10.急転直下
探索2日目は、1日目の探索ペースが順調だったので、午前中にはボスのフロアに十分たどり着ける見込みだったし、討伐まで含めても問題なくその日のうちに終えられる見込みだった。
実際にかなり速い段階でボスフロアに到達したし、ダンジョンボスの討伐も実にあっさりしたものだった。
そもそもが、きちんと連携さえ取れるチームならば、問題なく突破できる程度の難易度なのだ。
ダンジョン突入時の状態でもさして苦労することはなかっただろうし、ウェインの実力に加えフェリアの変化を考えれば猶更苦戦する要素がない。
因みにダンジョンボスとは、ダンジョンの最奥に存在することのある別格とも言える強さの魔物のことで、他にも守護者などと呼ばれていたりするが、その実態はあまり解明が進んでいない。
特に倒したから何があるというわけでもなく、その強さとダンジョン内に1体しかいないという特殊性を除けば、他に特別な何かがあるわけではない。
ダンジョンによってはそもそもこのダンジョンボスが存在しないケースもあり、またその存在の有無がダンジョンの難易度に相関しているとも言えない為に、未だ研究途上と言ったところだ。
このダンジョンにおいてはダンジョンボスが存在しているケースであり、その討伐証明部位を持ち帰れば探索カリキュラムは完遂である。
剥ぎ取りはフェリアとケネスの二人に任せ、一応の為に周囲を警戒していたが、これ以上何かが起こるとも思えず、ある程度緊張を解いていたのは確かだ。
だが、決して油断していた訳ではない。それでも、ウェインの感知力をもってしても、その瞬間にしか気付くことが出来なかった。
「だめだ、そこに行くな!!」
「そこを踏んじゃ駄目!!」
あまりに唐突に発生した危機に、ウェインとエッダの声が重なる。
だが、ウェインですらそこまで警戒していなかったのだ、他のメンバーはダンジョンボスを倒したことも相まって、完全に気を抜いてしまっていても仕方のないところだ。
それに、戦闘中に普通に皆が行き来していた場所に、実は罠が存在していたなどとはまず考えない。もっと言えば、警告を飛ばした対象であるニコが踏み出す足に合わせて、まるでその瞬間に罠が発生した様にすら感じた。
だから、警告もむなしく罠を発動させしまったことを責めるのは、あまりに酷だろう。
それでも、現実問題として罠にかかってしまったという事態は変わらない。その瞬間、強い魔力が立ち上りメンバー全員を包み込み、直後に全員の姿がかき消える。
後には、ダンジョンボスの死骸だけが残された。
ーーー
「くっ……!」
軽いめまいのような感覚を振り払うと、目の前にはさっきまでとはまったく違う光景が広がっていた。
周囲を見渡してみると、ひとまずパーティーの皆は欠けることなく近くにいるので、どうやら最悪の状況ではないようだ。
おそらく自分たちがかかった罠は転移系のもので、強制的にまったく違う場所に飛ばされるものだ。この罠は凶悪なものになると、かかった人間をまったくばらばらの場所に転移させるという物すらあるので、全員がほぼ同じ場所に飛ばされたのは不幸中の幸いである。
だが、それでも非常にまずい事態であることに変わりはない。自分の感知力を信じるならば、今いる場所は先ほどまでいた場所とは訳が違う。
悠長なことをしていれば、あっという間に終わりを招きかねない。
「リーダー?、おい、リーダー!……フェリア!!」
転移の罠は人によっては、正常の状態に戻るのに多少時間がかかることがある。特に、転移の感覚に慣れていなければ猶更だ。
だがそれでも、今は一刻を争うのだ。リーダーであるフェリアにしっかりしてもらわなければ、この状況を切り抜けるのは限りなく厳しくなる。
数度呼びかけ、それでもあまり反応がなかったため、肩をゆすり半ば怒鳴るようにして名前を呼ぶ。それでようやく反応を示し、ウェインの方に視線を向ける。どうやら意識がはっきりしたようだ。
