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孤独の果て  作者: 伽藍堂
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1.ウェイン・ルートフォード

「ふんっ!」

「ギャッ!?」


 とびかかってきた猿型の魔物の攻撃を、ウェインは躱しながら蹴りを叩き込む。

 この魔物は、体躯はあまり大きくなく、人と比しても一回り小柄だ。特殊な攻撃手段もなく、単体であれば最下級レベルの魔物である。

 にも関わらずそれなりに高い脅威度の魔物として認定されているのは、魔物としては珍しく必ず集団で行動するが故だ。

 現在相対しているのは4匹の集団であり、ウェインは近接職として4体同時に相手にし、味方に攻撃が行かないように引き付けなければならない。

 だからこそ体勢を崩したからといって、追撃には移らず他の3匹に注意する。何より、ダメージを出す役割は自分ではない。


「ナイス!」


 そんな言葉とともに、仲間から3発の魔法が体勢を崩した1匹に叩き込まれ、そのまま絶命させる。

 これで残りは3匹。

 いくら単体の能力は最下級とはいえ、人間の膂力やスピードは軽く凌駕している相手である。それが複数で連携して襲ってくるとなれば、十分に高い脅威となる。

 だが、ウェインは慌てずに相手の攻撃を捌き、注意をひきつけ、攻撃機会を作り出す。そして仲間がしっかりとその隙を捉え、1体ずつ確実に仕留めてゆく。

 結局さして時間がかかることなく、危ない場面も特になく、最期の一匹を仕留め終える。


「お疲れー、これで戦闘は終了ね。こいつは大した素材もないから、死体は放置で。

 少し移動してから一旦休憩にしましょー。」


 リーダーの女性探索者の言葉に従い、皆で移動し休憩となる。

 そこまで消耗した訳ではないが、探索を続けるにはこのようにこまめに休憩を挟む方が、結局は効率が良くなることが多い。

 余裕があるからと連戦すると消耗が早まるし、何より次の戦闘が少ない消耗で済む保証もない。

 だからこそ探索を行う場合は、どうしようもない場合を除いて、1戦ごとに短めの休憩を挟むことが鉄則である。


「いやー、しかしウェインは相変わらず安定してるよなあ。腕のいい近接職って貴重だから、今すぐにでも探索者として欲しいんだがなあ。」

「ありがとうございます。現在の学院では飛び級は認められてませんし、探索者の資格を得るには最低でも中東部の卒業が条件ですからね。致し方ありませんよ。」


 今回パーティーを組んでいる男性探索者からそう話しかけられ、苦笑しながら返答する。

 ウェインはルートフォード家という侯爵家の長男であり、継承権において筆頭である。

 しかし、探索者として活動する際は、身分は関係なく実力のみが重視されるし、その考え方を徹底するよう指導されてもいる。

 だからこそ探索者として活動している間は敬称や敬語等を使われないし、認められているのも実力があればこそである。


 侯爵家は主に軍事を担う貴族家であり、ルートフォード家はその中でも魔法における名門であり、その分野で人類の先頭に立つ役割を担っている。

 ゆえにウェインも魔法に関しては最高峰の教育機関である王立魔法学院に通い、現在は探索者資格を得るための養成コースを選択している訳だ。

 このコースでは学院の中東部卒業で探索者資格を得るための試験の受験資格が得られ、高等部の専門コースを終了すれば自動的に探索者資格が得られる事になる。

 ウェインは現在中東部3年生であり、残っている必須のカリキュラムは1つのみ、それさえクリアできれば晴れて卒業だ。

 なお、ウェインは高等部に進学予定なので、更に後3年間は学院に通うことになるだろう。

 現在ウェインが探索者と一緒に活動しているのはあくまで仮登録の身分としてであり、言うなれば探索者となる前の実地研修に近い。

 本来であれば未熟な学生では探索者と大きな力の開きがあり、大抵の者は実際の探索になど赴けない。精々が生存圏外で、魔物との戦闘を探索者のサポートのもとで経験させてもらう、という所が関の山だ。

