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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第68話 選択を教えて

 騎士駐屯地の応接間。白色の壁に囲まれ、長方形の大テーブルとチェアだけの簡素な部屋の隅で、大柄な偉丈夫とその側近である鎧姿の騎士が怪訝な面持ちで鎮座していた。そこへ現れたのは。


「団長、お連れしました」

「おう、ご苦労さん」

「ハイっす」


 溌剌とした敬礼と共に、アリッサが部屋に踏み入る。その後ろにはレイズが。


「む?お前さん一人か?嬢ちゃん二人は」

「実は……」


 レイズの代わりに、スタスタと近寄ってきたアリッサが、ランバーズとオルナーに事情を説明する。


「そうか、あのリリアちゃんがな」

「敵の術に嵌ってしまったのか」


「嵌ったわけではないっす。悩んでるだけっすよ」

「だが、リリア殿には確固たる亜人救済の意志があったはずだ。それをたかだか敵の術によって一時的に組み込まれただけの亜人排斥思想に心を揺さぶられるなどあるものか?」

「事情があるんです。分かってあげてくださいっす」


 アリッサの言葉に、オルナーはこれ以上詮索するのもやぶさかだと口を噤んだ。

 

「そんなわけで、エーリカが付きっきりでリリアの面倒を見てる。だからここに来るのは俺だけで我慢してくれ」

「いや、此方こそ謝罪せねばな。仲間が窮地の危機に陥っているにも関わらず、呼び出してしまって」

「俺はいいんだ。エーリカが何とかしてくれるって信じてるからな」


 そう言ってレイズは微笑む。


「レイズ君はどんな時も前向きっすね」

「そんなことはねぇだろ」

「エーリカさんは大丈夫なんすか?」

「此処からならエーリカの姿をいつでも見てられるだろ。何かありゃこの窓ぶち破ってでもエーリカを助けに行くぜ」

「それはだめっすよ」


 レイズ達がいる会議室はエーリカとリリアのいる大広間に隣接しており、その間には窓ガラス一枚で仕切られている。ベットの死角でリリアを見ることはできないが、ギリギリの範囲でエーリカの様子は見渡せるのだ。


「よし。とりあえず、報告会だ」


 ランバーズの一声でアリッサは着席し、レイズは窓枠の手前で腕を組みながら耳をそば立てた。


「今回、我らは“アヴァロニカ”従属軍と名乗るアヴァロニカ派集団と交戦しただろう。それについて何か情報を……」


「どうかんがえてもアイツらは獣人の捕虜だろ」

「そうっすね。アタシも同意見っす」


 オルナーの言葉を最後まで聞くことなくレイズが即答し、アリッサもその言葉に同意する。話が遮られてしまったことにオルナーは顔をしかめるも、隣のランバーズは腕を組みながら頷いた。


「やはりそうか」


 レイズ、アリッサ、オルナーたちが相対したアヴァロニカ従属軍と名乗る者たちは皆、エルフや獣人の特徴を持つ者ばかりだった。そして大柄な体躯に幼稚な言葉使いをする大男、自らを“男”と名乗る少女。アリッサが倒した戦闘力の乏しいエルフの男。自我を失くし、ただ行く手を阻むために現れたような獣人達。

 彼らの仲間に洗脳を類とする魔法が使える異形がいるとなると、皆が自らの意志で行動しているとはとてもじゃないが言い難い。


「一応、拘束した構成員に事情聴取を行っている最中だ。確信を得るにはミレーユの報告を待つしかねぇが、俺もその意見で不足ないと思っている」

「一応、その理由は?」

「俺が交戦した相手の中に、小さな獣人の少女がいた」


「何!?」


 その言葉で、場にいるすべての者が凍りついた。


「少女は何か虚ろな目をしていてな、そして奇怪な術を使ってきた。だが、戦闘に関しては“子供”の範疇を超えん。つまるところ、“敵を倒せる”力を与えられただけの幼子だ。俺は隙を突いて手刀で黙らせたのだが、少女の正体はミレーユの報告待ちだな」

