21.聞き取り開始
「さて、ウェイン・ルートフォード君、まずは何よりも生還して本当に良かった。一時は、全滅すらも覚悟していましたからね。」
「ありがとうございます。また、こちらの要望を受け入れてくださって、感謝します。」
「まあ、要求自体は受け入れられないというほどのものでもありませんでしたからね。ですが、その意図については図りかねるところです。この場では、説明する気はあるのですよね?」
「はい、学院長が条件を満たしている方ならば。」
「条件?」
その言葉が意外だったのだろう、おうむ返しに問いかけを発した学院長に、条件について告げる。
「ええ、学院長は奈落という言葉を、その真の意味を知ることが許されていますか?」
その問いかけを発した瞬間、部屋がピンとした緊張感に包まれる。そう言えば、この人は探索者上がりだったなと思い出す。それも、結構上位だったはずだ。
「何故、あなたがそのことを知っているのです?」
「その反応ということは、学院長はそちら側の人間ですか。では、何が起こったかを説明しましょう。」
「質問に答えなさい!」
厳しい声が学院長から飛ぶ。まあ、それも無理からぬことだ。おそらくこの情報は、最高機密に属するはずだからだ。
もっとも、ウェイン自身がその情報に触れることが許されているわけではなく、奈落へ自力で至ったからこそ知っている訳だが。
その機密性がどの程度かまで探りはしなかったが、その情報の持つ意味を考えれば、知ることのできる人物は非常に厳しく制限されていると考えた方が妥当だろう。
現状の魔物ですら大きな脅威なのだ。それよりもはるかに強大な存在があり、またこちらに出現する可能性もあることは、一般には知られたくない情報だろう。
せっかく何とか自分たちの力で状況を打開できそうなムードが作られつつある中、そんな情報が広まれば下手をすればパニックになりかねない。
「俺が情報を盗み見たとか、誰かが漏らしたとか、そういう訳ではありませんよ。俺自身が奈落を自身で発見するに至った経験があるというだけです。まあ、その情報が機密情報かどうかまでを、調べてはいませんでしたけどね。
しかし、その情報が一般には全く出回っていないこと、奈落に至る経路のあるダンジョンが全てS級に指定され立ち入りが禁止されている事を考えれば、厳重に秘匿されていると考えるのが妥当でしょう。今回の件はその情報が絡むために、報告に条件をつけさせてもらいました。」
「何ですって?」
その言葉に、信じられないという顔をする学院長。
それもそのはず、奈落へ通じる経路は、現在極めて難易度の高いダンジョンでしか発見されていない。そしてレインが言った通り、そのいずれのダンジョンもS級認定されいる。何故そんなことを知っているかといえば、実際にウェインが行って確かめたからである。
S級のダンジョンは原則探索禁止となっているが、それは「探索者」に対してである。そもそも、その規定ですら全ての探索者に適用されるわけではない。
実質的には数々の優遇措置の見返りに、多くの義務を課せられるようになるB級以上の探索者が禁止されているというのが現状である。一応C級以下の探索者にも禁止はされているのだが、罰則規定などない。何かあっても自己責任というだけだ。
そして、実力が足りていない探索者で、S級のダンジョンに挑もうなどという者もまたいない。そのあたりの判断が出来ず無謀な挑戦をするような人間は、そもそも探索者になれないのである。
ウェインは現時点ですら、下級の探索者どころか仮登録の身分であるし、そもそも頻繁に出入りしていたころは、仮登録の身分ですらない一般人だった。
故に、たとえ探索に行った事が露見しても、良い顔はされないだろうが、かといって罰されることもないだろう。
そもそもそのこと自体、自分から申告しなければ確認しようがない。
ダンジョンの探索が禁止されているからと言って、それでは事前に防ぐ手段や確認する手段があるか、と言われればそれも無理だからである。
何しろS級ダンジョンは全て人類の生存圏外、それも魔物の分布から極めて危険とされる領域にばかり存在している。そんな場所に警備など常駐できないし、駐留するための施設を作るなど更に困難。
隔離結界により閉ざそうとしてもその維持が難しいし、仮にできたとしてもかかるコストに見返りが全く見合わない。
そもそも生存圏の維持にすら余裕があるわけではない中、そんな事に貴重なリソースを割くわけにはいかない。それらが実現できるようなら、その力は探索者や警備隊として活動してもらう、あるいは生存圏の維持や拡大に振り分ける方がはるかに有用なのだ。
そういった理由で、結局その方法は、探索者が持ち込む素材に制限をかけることで実行されている。
それぞれのS級ダンジョン特有のアイテムや素材の取り扱いは厳しく制限され、そのことを通じて探索が禁止されているというのが実態なのだ。
この禁を破ったB級以上の探索者はランクの降格を含む厳しい罰が下され、探索者としての評判や信頼も大いに落とすことになるため、破ろうという者はいない。
それに、現状最高級のA級の探索者ですら危険なレベルなのに、仮に潜ったとてさして旨味もないとなれば、それでも挑戦しようなんて物好きはまずいない。
それが、ウェインにとっては全てが都合良く作用した。
まず、ウェインは自身のドレイン能力について理解を深めるため、鍛えるため、コントロール力を磨くため、どうしても実際に使用する必要があった。
しかし、そのための場所の確保は非常に難しい。
迂闊に一般のダンジョンで自身の能力を全開にしてしまえば、下手をすれば同じタイミングで潜っている他の探索者の命を奪いかねない。基本ドレイン能力は対象が無差別であるため、その強度をある程度コントロールは出来ても、対象を選別して外すことは出来ないからだ。
これは相当に修練を積んでかなり細かいコントロール能力を得た今でも全く変わらないので、そもそもそういう能力なのだろうと判断している。