 だが、ウェインは少々特殊な事情があり、探索者と共に通常の探索に赴けるほどの実力を既に身に付けていた。


「それも変な決まりだよなあ。ぶっちゃけ今のウェインだったら、実力だけを見れば確実にB級の実力があるし。というか、そろそろA級に混ざってもいけるんじゃね?」

「まあ、育成する側は育成する側で考えがあるんでしょう。A級の魔物については、1戦だけか、短い探索の間ならば何とかなりそうですが……ただ、通常の探索で発生する戦闘数を考えれば、まだ厳しいでしょう。」

「それでもだいぶおかしいけどな。王立魔法学院の高等部ですら、探索者として見るならば大した奴はまずいないし。」


 別の男性探索者に応えながら、改めて苦笑する。

 いかに教育機関の最高峰の生徒と言えど、探索者から見れば物足りないようだが、それも無理からぬことだ。

 どれだけ高いレベルであろうと、学生として学ぶのと、自らの命と生活をかけて仕事をこなすのとでは経験の質の違いが大きすぎるし、量で見てもやはり探索者の方に軍配が上がる。

 つまり、相当な覚悟を持って取り組まない限り、探索者の経験の方が質も量も大幅に上回っているのだ。

 王立魔法学院だけでなくそのほかの教育機関でも決してぬるいカリキュラムにはなっていないが、それでもその差は歴然である。


 なお、猶探索者のランクは、最上位がA級、最下位がE級である。これについては基準や階級そのもが暫定的ものでしかなく、必要に応じて修正が行われることが明記されている。

 現状の探索者の実力の分布で一応の階級を作ってはいるが、A級ですら探索が困難な領域やダンジョンがあまりに多く存在している、というのがその理由だ。

 仮に周囲の環境の難易度を基準にランクを付けた場合、該当者がいないランクが多くなってしまうし、そもそも正確な難易度を測定するのすら困難な領域もまだまだ多い。

 誰も該当しないような、しかもそれが十分かどうかもわからないランクを予め作るのはあまりに筋が悪いので、適宜見直しを計るとなっているのだ。

 また、これには一度上位のランクに到達したらそれで終わりではないという、探索者の質の維持と向上の目的も兼ねている。


「そういやウェインはそろそろ中東部卒業だっけー?」

「ええ、後は探索カリキュラムさえ突破すれば、全て修了です。」

「あー、あれかー。」


 今度はリーダーに話しかけられ、現在の状況を話す。

 探索カリキュラムとは、王立魔法学院中等部の探索者養成部門において最後のカリキュラムであり、それまでの履修内容の集大成とも言うべき内容だ。

 学生のみでパーティーを編成し、最も低い難易度とはいえダンジョンに潜り、実際の探索を行う。そこで理論と実践の隔たりを突きつけられ、大きくつまずく者も少なくない。

 因みにこのリーダーも学院出身であり、だからこそカリキュラムについても詳しい。


「普通だったら苦戦するんだろうけど、ウェインにしたらお遊びレベルよねー。一緒になったメンバーはこの上なく幸運じゃないー?

 ただ、本来気付かなきゃいけないことに気付けないまま合格する可能性があることは、ある意味不幸かもしれないけどー。」

「近接職が自分だけで、後は皆総合職ですから、向こうはそうは思ってないでしょうけどね。」

「総合職特有の優越感か、あれ本当に何とかならんかな?最近、特にひどくなってる気がするんだが。

 現場の人間からすりゃ百害あって一利無しな上、そういった優越感を強く持っている奴ほど、大したことないんだよなあ。」


 リーダーとの会話に、別の男性探索者の嘆きが入る。

 総合職の優越感というものは、教育過程において発生するとある問題のことだ。

 現状各教育機関における探索者養成コースは、近接職、後衛職、総合職の3つとなっている。

 近接職は主に魔物を抑える役割を担う為、魔物のひきつけ方、相手の攻撃の捌き方、味方の攻撃機会の作り出し方等の技術および関連する魔法を学ぶ。

 後衛職は主に魔物にダメージを与えるアタッカーやパーティーのサポートを中心に担う為に、主に攻撃や補助の魔法を中心に学ぶ。

 そして総合職は、あらゆる状況・役割に対応できるよう、多種多様な魔法や技術を学ぶオールラウンダーであり、学ぶ魔法や技術の幅広さという面では最も広い。

 本来これらの役割に、優越は無い。どの職も重要な役割を持っているために、それぞれが特性を発揮し連携することが重要なのである。

 