「緊急事態だ、とにかく全員で状況の確認と、対応方針を決定したい。とりあえず、手分けして皆を落ち着かせて集合しよう。」
「わ、わかったわ」
恐らくまだ何が起こったか分かっていないだろうが、ウェインの様子からただ事ではない雰囲気は感じ取ったのだろう。
二人で手分けして全員に声を欠けて回り、集合する。幸いなことに、ひどく混乱していたり意識を失っている者はおらず、さほど時間はかからかなかった。
「さて、時間が惜しいから端的に言うぞ。先ほど俺たちがかかったのは転移の罠だ。
全員がバラバラな場所に飛ばされてないことは不幸中の幸いだが、状況がかなり厳しい。」
「ちょっと、その前に誰が罠を起動させたのよ?」
ウェインの言葉にそう問い返すハリエット。おそらく、転移直前のウェインとエッダの声を覚えていたのだろう。そしてその対象であるニコに視線が集まる。
ニコはかなりバツが悪そうな顔をしているが、そこにこだわっても仕方がないし、あれを避けろという方が難しい。
「今から責任を追及しても状況が変わるわけではないし、そもそもあれを避けろという方が酷だ。俺の感覚が確かなら、普通に歩いてて踏み出した足の先にいきなり罠が発生したように感じたからな。
そっちはどうだった?」
「私も同じ。いくら何でもそんな罠聞いたことないから、勘違いしたか見逃したかと思ってたんだけど……」
そう感知役のエッダに問いかけると、肯定が帰ってくる。
そもそもあのダンジョン自体が最低難易度で、だからこそ学生のカリキュラムに組み込まれるレベルなのだ。
そんな場所で強制転移のような、下手をすればそれだけでパーティーを壊滅に追い込みかねない罠があること自体がおかしい。
罠の発生の仕方からしても、相当にイレギュラーな事態があったと考えるべきだろう。
そして、自分達がいる場所と、現時点で感知している情報と合わせて考えると、この事態を引き起こすレベルの異変にいくつか心当たりがあった。
だが、さすがに今未確定の情報を話すわけにはいかないし、何よりこの情報を伝えればただでさえ動揺しているのだ、パニック間違いなしだろう。
「とにかく、あの罠は不可抗力だったし、何より今は現状に対応する事を優先しなければ危険だ。」
「そうは言っても転移系の罠って、飛ばされるとしても同じダンジョン内でしょ?改めて自分たちがいる位置を特定して、脱出すればいいだけじゃない。」
楽観的なハリエットの言葉に、首を振り否定する。
「そう願いたいのは山々だがな。おそらくここはあのダンジョン内ということは間違いないだろが、恐らくこれまで未発見の領域だ。しかも、難易度が桁違いのな。」
「な、何でそんなことが分かるんだよ?」
「ある程度ダンジョンに潜ってれば、感知が得意な人間ならおおよその難易度は感じ取れるようになる。
それを元にすれば、明らかに先ほどまでいたダンジョンとはレベルが違う。」
ウェインの言葉にやや怯んだ声で問うケネスに対して、そう答える。
実際ウェインの感知力であれば、基本的に凡そのダンジョンの難易度を間違うことは無い。少なくとも、ワンランクずれるということはまず無いと言っていい。
恐らくエッダの感知力でも判別は可能だろうが、そもそも難易度の高いダンジョンに潜っていなければ基準が出来ていないために、難易度を明確に判別するのは難しいだろう。
まあ、先ほどまでいたダンジョンとは桁違いに難易度が高い、ということ位は分かるだろうが。
「その難易度の推定は?そして、予想される危険は?私達に遠慮はいらないから、正確に教えて。」
そして、その中で真剣な表情でフェリアが問いかけてくる。
「少なく見積もってもB級相当、感覚的には限りなくA級に近いB級だな。」
その言葉に、ウェイン以外のメンバーの表情が凍り付く。
基本的にダンジョンのランクは、探索者のランクと結びついている。すなわち、難易度B級ということは、探索者としてのランクがB級以上のメンバーで構成されたパーティーでなければ、探索そのものが難しいレベルということだ。
