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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第69話 わざとやりましたよねあなた?

大変お待たせしました!!

 ハインゲア王国騎士たちの宿舎、紫苑の間。

 王城セントレア北西の街道を進んだ一角に位置し、王城在勤中の騎士の多くがこの屋敷を寝食の場として利用している。

 夕刻。勤務を終えた騎士達が宿舎へと帰宅する中、疲労を抱えた騎士たちの雑踏の中で一際異彩を放っている灰色の髪の痩躯な男。

 宮廷魔術師、クルーガー・ホルスマンだ。

 

 クルーガーは堂々とした足取りで花柄のタイルが所狭しに敷かれたエントランスで談笑する騎士達の群れを掻き分け、正面の大階段から二階の宿舎へと上った。しかしながら、クルーガーはこの場所を寝泊りの場として使用しているわけではない。

 普段は王城の彼の研究室を寝処兼生活の拠点としており、このように外出するのは極めて稀である。とは言っても、最近は有らぬ事の連続によりダリア・フォール等々に遠出する機会が増しているが。

 この事態はクルーガーにとって一大事(クライシス)である。なので早々に事態を解決させ、元の引きこもり生活に戻りたいと半ばムキになっているようだ。


 話を戻すと、クルーガーは今日、別の野暮用のためにこの紫苑の間を訪れた。


 エントランスと同様に、所々に花の模様があしらわれた二階の廊下を突き進む。その両脇には、各々の騎士の部屋へ続く扉が列を成している。 

 その一つ。廊下の最奥にある扉の前で、クルーガーはふと立ち止まる。そして、一切の迷いなくコンコンと扉を叩く。

 数分の間の後、中からガサリと音がして、一人の騎士が気だるげに姿を現した。


「やぁ、こんにちは」

「あなたは……」


 ハインゲア王国における騎士団位、第四叙勲カリザ騎士団の副団長を務める細身の男。ミターネ・スワン。

 以前、モザ=ドゥークの現場検証にて、クルーガーの案内をした男だ。仮眠中だったのか、ボサボサした赤髪と目の下の泣きほくろが特徴の男は、突然来訪したクルーガーにゲッと顔をしかめる。

