第59話 楽しもう
「ここからは、己の矜持で行かせてもらう」
筋骨隆々なネザの肉体が、沈みゆく太陽に照らされ黒燐の輝きを放っている。
ネザは眼前で尻込みするエーリカを見下げると、特に手を伸ばすわけでもなく呼びかけた。
「さぁ死霊術師。早くその二人を癒せ」
「え……?」
バス調の一つの声音に集約され流暢になったネザの話し方、そして予想外すぎる命令。
その異様さにエーリカは思考が真っ白になってしまう。
リリアさえも建物の瓦礫から必死にもがきあがり、額の流血を気にせず茫然とネザを眺める。
「アンタ、何を言ってんの……?」
そんなリリアの言葉にネザは、
「言っただろう?愉快な戦いにしようと」
逡巡後、エーリカは直ぐに立ち上がり近くで倒れているレイズから傷の回復処置に向かった。
【イフィル・ヴィア・スウィム】
傷口に手をかざすとそこから淡い紫紺の光を放ち、レイズの傷がどんどん塞がっていく。
「ありがとな、エーリカ」
「い、いえ」
立ち上がったレイズに一息つき、続いてリリアの傷の治療に急ぐエーリカ。
【イフィル・ヴィア・スウィム】
レイズとリリアは傷が癒えると、二人はエーリカの盾となりネザと対峙した。
「まだ時間はある。有意義に楽しもう」
「時間だァ?」
「刻限は陽が沈む頃合い。配下は限りまでの行動を許している。我々はそれと共に撤収する所存だ」
「逃がすと思ってんのか?」
「そう」
リリアは小さくうなずくと、静かにエーリカに声をかける。
「エーリカ、そろそろ死霊術が切れてきた。もう一度かけて頂戴」
「え?は、はい!」
エーリカは此方を振り向くレイズとリリアに、魂練成術を詠唱する。
【イフィル・ネキア・フィブリ】
二人に紫の光が漂い、リリアは力がみなぎる感覚に肩を振るわす。
そして再びネザ向き直り、冷然と言葉を紡ぐ。
「アンタ、さっきもそうだったけど」
「なにか」
「あの二人に関しては何も言わないのね」
ネザは密かに首を傾けた。
「アンタのためにって、私たちに勝負を仕掛けて来た勇敢な二人よ」
アヴァロニカ従属軍と名乗る、紅装束を羽織り幼稚な思考を持ったエルフの大男。
そして自らを男と言い張る獣人の少女。
「あの二人は何者なの?」
リリアは詰め寄る。しかし、その答えはネザが口に出さずとも確信を得ている。
ネザはその屈強な顎元に手をやり、数舜思考する。そして、
「例えるなら、金の卵を発掘するための優秀なスカウトマンと言うべきか」
その答えに、リリアはピリッと眼力を強めた。
「まあ、演者候補に惨敗した時点で、優秀と言う肩書は外れた無能だが」
緩んだネザの口元が怒髪天を衝いたように、リリアは怒号をあげてネザに尋問する。
「ふざけないで!!あの二人はアンタが裏の住民を動かして誘拐した亜人たちでしょ!!」
「その通り。だがそれが何だ?」
「──っ!?」
あっけらかんとしたネザの応えにリリアは動揺する。
「亜人達を操って、アンタは何をしたいの?」
「そなたらは知らんだろうが、スカンジアから遠く離れた東方の国に“一挙両全”、あるいは“一石二鳥”という言葉が存在する」
「何が言いたいの?」
「一つの行いで、二つの益を得るという意味だ」
「……っ!」
「キミの質問には、ひとまずこう答えておくよ。私は、それを体現しているまで」
そうだ。
亜人を誘拐しているのも、ハインゲアを攻撃しているのも、全ての目的はアヴァロニカ帝国と一致する。
亜人はアヴァロニカにとって殲滅の対象。
ならば亜人をうまく利用してハインゲアを攻撃し、仲良く共倒れさせようとするのがネザの魂胆ということだ。
「そんなの……許されるわけがない……」
リリアは眉間をプルプルと震わせ、力いっぱいに手を握り締める。
「ちょっとまってください!!じゃあアザミ村の住民を操った理由は!?」
だが、その問いかけにネザは応えることはなかった。
代わりに不敵な笑みだけを浮かべエーリカを凝視し、そして──
「ああそうだ。その“怒り”を武器とし、躊躇なく己に向けなさい。己も限りあるまで己の意志のままに相手してやろう」
そう言って、ネザは憤怒を顔に張らせたリリアに手を差し伸べる。
「殺してやるわよ。今ここで」
言われずとも、とリリアは剣を引き抜く。
しかし、その直後にリリアの肩に大柄な手が乗せられた。
「レイズ?」
振り向くと、それはレイズだった。
「お前らしくねえぞ。さっきまで不殺を誓ってたじゃねえか」
「あの男は別」
「別じゃねえ一緒だ」
「はぁ!?アンタは私たちの何を……!!」
そう言い終える前に、レイズは槍のような眼光を光らせ──
「俺も、あの男に心底腹が立った」
「──っ」
「だから、此処で決着をつけてやる」