また、当時のドレイン能力は今よりもまだ弱かったが、それでも一般のダンジョンでは完全に難度が足りなかった。
能力を発動しただけで魔物が死んでしまう事も多いので、そのあたりの防御力が高い相手を探さざるを得ず、そうなると必然的に難易度が高いダンジョンでなければ無理だった。
これらの条件を考えれば、まだ未発見のダンジョンを探すか、誰も入ることのないあるいはその可能性が極めて低いダンジョン、それも高難易度のものに潜る必要があった。
そしてそれらに、全て当てはまったのがS級ダンジョンだったという訳だ。
ウェイン自身が特に金銭が必要だという状況でもなかったため、別に内部で得られた素材を換金する必要もない。
まさか探索者協会側も、S級ダンジョンに探索者ですら無い者が、己の鍛錬のためだけに繰り返し単身で潜っているなどとは考えもしない。
なお、奈落を発見したのはそのついでの、偶然の産物である。
だがしかしそれは、それまで殆ど実戦経験を積んでいなかったウェインにとって、あまりにハイリスクな選択でもあった。
確かにドレイン能力は極めて強力だったが、それを使いこなすのはあくまで自分の技量にかかっている。コントロール能力はある程度鍛えられていたが、その能力をどう運用するかなどは全て手探りで進むしかなかった。そしてそんな状態で、いきなりの実戦がS級のダンジョンなのである。
当然相対する魔物も強大な相手ばかりだし、厄介な特殊能力を持っている相手も多い。ある程度事前に情報を調べるにしても限界があり、殆どぶっつけ本番の状態で相対しなければならなかったことも少なくない。
常に死と隣り合わせの中で、何とか己の能力を理解することに取り組み続けた毎日であった。
幾度もの死線を潜り抜け、後遺症を残すような負傷もなく己の実力を高められたことは、はっきり言って僥倖以外の何物でもなかっただろう。
「何故俺がそれを実現できる能力があったのかは、最後に話します。その方が説明に無駄がない。それで探索についてですが、時間経過順にお話ししましょう。」
説明するにあたり、自分の能力の説明を後回しにしたのは、言ったことも嘘ではないが真の理由ではない。
ウェインの能力についての情報は、今回起きた事件よりも、考えようによっては遥かに重大な問題をはらんでいるからだ。そんなことを最初に説明したのでは、今回起こったことの説明をしっかりできるか、聞いてくれるかが怪しい。
「まず、最初の探索カリキュラムに相当する部分は省略します。特に問題なくボスまで討伐した、でいいと思いますし。」
「そうですね、私たちとしてもトラブルが発生した以降のことが重要です。カリキュラムについては、担当教官が後ほど改めて聞いて判断するとしましょう。」
なお、通常のダンジョンで起こったことは、殆ど省略する。そこを学院長に報告したところで意味が無いからだ。
そして、その後の転移の罠の発生、それが極めて高い難易度の階層へつながっていたことを説明する。
そもそもウェインたちが飛ばされた階層自体が知られていなかったようだが、おそらく侵入に関して非常に複雑な条件を持ったダンジョンなのであろう。
正規のルートで入った訳ではない事、これまで未発見であったことなどから、今後もしばらくは侵入の方法は不明のままだろう。
しかし、探索カリキュラムに使用されていた階層については最低難易度なのも事実だし、これまで事件等があったこともなく、ウェインたちが探索したときもその瞬間まで変わったことは無かった。
何故あんな難易度の低いダンジョンに、これまで一度も確認されたことのない転移の罠などという極悪な罠が発生したかは、恐らく……
「多分転移の罠が突如発生したのは、同時刻に強大な存在がダンジョン内に出現したからでしょう。何らかの要因で場違いな強さを持つ存在がダンジョンに発生すると、ダンジョンの構造自体に影響を及ぼすことがあります。そいつが最終的に俺たちが相対した相手でもあります。」
「確かに同じような報告は、非常にまれですが耳にしたことがあります。全く確認の取れていない、真偽不明の情報でしたが……
とりあえずそこまでの経緯は理解しました。まずはそこでの探索の内容の詳細について聞きましょう。聞くのが若干怖いところがありますが……」
ここまでの報告に、そう感想を漏らしながら先を促す学院長に、更に説明してゆく。
明らかに難易度の高いダンジョン、その中で遭遇した罠や魔物の種類。自分たちが討伐した相手などだ。
「その討伐したという魔物の、証拠はありますか?」
「その一部なら、素材を剝ぎ取ってきていますよ。また、俺が事前に持ち込んでいた訳では無いことを証明するために、時間経過がある程度判別できる素材を、他のメンバーにも分配しています。」
ここまで話してきたことは、やはり半信半疑だったのだろう。
まあ無理もない、学院の中東部の生徒がB級相当のダンジョンを探索し無事でいたなど、すぐに信じるようではむしろ学院長失格であろう。
だが、ウェインが見せた素材を見て、顔色を変える。それは紛れもなく高難易度帯の魔物の素材だったからだ。
中には、A級でなければ安定して狩るのが難しい難敵すら混じっているのだから、当然だろう。
「これらは、あなたが?」
「いえ、まあ近接職として戦闘を成立させていたことは事実ですが、ダメージを与えたのは他のメンバーです。れっきとした、チームとしての勝利ですよ。特に、フェリアが相当頑張っていましたね。」
「それは、将来有望ですね。」
そのことを聞いて、やや嬉しそうな顔をする学院長。この辺りは、やはり教育者なのだな、と思う。
確かにウェインがいなければそもそも戦闘が成立しなかったというきらいはあるが、それでもこのクラスの魔物に攻撃を命中させ、討伐までもっていくという事はやはり難度が高い。
それを、中東部卒業レベルで成し遂げて見せたのは、有望以外何物でもないだろう。