 しかし、彼も一端の騎士。嫌そうな表情はスッと抜け、淡々と尋ねた。


「先日は夜分の呼び出し失礼いたしました。何か、モザ=ドゥーグの一件で進展でも?」

「いえ、特には。これと言った報告はございません」


 返答の合間にもにんまりとした笑みを顔に張るクルーガーに、ミターネは微かに眉を寄せる。


「では何用で」

「少々お聞きしたいことがありまして、本日は伺った次第です」

「はぁ……」


 眠りを妨げたからだろうか、だんだんといきりたった表情に変わるミターネに、クルーガーは着ている外套の中をゴソゴソとまさぐる。取り出したのは、一冊の色褪せた本。


「単刀直入にお伺いしますが、これをご存じでない?」

「い、いえ。どなたかの日記帳でしょうか」

「中流階級の貴族、ネザ・シルヴァルード殿の書斎から発見したものです」


 ネザ・シルヴァルード。その名を述べた途端、ミターネの顔が僅かに引き攣る。

 ネザの名はミターネも知らないはずはない。ハインゲア王国の復興を導いた

貴族──シルヴァルード家。その当主である者の日記帳を何故か突然クルーガーが差し出したのだから、戸惑うのも当然だろう。


「何故、そんなものを私に」

「実は、三日前からこの日記の主が行方不明なんですよ」

「行方不明……ネザ殿がですか?」

「えぇ。その通り」


 王国に従える騎士ならば、ネザの存在を知らない者はまずいない。それほどまでに、ネザと言う男は王国において影響力のある男なのだ。しかし、


「何故、ネザ殿の失踪が我ら王国騎士に伝わっていないのですか?」

「えぇそれが不思議なんですよ。ちなみに現時点でその情報を知っているのは、ヴィカトリアさんと僕、貴方くらいになりますね」


 貧相な顎に手を当てて考え込むクルーガーに、ミターネの目が細まる。


「何か僕を疑っているようですね」

「いえ、そういうわけでは……ていうか、それは此方の台詞ですね」

「はて?」

「カルテット商会長と宮廷魔術師様のみがお知りになる情報を、なぜ一騎士団の副団長でしかない私に教えるのでしょう?」

「ふむ……真っ当な疑問です」

「大体、私と宮廷魔術師様は忍び事を共有し合う程の仲ではありません。であれば、ネザ殿の失踪に私の関与を疑っていると考えるのが妥当ではないですか?」

中央神殿(セントラル・ドグマ)で僕を案内してくれたではないですか。その恩も兼ねて……と言ったら?」

「それでは納得できません」

「そうですか。それは残念」


 終止ニコニコとした顔を崩すことないクルーガーに、ミターネは嘆息を吐く。


「取りあえず何故私に嫌疑がかかっているのか、ご説明を……」

「ご安心を。僕は別にネザ殿の行方、そして犯人捜しをしているわけではございません」

「はぁ?」

「それよか、あなたにはネザ殿の犯した罪に関してお聞きしたいのです」

「罪?」


 クルーガーの思わぬ発言に、ミターネの眼が点になる。


「中に入れてもらえますか?此処で話すと、色々と不味いので」

「生憎この後用事があるので、またの機会を……」


 そう言って扉をバタンと閉めようとするミターネ。その寸前、クルーガーのか細い腕が扉の隙間に入り込む。


「痛った!!!」

「何をしていらっしゃるのですか!!」


 再び扉を開け、ふうふうと赤くなった上腕に息を吹きかけるクルーガーに語気を強めるミターネ。


「一分で構いません。どうかお願いできませんか?」

「はぁ……この様子だと、どうせ扉を閉めたところで転移魔法なりを使って無理矢理入ってくるでしょうね」

「残念ながら、この手の屋敷は転移魔法防止用の術式が掛けられているので、それは無理な話ですね。まあその術式を構築したのは僕ですが」

「早くお入りください」


 ミターネは、強引にクルーガーの手を引っ張って中へと入れる。その時に障った部位がちょうど痛めた上腕部だったために、クルーガーは思わず奇声をあげる。


「ぐふっ」

「申し訳ございません」

「わざとやりましたよねあなた?」


 刹那──


「──っ!」


 脳内に、使い魔を介して視界を共有する一人の人物の情報が()()()()()消失した。使い魔との接続を第三者によって強制的に切断されると、その反動が脳内に降りかかる。

 クルーガーは突発的に発生した頭痛により、腰を下ろし額を押さえた。


「ほう、よもやあの方が……」


 クルーガーの脳内に流れ込む情報など知る由もないミターネは、クルーガーの挙動に不審がりながら尋ねる。


「何か?」

「いえこちらのことです。お気になさらず」


 ミターネの部屋は、ベットや日用品、机や椅子のような基本的な家具等、生活に必要最低限の物のみが几帳面に置かれている質素な内装だ。所謂ミニマリストである。

 ミターネは手を組みながら渋々とベットに座り、


「で、その罪と言うのは……」

「簡潔に申し上げますと、ネザ殿は亜人を秘密裏に誘拐し、奴隷としてアヴァロニカ帝国等他国に身売りしていたという疑惑です」

「はぁ!?」


 やはり当然の反応である。クルーガーの言葉を流すように聞いていたミターネは、素っ頓狂な声を上げる。 


「あまり大声を出さないでもらえますか?」

「そんな事実が、どこに……」

「この日記帳です」


 クルーガーはミターネに手記を見せつけ、そのまま中を開こうとする。が、クルーガーがいくら力を入れようと日記帳は一つの石を引き裂いているかのように開かず。


「この通り、中は拘束術式をかけられており、不用意に開封されないようになっています」

「では、どのようにして中身を……」

「ヴィカトリアさんが開いたと申した方が早いでしょうか」

「あ、あの方がですか」

「これには、亜人を奴隷として身売りするためのプロセス、裏の住人(アンダーヒューマン)との関与等々が鮮明に記されていました。そして……」

「そして……?」

「本日夕刻の乱闘騒ぎに、ネザ殿が関わっていたとも」


 その言葉に、ミターネの目が丸くなる。

 

