23.背負う者
「正直言って、信じてよいかどうか判断しかねるというのが正直な気持ちですが……とりあえず、その魔族の討伐の証明となるような物はありますか?」
「これですね。」
そう言って、討伐した際に残された魔結晶を取り出して渡す。
「これは……!?」
渡された魔結晶をみて顔色を変える。
「奴らを討伐したときに残る、魔結晶という物質です。性質的には、人類が製造に成功した魔力結晶と極めて似た物質ですね。もっともこれは、人類の技術で製作可能なものよりも、はるかに高純度で魔力との親和性も高いはずですが。今回の討伐の結果残った魔結晶ならば、最も大規模な都市に張られている隔離結界を、ノーメンテで1年程度は維持できるでしょう。
そしてそれが、奴らの生命の源でもあります。正確に言えば、大量のマナが集まることで魔結晶を生成し、それを核に肉体が形作られ、意思が宿って魔族として誕生する、という感じですね。
たしか、こちらに通常存在している魔族の上位レベルなら、ごくまれに有している事があったはずです。
こちらにいる種は、魔結晶が形成されてすぐに肉体が出来上がってしまい、高い知能を宿すことが出来なかった存在です。
厳密に言えば全ての魔族に魔結晶が存在するはずですが、おそらくこちらにいる大半の魔族は、小さすぎて発見することが困難なレベルなんでしょう。」
魔力結晶とは、人間の生存圏の維持に不可欠な、大規模な隔離結界の維持に欠かせない物質だ。魔力を貯めることが出来、またその貯めた魔力を任意に使用することが出来る極めて使い勝手の良い物質である。
だが、製造そのものが難しく、また一度使い切った魔力結晶に再度魔力を込めるのにもそれなりに技術と労力が要ること、再利用回数が決して多くは無いことがネックだ。
小さな魔力結晶であれば高価ながらも一般に流通しているが、その有している魔力量に応じて値段は跳ね上がる。
そして、一定以上の大きさ、魔力量ともなれば、そもそも流通自体が存在しない。最重要物資として厳重に取り扱われ、人類の安全を確保するため、具体的には各都市や町の隔離結界の維持にしか使われない。現状の人類の技術や製造能力では、それが精一杯なのだ。それゆえに、おいそれと値段がつけられるようなものではない。
そして今回の魔族討伐で得られた魔結晶は、ほぼ魔力結晶と同じような使い方ができる、というか魔力結晶よりも使い勝手も効率も良い。魔力結晶が魔結晶の劣化版と言い換えてもいい。持ち帰った魔決勝は、相対した存在の裏付けに十分だろう。
何しろこんな代物を、ウェインが通常の手段で手に入れるなど不可能、いやそもそも人類がその存在すら知らず、作り出すことも出来ないレベルの品なのだから。
また、こちらの世界にいる魔族から時折取れる魔結晶とこの魔結晶の比較をすれば、どれほど強大な存在かもある程度は裏付けになるはずだ。
信じられないような目で魔結晶を見つめたのち、大きなため息をつく。
「ふう、こんなものを見せられたとあっては、あなたの言葉を信じざるを得ませんね。しかしそうなると、確認したいことがいくつもあります。
まず、あなた達が相対した相手が魔族の中では上位ではないとのことでしたが、その更に上位に属する者がこちらに出現する可能性はありますか?」
「まず考えられません。奴らは殆どマナの生命体であるとすら言っていい。上位種になればなるほど、その生命を維持するのにも、力を振るうのにも、大量のマナが必要です。奈落はそういった生命が自然発生する事からわかるように、極めて濃密なマナに満たされた世界です。
その中で生きる奴らにとって、こちらの世界はマナ濃度が低過ぎます。人と同程度の知能を有するレベルになれば、高難易度のダンジョン等のある程度マナが濃い場所ならばともかく、ダンジョン外に出てこようなんて奴はまずいないでしょう。
A級やS級のようにマナ濃度が濃いダンジョンですら、今回相対したレベルか、そのやや上のレベルが来るのがせいぜいと予測しています。それも、非常にまれでしょうけどね。これについては、先ほど伝えた面識のある魔族から直接聞いているので、間違い無いと思います。」
因みにこの面識を得た魔族の名はデミスという、バイカウントの貴族位を持つ魔族である。
デミスに聞くところによると、確かに魔族は好戦的ではあるのだが、どんな相手に対しても見境なく力を振るう訳ではないし、狡猾さが無い訳でもない。特にこちらの世界については、マナ濃度の低さから存分に力を振るえない可能性が高く、慎重に調査を行ったらしい。