因みに先ほどまでウェインたちが潜っていたダンジョンはランク外で、探索者であれば誰でも潜れるというレベルである。
探索者のランクはA級が最高であり、B級でも非常に高い実力を持った精鋭と呼ばれるレベルだ。それこそ、今のウェインたちとのレベル差で言えば、天と地の差である。
「……分かったわ。多分、今の状況に対応できる能力があるのは、ウェインだけだと思う。
あくまでリーダーは私として責任を負うけれど、主な対応方針の決定、判断はウェインに委ねるわ。」
「ちょっと、フェリア!?」
「どうせ皆も、すぐに痛感することになるわ。それで、今後私たちがやらなければならないことは?」
そう宣言し、反駁しかけたハリエットを制し聞いてくるフェリア。
僅かな時間で平静さを取り戻し、また自分の能力の限界を知りながらそれでも責任を放棄しない姿は、まさしくリーダーの鑑であろう。
「当面の危機の中で、大きなものは二つ。相対する魔物の強さと、罠の存在だな。
まず戦闘についてだが、なるべく避ける方針で行くが、それでも全てを回避するのは不可能だろう。それに、撃破した方が結果的に危険が最小に抑えられるケースもあるだろうしな。だが、先ほどのダンジョンとは比較にならないほどに、強力な魔物がうろついているはずだ。抑え込むことはできるだろうが、全ての攻撃を遮断することは無理だと思ってほしい。
それに、さっきまで潜っていたダンジョンの魔物とは違って、遠距離や広範囲への攻撃手段を持つ魔物もいる可能性が高いし、種類によっては魔法も使ってくる。俺がひきつけているからと言って、決して油断しないこと。
加えて言えば、感知力が高くないとそこまで感じないだろうが、魔法の行使も難易度がかなり増すはずだ。マナ濃度が高いということもあるが、それ以外にも外乱要素が多いからな。最初の戦闘で、相手がよほど手強くない限り、なるべく時間を取って慣熟訓練を兼ねるから、何とかその1戦で感覚を掴んでくれ。
あと、魔物のランクが上がる関係で、魔法に対する耐性も相当に上がるから、手持ちの中で通用する魔法を探すのも忘れずにな。」
フェリアとウェインのやり取りに、もはや他の皆は口を挿めずに聞いているだけだ。
また、その内容にようやく現実を実感し始めたのだろう。何度も唾を飲み込むしぐさをしている者も何人かいる。
「あとは罠についてなんだが……隠さずに言ってくれ、感知できそうか?」
そう問いかけたエッダに全員の視線が集まると、びくりと震え、やがて観念したように口を開く。
「ごめんなさい、全然自信無い。どんなに良くても、半分もわからないと思う。さっきまでと違って、何というか視界で言うなら霧がかかっていて、凄く見通しが悪い感じ。多分、3割か、下手したらもっと落ちるかも。」
「嘘……よね……?」
「いや、初めて潜ったこの難易度のダンジョンで、3割も分かるならむしろありがたい。経験上危険な罠が仕掛けられやすい場所、特に構造の変わり目で時間をとって念入りに感知しよう。
多分罠が発動したときの即応は俺以外は無理だと思うから、必然的に先頭は俺とエッダの二人だな。俺もそれなりに感知力は高いから、二人で当たればある程度は何とかなるだろう。ただし、精神的な負担はかなり大きくなるだろうから、休憩をこまめに取りながら進もう。
しんがりはフェリア頼む。このクラスの難易度になってくると、後方からの奇襲を狙う魔物もいたりするから、気をつけてくれ。大抵のケースでは見逃すことはないと思うが、罠に対応している時なんかに奇襲されると、即応できない可能性がある。」
「分かったわ、気を付ける。」
フェリアの表情に揺るぎは無い。
その姿に励まされたのだろう、残りのメンバーもやらなければ、という姿勢に変わってきたようだ。
「よし、それじゃあ5分後に出発だな。念のため、武器をはじめ各自自分の状態を含め確認してくれ。」
その言葉に、それぞれが思い思いにチェックを始める。
こうして、唐突なイレギュラーにより、最悪の探索が開始された。