言い終える間もなく、レイズはネザに進撃した。
レイズとほぼ同時に、リリアも剣で浮上し上空を旋回する。
(見ていることしかできない……私は何をすれば)
遠くでやるせなさを心中で悔やんだエーリカ。
「さぁ来い!少年少女よ!」
「言われなくとも!!」
レイズはネザに接近すると拳を振り上げる。
ネザは迫りくるレイズの足元にめがけ鞭を叩きつけた。
レイズは直前で踵を変えびゅわんと体を仰け反らせ一回転。ネザの背後に移動。
その勢いのままネザの背中への打撃を──
「ひたすらに背後を狙う作戦か?」
「っ!!」
だがネザは、まるでレイズの身体に吸い寄せられたように、一瞬で体の向きを翻して、
「しかし、それは先に“無駄”と証明されただろう?」
「ぐっ!」
すぐさまレイズの腹に向けて鞭をしならす。
だが、
「狙うのは背後、だけだと思った?」
見上げたネザの上空には、大量の撒菱や小剣が配置されており──
リリア腕のワンアクションで、それらを大地に落とす。
レイズは離れ、残ったのはネザのみ。
その寸前、ネザはにやりと嗤い、
「思うたよ」
バチンと鞭を地面に叩きつけると、リリアの射程から後退しようとしたレイズを吹き飛ばす。
「ぐわっ!」
そのまま今度は上空の武器を──鞭の一振りで跳ね返した。
「くっ!!」
咄嗟にリリアは押し寄せる剣を避けるため移動する。
(あの引き寄せる魔法で、全ての武器を鞭に触れるよう集中させたってこと……!?)
そう思考していた、その時──
「──っ!!」
避けたはずの武器が、此方に向かってきていたのだ。
「己の反射術式で跳ね返すのは、物体だけだと思ったかな?」
「くっ!!」
リリアは剣のスピードを上げつつ、手を伸ばして武器たちを操作しようと試みる。
しかしそれらは術式の命令を無視し、リリアを追いかけ続けた。
「我が広域解釈反射術式は特殊でね。物体だけでなく、そこに刻まれた術式の意味すらも反転させる」
ネザは、リリアの魔法を容易に看破する。
「その武器の数々には追尾機能が備わっているのだろう?なあに簡単だよ。己は術式で対象を反転させただけさ」
ネザが淡々と説明を加えている最中、復帰したレイズが背後から足蹴りでネザの首筋を狙う。
だが、ネザはぐわんと体を振り向かせ、鞭で軽くあしらい再び跳ね返す。
「キミの魔力が切れるまでその武器はキミを追いかけ続けるよ」
「ちっ!」
舌打ち。リリアはさらに加速させ、振り切ろうと試みる。
その様子を、ネザは優雅に仰ぎ見ていた。
「粘り合いだ。どちらが先に力尽きるか」
ネザは大らかに両腕を広げる。
「これも、戦いの醍醐味の一つ」
「戦いに醍醐味なんか存在しねぇ!」
ふと見ると、ネザの背後の空から落下してきたレイズが、足先を自身の額と接触させるまでに振り上げていた。
「あるのは憎しみと哀しみ、それだけだ!!」
「それを、醍醐味と言うのだよ」
「──っ!!」
途端。レイズは一気にネザへと吸い寄せられた。
そして、バチンとレイズの腹に鞭を叩きつけた。
「ぐっ!!!」
「キミは弱い」
衝撃と共に、レイズは地面に吹っ飛ばされる。
「それなのになぜ己と戦う?」
土煙が舞い、石畳の道にレイズを中心とした人型の穴が開く。
全身を打ち付け吐血。腹部にはネザの鞭に引き裂かれたかぎ爪のような傷が。
視界が揺らぐ。レイズは舌を噛んで意識を保ち、ふらついたままの身体を無理矢理に立ち上がらせる。そして口元の流血を拭う。
「その少女を守るためか?」
ネザの視線はエーリカにあった。
「あぁ、だからお前みてぇなヤツには負けてられねぇんだよ」
「面白い、なら私が良き修練相手となろう」
「あっ?」
「精々、裁きの刻で派手に暴れてくれ」
「ふざけんな……」
レイズはぐっと漏らし、拳を突き上げた。
「お前に教えられることなんて、何もねえ!!」
亜人の誘拐。そしてアヴァロニカのハインゲア進出の鍵となった張本人。
そんな男に教えを授かる謂れなどあるはずがない。
だがネザが魔法でレイズを吸い寄せ、動きを止める。
そして、人差し指を突き立て、
「そなたらに、一つネタ晴らしをしてやろう」
「「っ?」」
その声は、武器の大群から逃げるリリアにも行き届いており──
「我が魔法。名は集約魔法」
「周囲の物体全てを、我が一方の面に引き寄せる」
「そして引き寄せた物体を、反射術式の刻まれたこの鞭で跳ね返す」
それだけだ。至極単純なネザの魔法。
しかしそれにすら引けを取られ片隅で思考を巡らせる。
「物体……んなら、倒し方はあのデカブツと同じじゃねえかよ」
「流石だ。だが、己はあの巨体よりもすばしっこいぞ」
レイズの言葉が耳に届いていたかのように、ネザは付け足した。
「どうする?少年」