「あの野郎……獣人を弄びやがって……」

()()()()とは?」


 レイズが口に出した言葉の意味を、オルナーは尋ねる。


「ネザ・シルヴァルード。俺たちを襲った奴だ。そいつがリリアの心を壊した……!!」

「ネザ……彼奴は漆黒の肉体にツギハギの言語を話す異形か?」

「お、おう。そうだ」

「そうか。あくまで俺の推察だが、そのネザと名乗る者が、アヴァロニカ従属軍の親玉。ひいては今回の事件の首謀者だと考えている」


「ネザ・シルヴァルード」


 オルナーは、考え込むように静かに言葉を返した。


「そいつは俺たちのことを演者候補と言っていた。配下は俺たちを見つけるためのスカウトマンだとも」

「演者候補……スカウトマン……か」

「それと、な……」

「なんだ?」


「お前ら、裁きの刻って知ってるか……」


 レイズがその言葉を発した瞬間、ランバーズたちの表情が青ざめた。


「団長……」

「お前さん、何故その言葉を知ってる?」

「いや、アヴァロニカ派の奴らが街頭でしきりに叫んでて……」

「そうか」

「なんだ?お前たち何か知ってるのか?」


 純粋無垢なレイズの瞳に、オルナーが自ら手を挙げた。


「俺が説明しましょう」

「頼んだ、オルナー」


「“裁きの刻”とは、ハインゲア王国で古より知られている伝承の一つ。大昔、スカンジア大陸のかの国の王が奸計を働き、それに(いか)った神が王国もろとも消し去ったという逸話だ」

「それが、“裁きの刻”なのか?」

「実は、その言葉にはもう一つ意味がある。ハインゲア国民はそちらの方がよく耳に残っている苦い出来事がな」

「出来事……?」

「三十年前、一人の騎士が王国転覆を計った。その際に起こった事件が、被害の甚大さ故に裁きの刻と比喩されている」

「その騎士っつーのは?」


 レイズの質問に、オルナーは口を噤んでしまった。


「……っ」

「言えねぇのか?」

「じゃあなんで、王国転覆なんて」

「その騎士は、ひたすらに強くなることに固執していたのだ。事件はその延長線上で起こしたのだと、俺たちは考えている」

「延長線上だと?」


「だが、その騎士が起こした災害(クラス)の事件によって王国全土に多大な被害が出た。一時はモザ=ドゥークすら巻き込まれ死んだと揶揄されるほどにな。今王都がこれほどまでに復興したのは、奇跡と言える」

「つーことはよ、アヴァロニカ従属軍の奴らが叫んでたのは……!?」

「演者候補……裁きの刻……奴ら、あの悲劇をもう一度起こそうとしているのか?」


 ランバーズは眉間にしわを寄せ、低い声で呟く。


「ししし、しかも、今度はアヴァロニカ帝国が関わってる可能性すらあるんすよ!?そしたら今度こそ王国は……!?」

「被害を起こさないためにも、尽力するのは我らの仕事だろう」

「そうっすけど。いくらアタシたちにも限度ってのが……」


「起こさねぇよ……」

「レイズ君……?」


「ネザの野郎に、“裁きの刻”なんて起こさせるわけにはいかねぇ……その前に俺が殺してやる……!!」


 レイズは怒りを込めた拳をぎゅっと握り締めた。


「その、シルヴァルードっと言ったか?」


 おもむろに、オルナーはレイズに問いかける。


「おう」

「中流階級の中に、シルヴァルードという名の貴族はいませんでしたか……?」

「シルヴァルードって、あのシルヴァルードか!?」

「団長もお気づきになられましたか」


「なんだ。お前ら、知ってたのか?」

「知ってるも何も、中流階級では大層有名な貴族だ。何故今まで気づかなかったのでしょうか」

「シルヴァルード家は王国とのつながりが強く、国王とも良好な関係なことも有名だ。確か“裁きの刻”以降、王国復興の先導に立ったのもシルヴァルードの前当主だった。あの異形を名を聞いただけでシルヴァルード家だと判断するのは、此方から拒絶反応を起こすだろう」


 悔しくもランバーズの言葉にオルナーとアリッサは納得を覚えてしまう。それほどまでに王国に多大な貢献をしたシルヴァルード家と、アヴァロニカ従属軍が繋がっているとは到底思えないからだ。

 しかしその最悪の仮説は、オルナーは数舜の思考後、一気に現実味を帯びてしまう。


「ネザ、確か現当主の名はネザという名です!!!」

「なんだと!?」

「団長は、ネザという者と交戦したのですよね、何か面影のようなものは」

「いいや、あの時は彼奴の姿さえまともに認識できなかった。不甲斐ないことだが、俺ですら彼奴の姿に恐怖心を覚えてしまってな。まさかあれが一貴族の当主……しかもシルヴァルード家の当主など、名を騙っているとしか思えん」