「ミターネ殿もご存じですよね?」

「もちろん!先程伝令がありました。我らカリザ騎士団もこの後、現場検証に向かう予定で……」

「どうやらネザ殿は誘拐した亜人を洗脳したうえ、彼らをアヴァロニカ従属軍と名乗らせて王都各所を襲撃していたようですよ」

「なっ!?」

「それも来る“裁きの刻”での、演者候補を選別するために、と」

「裁きの刻!?」


 明かされる数々の真実に、ミターネの頭からじわじわと湯気が湧いてきた。


「どうやらネザ殿は三十年前の悲劇を再演し、ハインゲアをアヴァロニカ帝国に下そうと企んでいるようなのです」

「なぜ、あのネザ殿が……」

「それは僕にも分かりません。ですが、この日記帳に記されていることが事実ならば、近いうちに王都セントレアで“裁きの刻”を彷彿とさせる何かが起きるという事です」

「早く、騎士団長閣下に知らせねば!!」


 血相を変えて部屋を飛び出そうとするミターネの肩を、クルーガーは掴む。


「な、何を……!!」

「問題はここからです」


 クルーガーは浮かべていた笑みを消失させ、冷然と言葉を綴る。


「乱闘騒ぎの最中、王都某所でいくつもの身体をツギハギに張り合わせたような男が目撃されたとの証言があります」

「は、はぁ」

「その男は、ある者と会敵した際、自らをこう名乗っていたのです。ネザ・シルヴァルードと」

「なっ!?」

「そこで、この本を再度確認してみました。そこで行き着いたページに、こんなことが記されていましてね」


 クルーガーは本をいとも簡単に開き、ぱらりとめくったページをミターネに見せつけた。


「──っ!!」

「肉体改造の()()()の構築法」


 その瞬間、ミターネの顔が顔面蒼白になった。


「僕、実は貴方を疑っている理由は、これにあるんですよ」

「疑う……?私を……?」

「あなた以前、モザ=ドゥークの一件で、弱体化の原因をいくつか提示された際、このようなことを仰られていましたよね?」

「──っ」


『付与魔法以外では拘束魔法や、心操魔法のような《黒魔術》』


 それは、モザ=ドゥークにかけられた術式が現代の付与魔法では生物の心理を操るまでは不可能という結論に行き着いた際、ミターネが補足とばかりに吐いた何気ない一言。


「し、心外ですね。なぜたまたま発した言葉一つで疑われねばならないのですか」

「実はですね、心操魔法にも色々種類があって、中には黒魔術に該当しないものも沢山あるんですよ。いや、むしろそちらの方が数数多ですね」

「世間一般で知られている心操魔法も、そのほとんどは黒魔術に該当しないものです。いいや、()()()()()()()()()()()を知っている人の方が少ないのではないでしょうか。例え騎士の中でも、それこそ、キュオレ騎士団に所属する黒魔術師くらいですかね」

「ぐ、偶然ですよ。その手の知識は幾らか興味があるのです。もちろん、騎士として」

「本当ですかねー?例えあなただけが関わってはいなくともカリザ騎士団(あなた方)全体が、という可能性もございますよ」


 アヴァロニカ帝国の内通者。


『ハインゲア王国は……アヴァロニカ帝国に与する内通者によって終焉を迎える』


 この言葉をクルーガーの脳内に語りかけた人物は、クルーガーには見当もついていない。しかしこの時、クルーガーの傍にはミターネがいた。

 これは、ミターネあるいはカリザ騎士団がアヴァロニカ帝国の手先だと暗示していた、一種の危険信号だったのではないかとクルーガーは推測したのだ。

 

 クルーガーは追い打ちをかけるように、目を泳がせるミターネの肩に手をかける。どれだけ虚言を吐こうとも、逃さないというクルーガーのサインだ。


「……っ」

「何か知っていることがあれば、僕に話していただけますか?」

「……」


 何かを呟こうとしたミターネ。


「どうしました?ミターネ殿」


 次の瞬間──


「っ!?」


 クルーガーに身体ごと襲いかかった。ミターネに身体を被され。クルーガーは床に倒れる。


「ミターネ殿!?」


 その顔は、憤怒か否か、人間とは思えない形相に歪んでいた。


「アヴァ……ロニカ……亜人を……殺……」


 

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