しかしこちらの世界にめぼしいものが何もなく、興味を失ったらしい。支配する気はないのか?と聞いても、「何でそんな面倒なことをしなけりゃならん。」と笑い飛ばされてしまった。
「それに、人類が気付いていないだけで、こちらの状況は奴らにもうかなりの部分奴らに調べ上げられています。こちらと行き来できるようになったのは割と最近らしいのですが、まあその能力の高さを考えれば不思議でもないでしょう。
結果として、戦っても歯応えがない、仮に勝ったところで価値がある物もない、第一非常に活動しにくいし住み難い、そういった理由により大部分は興味を無くしたようです。こちらに日常的に存在する魔族が低位のものばかりなのは、そいつらはマナ濃度が低くても問題が無いからです。」
「こちらに攻め入る意思が無いことに安心すれば良いのか、既にこちらに来ていて知らぬうちに調べ上げられていることに恐怖を覚えればいいのか、判断に迷いますね……まあ、当面は危険が無いことが確認できただけでも良しとしましょう。ですがそれでは、今回の魔族は何故こちらに?」
そのことを伝えると、何とも言えないような反応と、もっともな疑問が返ってくる。だが、流石に彼らの目的を逐一分かる訳ではない。もっとも、概ね想像はつくが。
「奴の目的が何だったかは推測でしかありませんが、まあその行動から考えると憂さ晴らしだったんじゃないですか?魔族の集団は、先にも言った通り力が支配する割合が極めて大きい世界です。そして、奴らの力の大小は、核となる魔結晶のキャパシティに大きく左右されます。これは肉体が完成した後はほぼ変わらないそうです。
そのため、後から努力してもどうにもならない力の差が発生しやすいんです。魔族の性質自体が好戦的ですから、理不尽に一方的に殺されたり、そうでなくとも痛めつけられたりといった事が日常茶飯事らしいですね。そういった鬱憤を晴らす為に、こちらの世界に暴れに来たんじゃないですか?
自分より上のレベルになれば好き好んでこちらに来ないと分かっていて、相対する相手は自分よりもはるかに格下であるとなれば、うってつけでしょう。あと、最下層に属する魔族がこちらに来ているのも、そういった暴力から逃げるのが理由の一つだと考えられます。」
「実に迷惑な話ですね。」
そう言い、嘆息する学園長。おそらく、今回の魔族の目的はせいぜいその程度だろう。
確かに今回のことはいい迷惑ではあったが、逆に言えば幸運なことでもある。
彼らがこちらを侵略する意思があれば、はっきり言って人間には打てる手がない。どれだけ策を練ろうと、その全てを笑って踏みつぶせる位に絶望的な力の差があるのだから。
下手をすると、デューク1体で1国を滅ぼしかねないほどである。それが軍団ともなれば、結果がどうなるかは最初から分かり切っている。
「それでは、最後にして最大の疑問について尋ねましょう。」
そういって、ウェインの目をひたと見つめ、最後の質問を投げかける。
「なぜあなたはそれだけの存在と相対して、それだけの経験と行動をして、いまだ生きていられるのですか?」
「俺はドレイン能力者です。それも極めて強力なね。」
まあそう来るよな、と諦めにも似た気持ちで用意した答えを告げる。
ウェインの話はどうやらいまだ人類がたどり着いていない知見であり、ともすれば作り話として笑い飛ばされても仕方のないようなものだ。
だが、魔結晶の存在が否応なしにその存在を裏付ける。
しかしウェインの話を信じならば、何故それだけの存在と相対して生存できるのか、もっと言えば討伐出来るのかという疑問が出てくるのは当然だ。
そして、何でそんな人間が学院に通っているか、という疑問もあるだろう。だが前者はともかく、後者については答えるつもりはない。また、必要もないだろう。
「それは……本当ですか……?」
学院長になるほどであれば、その能力については当然に把握しているだろう。
基本特殊な魔物が有しているくらいで存在自体が珍しく、人類に発現する可能性に限って言えば極めて稀と言ってよい能力。
一昔前には魔物への対抗手段の有力な一つとして、それなりの規模で研究が進められた能力でもある。だが、結局その所有者の少なさから研究自体が断念されたし、現状でも国が把握している能力者はいないはずである。
