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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第66話 後遺症

最近多忙なのと別小説の執筆を優先してしまっているため此方の投稿がかなり遅くなってしまっています。大変申し訳ございません。恐らく現在執筆中の小説が一区切りつくまではこの状態が続くと思います。読者様にはかなりお待たせしてしまうかもしれませんが、ご了承ください。

 夜。戦いを終えたレイズ達三人は、王都の一角にある騎士団駐屯所の医療棟で傷の手当てをしていた。


「はい、これで完了よ」

「おぅ、ありがとな」


 腹部を横断した傷が塞がり、傷の回復を上半身を左右に振るわすことで確認したレイズ。その後、治療した修道女に快活な笑みで感謝を告げた。

 簡易ベットと医療器具だけのこじんまりとした室内。治療を終え、扉から部屋を出て行く修道女の様子をぼうっと見つめていると、今度はその扉から茶髪の少女がひょこっと顔を表した。


「あっ、レイズさんお怪我はどうですか?」

「おう!この通りピンピンよ!」


 陽気に腕を振り回しているレイズを一目見て、エーリカは胸に手を当てて一息ついた。


「よかったです。酷い傷だったので、一時はどうなるかと……」

「俺はまだましな方だろ。リリアはどうなんだ?」

「は、はい。リリアさんもお怪我を治療し終えて、今は別室で横になっています」

「そっか」


 リリアの無事を聞いて、レイズはニッと笑む。その笑顔とは対照的に、エーリカは寂しげな目つきで顔を俯かせた。


「リリアさん、すごく落ち込んでおられました」

「無理もねぇよ。操られてたとはいえ、自分の口からあの言葉を出しちまったんだもんな」


 ネザとの戦いの終盤、レイズによってトドメと刺されたはずのネザが突然何らかの魔法を行使し、リリアを傀儡にしてレイズを襲わせた。偶然そこにアリッサが現れたからこそ素早く対処できたものの、ネザに逃げ道を与える隙を作ってしまったのも事実。もしそこにアリッサが駆け付けなければ、リリアは向うの手に下ってしまった可能性もある。それよりも、


『亜人を殺す』


 ネザの思想を突として植え込まれ、護る側であるはずの亜人を貶してしまったことで、リリアの心に深い傷が残った。そしてその傷は、リリアの心までも揺さぶり、


「リリアさんのところ、行きますか?」

「あぁ、そうだな」


 レイズはガタっと簡易ベットから腰を上げ、エーリカに続けて部屋を去った。


 *


 医療棟の大部屋には、何台ものベットが規則的に配置されている。その最奥の角に位置する一つで、リリアはアリッサに付き添われ安静にしていた。その顔は悄然としており、アリッサに差し出された粥も口に入らない。アリッサもげっそりと枯れたその表情を直視できず、やや顔を反らしてしまう。そこへ──


「リリアさん」


 怪訝な形相で、エーリカとレイズがやってきた。

 レイズはリリアの顔色を見るなり、仰天としてリリアに迫った。


「リリア……!お前……」


 だがその身体を、アリッサの細腕が塞ぐ。


「あまり刺激をあげないで、今はそっとしといてあげてくださいっす」

「どういうこ……」


 同様にリリアを見つめると、リリアは震えたマリンブルーの瞳を離すまいと両手に持っている茶碗に向けていた。 

 「亜人を殺す」と発してしまったために、その後悔の念に苛まれている。それだけでは、今のリリアの容態に納得はできない。


「リリアの奴、どうしたんだ?」

「それは……」


 ベット脇の椅子に腰かけているアリッサ。伝えようにも、リリアの心情を察し言葉の先が出てこない。しかし、相手はリリアの仲間であるレイズだ。話さねばいけない理由は十分にある。アリッサは決意を決めて椅子から立ち上がり、レイズを促した。

 

