第71話 何か役に立つかもしれません
英雄祭。黒葬の魔獣、モザ=ドゥーグを討伐した英雄を称えるため、王都セントレア各地の商工会が団結し、開催されることとなった異例の祭典。
開催が迫った王都では、朝早くから祭典を盛り上げようという人々の活気な声が聞こえてくる。
そんな声とは対極に、有無を言わせぬ顔で通りを駆ける二人、いや一人の少年と少年に抱き抱えられた少女。レイズとエーリカだ。
「ふっ、ふっ、ふっ」
二人が向かったのは、王都某所にある豪邸。
そこから今まさに屋敷の城門を去ろうとする白髪の少女を、エーリカは大きな声で呼び止めた。
「ミルザさん!」
「……!」
当の少女、ミルザは名を呼ばれるなりビクッと振り返るが、深刻な表情をした見知った二人と、何故かレイズに抱かれたエーリカを見て思わず声を漏らす。
「えっ、お姫様抱っこ……!?」
「私足遅いので、急ぐのだったらこれの方がいいかなと思いまして」
「そ、そうなの……それより急ぐって私に急用でも?」
「ミルザさん!!!」
エーリカは迫真の顔で、ミルザの肩にドサッと手を乗せる。その気迫に肩を竦めるミルザだが、血相を変えたエーリカから出る言葉は、ミルザにも予見できた。
「ぃひッ!?」
「今すぐ祭典を中止してください!!」
「分かってるわよ!でも……新興貴族でしかない私に止められるわけがない!」
「どういうことだよ!?」
即座に否定されたことでレイズも思わず呼応する。
ミルザは力なき自分に俯きながら、やるせなさに言葉を綴った。。
「私も、さんざんお父様に問い詰めたわ。でも、今回の“英雄祭”の主催者はシルヴァルード家っていう王国でも有名な貴族。その権力に苦言一つ挟めさえすれば、私たちもこんな王都でも辺境な場所に家を置いてない」
「……っ!?」
「あの野郎かよ!!」
シルヴァルード家。すなわち、ネザ・シルヴァルード率いる一門。
「二人にも理由は分かるはずでしょ」
「で、でも……ミルザさんはシルヴァルード家と同じ中流階級では?でしたら同等の発言力だって」
「言ったでしょ。ネザ様の権力は王国のお墨付き。ネザ様は王国の復興を先導した名誉ある貴族で、その権力はローゼン家とは比べものにならない」
「そう、ですけど……」
昨夜の報告会にて、オルナーはエーリカたちにこう言った。
『シルヴァルード家は王国とのつながりが強く、国王とも良好な関係なことも有名だ。確か“裁きの刻”以降、王国復興の先導に立ったのもシルヴァルードの前当主だった』
「シルヴァルード家は自分たちが王国に祝辞を受けた事実を取り上げて、名誉ある所業は一早く祝福すべきと祭りを強行したの。それに反対する貴族は誰一人いなかった。同調圧力っていうか、権力に屈してお父様も発言すらできなくて……」
ネザらアヴァロニカ従属軍はもちろん、王国に危機が迫っているという情報はランバーズら一部の人間でしか知り得ない。
昨日の一件で王国民も祭り事には慎重になるかと思ったが、それは杞憂だったようだ。それが、長年永久中立を維持してきたハインゲアという国のお国柄でもある。
「アヴァロニカ派もだんだんと表舞台に出てきたとはいえ、みんな平和ボケしてるのよ。アヴァロニカという脅威が間近に迫っているのに、永久中立国という今にも剥がれ落ちそうな看板に陶酔しているせいで」
「お前、そいつらの会議に参加したのか!?」
「え、えぇ……ていっても、お父様に伝言しにちょっと顔を出したくらいだけど」
「その会議の席にネザの野郎はいたのか!?」
切羽詰まったようなレイズの詰問にミルザは顔をしかめるも、渋々と応える。
「いた?……確かに、ここ最近ネザ様は行方が分からなくなっていたって聞いてちょっとは心配したけど、何事もなくご出席なされて様子もいつも通りだったよ……ていうかあんたたち、さっきからなんでそんなにネザ様のことを」
「今回の黒幕はアイツなんだよ!!!」
「はぁ!?」
レイズからでた衝撃的な発言に、ミルザは素っ頓狂な声を上げる。
エーリカは周りの人の群れを案じ、レイズの口を急いで塞いだ。
「しーっ、レイズさん声大きいです!」
「わりぃ」
「黒幕ってどういうこと!?」
ミルザは目を白黒させながらも尋ねる。
だが二人は周りの目を気にしてか、口を閉ざしてしまった。
するとミルザは、二人の姿を交互に行き交いさせ、
「ねぇ、そういえば……リリアは?」
唐突に、そう口にした。
レイズとエーリカに生じた違和感。すなわち、二人の仲間、リリアがこの場にいない。
今回の事態の調査に別行動を取っているのなら納得できる。けれどミルザは、そうれはない別の何かを、二人から感じ取った。
ミルザの抱いた危機感は、目を泳がせたエーリカの沈黙で最悪の事態と確信する。
「ねぇ、リリアは……どこ……?」
放心状態のまま、ミルザはエーリカに擦り寄る。
「リリアは……」
「どこか、人のいない場所で話しましょう」
エーリカの一言にミルザは目を覚まし、二人を邸宅に招き入れた。
*
「そんな……リリアが……」
ローゼン邸の屋敷の応接間。ミルザが使用人たちを掃けさせると、三人だけの広々とした部屋で、エーリカは今回の一件、そして昨日起こった事態を淡々と話始めた。
話の後半、リリアの失踪を語り出すなり、エーリカは自責で涙を流してしまう。
