信じています。そのためには、綺麗事だけではない判断もしなければならないのです。この決定は、何があろうと覆りません。」
確かにそういう事が存在することは確かだろう、そういう判断をしなければならない時もあるだろう。しかし、学院長に言葉通りの感情を、例えば自分達の至らなさに対する忸怩たる思いや、辛い判断をしなければならない苦悩、それでもなお信念を貫く強さ、そういったものを見いだせなかった。
むしろ、これまでのやり取りも含め強く感じたのは、ウェインへの恐れと、そこから逃げたい、もっと言えばこれ以上関わりたくないという感情だ。
恐れること自体は、別に構わない。自分にだって、ウェインに対して恐れがあることはまぎれもない事実だ。だが、学院は、国は、その恐れを遠ざけ隔離することで対処することを、言い換えれば問題の本質から目を背ける事を選択した。
しかも、実に耳当たりの良く都合の良い、さも正論のように聞こえる言い訳を用意して。
それはフェリアからすれば、自分達が前に進むことを諦めたようにしか見えない。ただただ今の環境を変えたくないという変化を嫌った現状維持、あるいは保身を重視した決断だと。
そこまで考えたときに、スッと頭が冷えた。怒りが頂点に達すると逆に冷静になることがあると言うが、本当なのかもしれない。
「フェリアさん納得しましたか?あなた達は……」
「そうやって」
恐らく沈黙したフェリアを見て納得したと思ったのか、更に言葉を重ねようとした学院長を、有無を言わせずさえぎる。
「ミイラ取りはミイラになるんじゃないですか?」
「!?」
「私は、こんな結果認めない。自分たちの弱さを、至らなさをたった一人に押し付けて、その上で気に病むどころか、正当性を主張する浅ましさなど認めてたまるものですか。
もういいです、学院には今後何も期待しません。私は私で、好きなように動かせてもらいます。失礼します。」
これ以上は時間の無駄だ、ここで話すことなどもう何もない。二の句を告げずにいる学院長に背を向け、部屋より退出する。
ウェインの処遇の決定は、どうあっても覆らないだろう。そこには、学院だけではなく国も絡んでいるのだから、いかにフェリアが貴族であるからといって、どうなるものでもない。
ならば自分にできることは何か、何をすればウェインに少しでも報いることが出来るのか。それを真剣に考える。
あの日ウェインから学んだのだ、どんなに絶望的な状況でも、最善を尽くすことの大切さを。
今回だって、きっと何か自分に出来ることがあるはずだ。