「此処では話せないので、ちょっとこっちへ」

「お、おう」


 リリア、そして看病するエーリカの姿が見える距離にある大部屋の入り口で、アリッサは壁にもたれながらレイズに小さな声で話始めた。


「いいっすか?落ち着いて聞いてください」

「お、おう」


 不穏な前置きに、レイズは眉を顰める。


「その、何と言いますか……リリアさん、あの時の感覚がまだ残ってるみたいなんすよ」

「感覚?」

「亜人の抹殺──あの男が植え付けた、身勝手な思想が」

「はぁ!?んなわけねぇだろ!」


 あまりにも疑い深いアリッサの言葉に、レイズは目を声を出して叫んでしまう。その口をアリッサの手が塞いだ。


「しーっす!」

「わ、悪ぃ」


 軽く頭を下げるレイズ。アリッサは頬を掻きながら話を進める。


「で、でもそうっすね。今のはちょっと話を盛りすぎたっすけど。でもそうでもしないとレイズ君分かってもらえないかと思ったので」

「当たり前だろ!亜人の抹殺なんてリリアの使命とは対極もいいところだ!それなのに、リリアがそんな思想に一ミリでも心を動かされちまうなんて天と地がひっくり返ってもありえねぇ」


 そのそもリリアは亜人側だ。亜人の差別を無くそうと一緒になって旅をしているのに、そのような思想に囚われてしまうのは操られている以外にあり得ない。


「簡単に言うと。自分の気持ちに、整理がつかないらしいんすよ」

「気持ちの整理……?」

「自分は亜人を救いたいはずなのに、亜人を殺さなければいけないという思いと衝突しているみたいっす」

「でも、ネザの魔法はお前が消滅させたはずだろ!?なのになんで……」

「アタシにも分からないんすよ。確かアイツの魔法術式はリリアさんの体内からすっぽり抜けているんです。それは何度も特殊構築術式解読魔法(オールワン)を使って確認しました。それで、ここからはあくまでアタシの持論なんですが」


 未だに信じられないという視線を向けるレイズに、アリッサはだらんと下げた片手をもう一方の手で掴みながら、訝し気な面持ちで話し始めた。


「多分、後遺症みたいな感じだと思うんです」

「後遺症だと?」

「アイツの魔法が一体何なのかはアタシにもさっぱりっすけど。少なくともただの洗脳魔法ではないことは事実っす。突然注入させた思想を、瞬間だけではなく持続的に引きずらせるタイプの魔法なんだと」

「でも、それだけじゃリリアがそんなに苦しむなんて……」


 亜人差別撤廃はリリアの確固とした意志の上にある。そのせいで一時は亜人と敵対視する人間を殺そうとまでしたのだ。なのに、パッとでの思想に心を丸ごと揺さぶられるはずはない。と、アリッサは頬をポリポリと掻きつつ、リリアをちらちらと覗きながら呟いた。


「アタシ、その、リリアさんと初めて会った時から感じてたんすけど」

「おう?」

「過去の経験もあってか、リリアさん、ちょっと子供ぽいなって」


 視線の奥で、エーリカに宥められながらすすり泣くリリア。それを遠目に見ながら、アリッサは推論を話す。


「確かにクールぶってる一面もあります。でもそれは仲間に心配させないための、己の心を隠しているにすぎないと思うんです」

「心、か」

「復讐にずっと心を囚われ、人間を殺すという行為に微塵の疑問も浮かばなかったのも、それが原因だと」

「リリアの心が脆さで、思想が簡単に入り込めたってことか?」

「考えたくもないっすけど」


 レイズは、自分の不甲斐なさに舌を噛み締めた。あの時、リリアの代わりに自分がネザの魔法を受けていたら。アリッサが駆け付け、瞬時に魔法が解除され、何事もなく収束していたかもしれない。いや、それは詭弁だ。自分の心の強靭さなど自らの手で測れるはずがない。リリアのように後を引きずっていた可能性も無きにしも非ず。逆に洗脳中にエーリカを傷つけてしまう事も有りうる。