それでも掠れ掠れで真実を伝えんとするエーリカにレイズは沈黙し、ミルザに至っては大粒の涙を零し、両手で顔を覆い隠した。
「……以上です」
「嘘よ……そんな……」
「……私のせいです。私がもっとリリアさんの童心を見抜いていたら」
「違うわ。あなたは仲間としてリリアを信頼していただけ。貴方に非はないわ」
「それでも私は……」
仲間として、友人として──エーリカは王都へ来た最初の日、感情の全てをぶちまけ、リリアから本心を聞き出した。
そのせいで、エーリカはリリアという少女の全容を理解したつもりになっていたのだ。
そんな気になっていた自分が心底許せない。
ミルザも何か事情があるのだと感じ取ったのか。目を潤ませるエーリカに、なかなか言葉をかけられずにいた。
「後悔するのはリリアを見つけた後だろ。まずは目の前の厄介事を片付けるんだ」
エーリカを気遣うように、レイズは背後から声をかける。
「そ、そうですね!」
先程までの自責の念を心を奥底に仕舞いこみ、はきはきと応えた。
「せめて、彼が帰ってくれば……」
エーリカの数歩後方で、ミルザが考え込みながら呟く。
「彼って……?」
「ううん。なんでもない!私、もうちょっとなんとかできないかお父様に掛け合ってみるわ!」
エーリカと同様に決意したのか、ミルザが両手を掲げてにこりと言う。
「それより、エーリカたちはリリアを探すんでしょ?」
「はい。もちろん」
「私も一緒に行きたいところなんだけど……本当にごめんなさい」
「いえ、いいんです。リリアさんは私たちが必ず見つけますから。待っていてください!」
「応!」
希望に満ち溢れた二人の返事に、ミルザは不安など忘れて、
「二人とも……頑張って」
*
ミルザの屋敷を去った二人は、リリアの捜索──をしようとしたが道に迷ってしまい、賑わいに溢れる王都を徘徊していた。
「にしても、どうやって捜索しましょう」
「このまま王都を歩き回ればいいだろ」
「エグイ程力業ですね。脳筋らしい発想です」
「あ?」
さりげなく暴言を吐いたエーリカをレイズは一瞥するが、ふざけている場合じゃないですよと一蹴される。
レイズにしてみれば、ふざけている気は全くないのだ。
「魔力探知ができれば一番効率が早いのですが、私にそんな力は……」
「なあ、あれミレーユじゃねぇか?」
軒を連ねる露店の一角。色鮮やかな野菜がずらりと軒先に並んだ店で、店主と陽気に会話を交わしている修道服を着たピンク髪の少女。
「本当ですね」
「話しかけてみようぜ!」
「えっ、ちょ!!」
弾丸列車のようにミレーユに突っ込むレイズに悩まされるも、エーリカも渋々と後を追う。
「おーい!」
レイズが声をかけると、ミレーユはすっとこちらを振り向いた。
「なんやがいな坊ちゃんかいな」
「なんだよがいな坊ちゃんって」
「荒くれ坊ちゃんや」
「んだとコラ!?」
遅れてエーリカがすみません突然と頭を下げながらやってくると、ミレーユはええんやと手を振り、店主に別れを告げ露店を離れる。
歩きながらでええか?と一声かけると、大通りを横並びで歩きながら、ミレーユは神妙な面持ちで二人に投げかけた。
「団長から聞いたで。獣人嬢ちゃんが消息不明になったんやって?」
「はい。今、レイズさんと行方を捜している最中なんです」
「気の毒に。早う見つかったらえぇんやけどなぁ」
そう言いながらも、ミレーユはこの王都で迷い人を探すという困難さが身に染みていた。
「何か手伝えることがあったらゆうてね。ウチも全力で力を貸すさかい」
「あっ、はい。あの……」
「なんや」
「ここでは言っていいのか分からないですけど……」
エーリカが口を濁しながらそう言うと、ミレーユの顔色が変わる。
エーリカとミレーユの間に不穏な空気が流れたことを察してか、レイズが顔を両脇にいる二人にブンブン移しながら尋ねる。
「なんだ?どうしたんだ?」
「ちっくとここじゃぁ人の目が多すぎる内容|やきな、場所変えよか」
「構いません。行きましょうか」
「ほな、ウチに付いてきてや」
そう言ってずんずんと歩き始めるミレーユに、無言でその後をついていくエーリカ。
一人話に取り残されてしまったレイズは立ち尽くしながらも、咄嗟にエーリカに追いつく。
「いいのか!?リリアの捜索は!」
「もし本物なら、何か役に立つかもしれません」
エーリカは見たこともない程鋭い眼光を、ミレーユの背中を見つめていた。
あけましておめでとうございます。そして大変お久しぶりです!前回の更新からかなり期間が空いてしまい、楽しみにされていた読者様には大変申し訳ございませんでした。
理由につきましては、あらすじでもお伝えした通り、なろうでも連載している私の別小説を重点的に執筆していたため、こちらの執筆がままなりませんでした。
これからの更新につきましては、別小説の一章を終えるまで優先して執筆しようと思っているため、暫くは此方の更新が滞ってしまう可能性がございます。ですが、一か月に1,2回のペースでこちらも更新できるよう目指していきたいと思います。
なお、別小説は一生を終えるまで残り3,4割程となっております。読者様の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご了承いただければ幸いです。