 しかし、教育機関において、優秀な人間ほど総合職を選ぶ傾向が強い。

 魔法に関する成績が優秀であるということは、多種多様な魔法を扱えるということを意味する。評価の仕組みがそうなっており、特定の分野に特化して優秀であっても、総合的な評価が低くなるからだ。

 ゆえに、総合職になった者には、近接職や後衛職は総合職になることが出来なかった者たち、という意識が芽生えやすく、この優越感を持った者は、パーティーとしての役割分担や連携に齟齬を来すことが多い。

 まあ、総合職を選んだ者が優秀だという認識は必ずしも間違っているわけではなく、そういう一面もあることは確かだが、それがそのまま探索者としての実力に直結する訳ではない。

 学ぶ範囲を絞るということは、その分学びを深められるという事も意味する。

 そして、集団戦においては様々な役割を分担して担うために、オールラウンダーよりスペシャリストが輝く場面も少なくないのだ。

 だから、中等部はともかく高等部ではそのあたりを矯正するように教育が行われているが、最近では質が落ちて来ていると言われている。


 皆で会話をしながらも、なんとも言い難い方向に話題がいくので、あいまいな笑みを浮かべながら受け流すしかない。

 ウェイン自身の考えとしては彼らに共感する部分が多いが、総合的な成績で見れば中の上程度の成績しか残していない自分が言うのは憚られる。

 因みにウェインの成績が実力に比して振るわないのは、共通理論や近接職としての専門実技は断トツでトップなものの、魔法の共通実技の成績が良くないからだ。

 これはウェインの体質に根差すもので現状では如何ともしがたく、だからこそその体質でも問題なく活動出来る近接職を選んでいるのだが。


「まあ、私たちからしたら、優秀な人間はいつでも、いくらでもほしいんだけどねー。

 ウェインに関しては探索者になった瞬間に争奪戦でしょうけど、同期のみんなはどんな感じー?」

「総合職と後衛職については、あまり詳しく知らないので何とも。

 近接職については、真剣に実力を伸ばしたいと思ってる人間が多い印象ですね。そういう奴らには俺からも色々と教えてますし、自分たちでも工夫を考え、訓練しているようです。

 大体の奴らは高等部に進むと思いますけど、このまま行けば、卒業する頃には即戦力になってるんじゃないでしょうか。」

「おー、それはいいねー。特に近接職は本当に貴重だから、優秀な人間は大歓迎だよー。

3年後が楽しみだねー。」


 そのあたりで休憩が終了し、改めて探索に戻る。ウェインも自らの仕事を全うするために、気を引き締め直す。

 近接職は魔物の注意を引き、行動を抑えるという役割上、常に相手の攻撃にさらされる。だからこそ、3職の中でも最も危険度が高いと言われているし、実際に負傷や死亡が最も多いのも近接職である。

 しかし、優秀な近接職がいれば戦闘が非常に安定するので、特に危険度の高い場所に赴く高ランクの探索者にとっては、極めて重要な人材と捉えられている。

 それなのに教育機関がこのような状況なので、目指す者はどうしても少ない。総合職が代わりに担うことも出来なくはないが、やはり本職には敵わないことが多い。

 探索者そのものが常に人材不足であるが、その中でも近接職は際立って人数が足りていない。ウェインに高い期待がかけられているのもそれ故だ。

 自分としてはなりたくてというよりは、自らの特性により仕方なくという面が強いが、それでもそういう風に評価して貰えるのは悪い気はしない。

 今後についてはまだまだ時間が残っているが、おそらく今の状態から大きく状況が変わることはなさそうだ。順調にいけば、近接職の探索者になって活動していくことになるだろう。


 この時はまだ、そう考えていた。

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