「アイツは、そんなリリアさん脆弱な心に付け込んだ。魔法でリリアさんを洗脳し、解除された後も無理矢理に注入した思想でリリアさんの心を壊したんです」

「あぁ、アイツだけは、絶対に許さねぇ……次に遭ったら仇を討ってやる」


 ぐっと強めに手を握り締め、レイズは憤怒を吐き出した。


「アタシも……アタシも……王国騎士として「殺す」なんて言葉言えないっすけど……リリアさんの心を弄んだ報いを受けて欲しいっす。せっかく、リリアさんは光を取り戻したって言うのに。また、こんなこと」

「お前は王国騎士としての役目を熟していればいいんだ。リリアの敵を討つのは俺の役目だからよ」


 えっ、とアリッサは、レイズに目をやる。


「最悪、ネザを殺した俺を捕まえたっていい」

「そんなこと……」

「それくらいの罰を、あの野郎には与えないといけねぇ」


 その罰はエーリカのためではない。リリアだ。ただエーリカを護るためだけに自分と切磋琢磨しているだけの仲間に対して放った言葉。

 それでも、リリアの確固たる意志を崩壊させたネザは──


「アイツが心を弄ぶってなら、俺は人の心を捨ててでも──アイツを殺す!!!!!」


 ただ、リリアの心を壊したという事実だけが、レイズの怒髪冠を衝いた。


「レイズ君、変わったっすね」

「なんだ?」


 ポカンと、レイズは眼前にいる小柄な少女に視線を下げる。


「レイズ君のやりたいことを肯定するわけじゃないっすけど。前はエーリカさんのためだけに動いてたのに、リリアさんの敵を討とうとしてるなんて、にわかには信じられないっす」

「そうか?」

「そうっすよ」


 僅かに微笑してそう言い放つアリッサに、レイズは頭を掻く。


「アイツは、いつだったか、俺たちに言ってな。『一人にしないで』って」

「リリアさんが」

「思えば、あの時にリリアの中のちっぽけなアイツに気付いておくべきだった。でもその時に、エーリカは言ったんだ。友達に全てを話せって」


 エーリカは友達として、声を荒げるまでしてリリアを説得した。そしてリリアに涙ながらに本音を語った。


「エーリカとリリアは友達だ。俺がリリアにどう思われてんのかは知らねぇが、二人の意志を俺は守りたい。それを弄ぶ奴がいたら絶対に許せねぇ」

「要するに、友達が困ってたら助けたいってことっすね」

「ま、そういうことかもしれねぇな」


 ヘラへラとした微笑を顔に出すレイズ。アリッサも釣られて顔を綻ばせてしまう。


「リリアさん。もう、動きたくないって言ってて」

「……っ」

「いざ街に繰り出したら、亜人を傷つけてしまうかもって」

「そうか」


 レイズは自分に呆れながらも、遠くのエーリカい目を移す。


「俺じゃ、リリアを救う事なんてできねぇ。エーリカに任せることしか、俺には傍で見てる事しかできねぇ」

「任せましょうよ。リリアさんの心を救えるのは、多分、親友だけっすよ」

「そうだな」


 そう言って、アリッサは微笑んだ。


 *


 床に伏すリリアの傍らで、エーリカはずっとリリアを見守っていた。リリアの色白な手を、ぎゅっと握りながら。

 暫しの沈黙の後、リリアは掠れた声音でエーリカに話しかけた。


「どうしよう、私、亜人を……ったくて……こ、ろ……くて」


 その声は、その言葉を出さぬよう必死になってるようにうかがえる。だが、喉を通る頃にはその言葉が浮かんでしまっているという事だ。エーリカはそのことに、酷く動揺する


「リリアさん……」


 リリアの手を握る力が強くなる。リリアにも、それは感じられた。


「私、もう、無理かも……亜人を平等にするなんて、できそうにないかも……」


 リリアの瞳から、ぽたぽたと涙が垂れてきた。そんなリリアの姿に、エーリカは瞼が重くなってしまう。


「エーリカたちとの旅が、終わっちゃうかも……」


 嗚咽を交えた声で、リリアはそう言い吐く。

 エーリカは、その現実を直視できなかった。

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