それを、いきなり言われても信じられないというのは仕方がない。
「信じるかどうかは、最初にも言った通り学院長に任せますよ。これ以上の説明は、出来ませんしね。」
「信じていないという訳ではないのですが……」
そういって思案する様子の学院長。そして、とある提案をウェインに対して行う。
「では、あなたが本当にドレイン能力者か、どの程度の能力なのかを確かめるために、この場で使用することは出来ますか?」
「可能ではありますが、あまりお勧めはしませんね。それ程の相手と渡り合うことを可能にするレベルの威力という時点で、察せませんか?」
「何、私とて元探索者です。ドレイン能力に対する防御は身に着けていますよ。A級の魔物の中で、最も強力なドレイン能力を持った相手でも、問題なく戦闘が可能なのですから。」
「そうですか。」
本音を言わせてもらえば、その程度の認識しか無いだろうと思ったから、やめておいた方がよいと警告したのだ。だが、この様子だと何を言っても納得すまい。
非常に弱いレベルで発動するのもありだが、それでは自分の説明を疑われる可能性がある。色々と思案した結果、妥協点を提案する。
「では、全力の3割程度でいいならやりましょう。それ以上は、ちょっと命の保証をしかねます。」
「……分かりました、それで構いません。」
やや心外そうではあったが、それでも肯定が返ってくる。
その言葉を聞いて、まずは周囲の気配を注意して感知し、ドレイン能力の影響力の範囲内に自分達以外は誰もいないことを確認する。
そして、言った通りの力加減で、ドレイン能力を開放する。
その瞬間学院長を襲ったのは、これまでに経験したことのないものだった。
まるで己の全てを奪いつくすかのような暴力。自分に出来る最大の備えをして、無駄だといわんばかりの圧倒的な力。悲鳴を上げるどころか、呼吸すらままならない。
そして、その力が唐突にやむ、おそらく時間にして10秒も無かっただろう。しかし、僅かなその時間で、まるで何時間も重労働をしたような疲労感だった。
額に玉のような汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返しながら、愕然としてウェインを見る。
「……だから言ったんです、お勧めしないと。」
そこにいるウェインは、別に先ほどまでと何かが変わったわけではない。
だが、学院長にはウェインが、もはや人には思えなかった。これは人の形をした、別の何かだと。震えそうになる声を何とか抑えながら、言葉を発する。
「分かり、ました。あなたの言葉を、全て信じます。今後のことについては、改めて、学院内や国とも協議したのちに通知される、でしょう。」
「承知しました。それでは最後になりますが。」
息も絶え絶えに終了を告げる学院長に対し了承を返すものの、言っておかなければならないことがあった。
「今回の件で、俺に対してどのような判断が下されるかは概ね分かっています。その事について、特に何も言うことはありませんし、受け入れるつもりです。それは、ドレイン能力を使うと決断した時点で覚悟していましたし、それ以外の道もなかったですからね。
けれど、フェリアたち5人は、何も知らずに単に巻き込まれただけだ。ある程度の守秘義務が課されるくらいは仕方のないことですが、それ以上の不利益を受ける謂れはない。
もしそれをやろうとするなら、俺も考えを改めざるを得ません。また、俺に対して出した処分を受け入れさせる為や、そうでなくともこの機に乗じて俺以外に手を出そうとしたら、同様に黙っていません。何を言いたいか、分かりますね?」
その言葉に、先ほどのドレイン能力で得た力を使い、威圧の魔法を使用する。彼ほどの実力者であっても、これだけ力を乗せれば抵抗することは叶うまい。
「……分かりました、最大限、配慮しましょう。」
自分の命運はほぼ決まっている、だからここで多少心証を悪くしようがどうと言うこともない。そして、自分の望む答えを聞け、学院長室を後にする。
これで、学院での後始末は概ね終了だろう。自分がやるべきこと、やれることは全てやった。今後も様々な手続きが待っているだろうが、当面は学院からの通知を待っていればいいだろう。
その間に、実家に戻り今回の件を報告しなければならない。ずっと自分を大切にしてきてくれた皆には、心苦しい報告になるだろう。
それでも自分の判断に、後悔はない。おそらく、皆も分かってくれるはずだ。