 ランバーズはばっと席を立つ。


「まぁ、いい。オルナー!王国に戻り報告を、一応、シルヴァルード邸の捜索を騎士団長代理に進言し……」


「あの……」


 小さな声が聞こえ、一同はその声の主を振り返った。

 応接間の扉の前に立っていたのは、エーリカだった。


「エーリカ、いつの間に?」

「それが、その、こっちにリリアさん来ませんでした?」

「あ?」


 エーリカは怪訝な形相で尋ねた。


「いや、来てないが」

「そう、ですか」


「彼女に何かあったのか?」


 その表情を読み取り、オルナーはおもむろに聞き返した。


「その、お手洗いに行くと言ったまま……ずっと、帰ってこないんです」

「なんだと?」

「私、ついていこうと思ったんですけど……流石にひとりで行けると、断られてしまって……」

「……っ」

「私、やっぱりついていけば……」


 ガクリと、エーリカは膝から崩れ落ちる。

 その瞬間、レイズの顔はこれまでになく引き攣った。



 ハインゲア地下の巨大迷宮。裏の住人が屯する空間の大奥で、ネザは一人、思索に更けながら玉座に鎮座していた。


(こレで、事はハタづいた。後ハ、裁きノ刻ヲ待つノミ)


 ハインゲア王国における中流階級の貴族の一つ、シルヴァルード家。

 その当主であるネザはアヴァロニカ従属軍の長として、この寂れた地下空間を根城としている。

 今回の一件で再び地上へ昇り、来る“裁きの刻”へ向けて、“余興”としての準備は整った。後はその時が来るまでこうして座して待つのみ。

 だが、余興はまだ、終わりを知らない。


「ぐわっ!」

「なんだこいつ!?」


 遠くから玉座を守護するはずの男の叫び声が聞こえ、ネザはその黒き双眼を細める。そこにやって来たのは、


「ホう、ホレワ」


 白髪の獣人少女。その少女の顔はネザもよく覚えている。


「二度目の再会ね」

「ヨふ、我バ本拠地ヲ探リ当テタな」

「あんたが注入した記憶の断片にあったのよ」


 少女は身構えもせず淡々と言い放つ。武器を引き抜くような気配は一切ない。


「記憶……そうハ、君は……」

「あんたなら、分かってるはずでしょ?シルヴァルード家当主、ネザ・シルヴァルード」


 リリアの問いかけに、ネザは歪んだ笑みを浮かべた。


「面白イ」

「もう……苦しみたくないの。だから選択肢を教えて欲しい」

「ソレは応えハネル。我ハ我バ目的を遂行スルのみ」

「そう……」


 ネザの冷えた言葉に、リリアの目が曇る。 


「ダバ、選択肢ヘ至るタメに導くコトは可能ダ」

「そう」

「問題ハ、我ガ導キ手トナルコトば、君ニトッテ有益ハトイウコトダガ……ドウやラソノ選択は既に道別てイルヨウダナ」

「そうね。もし迷いが生じているのなら、私はまだ悶え悩んだ末に放浪者のように地上を這いずり回っていたところだわ」

「ホウ」

「でもね、私はもっと前から気づくべきだった・・・・・・私の意志はもう、ずっと前から()()していたのよ」


 きっかけは、夢を見てからだった。ネザの後押しがあったとはいえ、あの夢は自分の意志の深層が引き起こしたのだと、リリアは悟ったのだ。


「そのきっかけを与えてくれたあなたなら、答えを教えてくれると思ったの」

「ソウは。ナラ我ハ、最善の手段ヲモッテ君ヲ導こウ」

「いいの?」

「ナァに、同胞に相マミエるホトバデヒテ高揚してイルとホロだ。君ニハ主演ヲ務メテモラウハズダッタば……もっと良い席を用意しようではないか」

「席?」


 シルヴァルードの声質が鮮明となり、薄笑いを浮かべながら告げる。


「どうだ、今より始まる終焉への物語を、その手で導いてみないか?」


 玉座を降り、ネザが眼前のリリアに手を伸ばす。

 リリアは手を握らずも目くばせでネザに返事を返した。


 余興はまだ、終わりを知らない。

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