第57話 演者候補
「おらああああ!!!」
「ふっ!」
王都西側の中央広場に続く大通り。
金色の逆立った髪の男から放たれた籠手の一撃を、オルナーはひらりと交わす。
「はぁ!!」
そして隙を伺い、男の脇腹に剣を薙いだ。
「ぐぉっ!!」
傷口から鮮血が吹き出で、男は思わず後退する。
その背後から──
「《大地に生まれし精よ!我が魔力を持ってその身を制裁の怒号と化せ》──雷砲!!」
「がぁ!!」
一筋の雷が、男の脳天に直撃する。
男は煙を吹き出しながら、ずしんと倒れた。
「ふぅ。とりあえず、ここら辺一帯は片付いたか」
「そのようですね」
背中に背負った大柄な柄に大剣をしまい込み、額から滴る汗を剛腕で拭うランバーズ。
自身も帯剣しオルナーはランバーズに言葉を返す。
二人の周りには黒焦げで倒れている何人もの男たちの姿があった。
「さて、どう見るオルナー」
腰に携帯していた竹製の水筒の蓋を取りゴクリと水を嚥下しつつ、ランバーズはオルナーに尋ねる。
「中央広場から、膨大な魔力反応を感じます。恐らく、この者たちを操っている首謀者なのでしょう」
「そうだな。先へ先へと進むうちに妨害の数が増えている気もする。何か来られたくない事情でもあんだろうな」
「行きますか?」
「あぁ、行くぞ」
そう言って二人で頷き、ランバーズとオルナーは走り出す。
しかし──
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
上空から、戦斧の一閃がランバーズとオルナーを襲った。
二人はその攻撃を避けると一撃を放った大柄な男が地面に着地し、同時にズシンと地響きが鳴る。
狼のような耳が頭頂部に生え、身体には濃い体毛が、
考えずとも分かる。獣人だ。
見ると、その男の背後からこれまた大柄な獣人の数々が此方に向かってきていた。
その目は虚ろで、睨むようにランバーズとオルナーだけを凝視している。
「なるほど。この先の親玉は、よっぽど俺たちを歓迎していないらしい」
ランバーズは舌を唸らせる。
「だが、来るなと言われると来たくなるってのが人間の性ってもんだ」
「団長は子供ですね」
「うるせぇ。オルナーほどじゃねえ」
「……!その言葉の返しは、これが終わったらたっぷり言わせてもらいましょう」
すると、オルナーがランバーズの前に立つ。
「此処は俺が、団長は先へお進みください」
「いいのか?不運の塊のようなお前じゃどうなるか分からんぞ」
「予てより運は実力でねじ伏せろと仰っているのは団長ではないですか」
「そうだな」
ランバーズはふふっと微笑すると、直後地面を蹴り、
「「「「……!?!?!?」」」」
スパっと空高く飛びあがり、獣人の一団を飛び越える。
「死ぬなよ!!」
「死にませんよ──そのために日々稽古をしているのですから」
オルナーは剣を引き抜き、獣人に視点を向け、片に剣を携える。
「《大地に生まれし精よ!我が魔力を持ってその身を制裁の槍と化せ》──四重・雷撃」
「おおおおおおおお!!!!!!!」
「団長直伝──」
「がああああああああああああ!!!!!!!」
スパン!!
「モルティフル・サンダー!!!!!」
オルナーが剣を薙ぎ払ったと同時に、上空から幾発もの落雷が獣人の集団に降り注ぐ。
重複詠唱。一つの詠唱に数発分の魔力を消費することによって魔法がさらに強化される。
オルナーが放った雷は、獣人全てを一瞬のうちに行動不能とさせた。
剣を仕舞い、去り際に一言。
「全ては、妹を守れる、不死なる俺となるために」
ぐっと拳を掲げる。
「俺はもっと強くなる」
*
大通りを通り抜け、中央広場の手前までやってきたランバーズ。
道中も屈強な獣人がランバーズを襲いかかってきたが、華麗な剣裁きでその者たちを掃討し、ものの数分でここまで到達した。
普段見世物やそれを見る聴衆らで賑わう中央広場も今日は閑散としている。
その円形の広場の中央に、ぽつりと影が一つ。
黒装束を身に纏い、顔もうまく覗けない。
しかしその者の内に眠る魔力の波動は、ランバーズでさえ冷や汗を掻いた。
「お前さんが親玉かい?」
背中の柄に手を握りながら、ランバーズはその者に近づき声をかける。
「貴様ハ」
背後を向いたまま、その者はランバーズを振り向く。
男か女か。声音だけでは判断付かない。
その者の声は、何人もの人間の声が幾重にも重なったような声をしているからだ。
そしてその者の顔に、ランバーズは思わず目を見開いてしまった。
前髪はくねらせた黒髪。そして顔には包帯が巻かれ、射貫くような漆黒の瞳がランバーズの身体に突き刺さる。
ランバーズは一瞬動じてしまうも、直ぐに冷静沈着としその者に忠告する。
「とりあえず、大人しく投降してくれりゃ悪いようにはしねえが」
途端、その者はすっと立ち上がった。
「どうやらその気はなさそうだ」
装束の中からツギハギのような黒腕と、手に握られていた鞭を外界に現した。
「こりゃ、オルナーを留めておいてよかったな。あいつの不運ならどんな厄災が起こるか分からん」
もはやランバーズには、目の前の者の悍ましい姿は“厄災”としか表せない。
「貴様ハ演者候補。我ガ手中ニナルにハ、まダ早い」
「手中ねぇ」
「トちテ、貴様は本命でハなイ」
「なんだと?」
途端、その者がスッと両腕を広げる。
それと同時に、装束の中が露わとなった。
「ツキを見テ、退散ツる」
「……!!」
その者の胸元はぽっかりと穴が開いている。
その者が両腕を開いたと同時に何かが空に飛散し、ごぼごぼと穴が塞がれていった。
そして──
「へぇ、中身は貧相だと思ったが」
筋骨隆々な黒き体が露わになった。
「結構いい体してんじゃねえか」
ランバーズは大剣を取り出し、その者に構える。
「少チだケ、遊ンデヤロう」
「ふっ、そう言うなよ」
ランバーズは大剣の切っ先をその者に向け、
「目いっぱい、遊ぼうぜ!!」
ランバーズは渋茶色の大剣を向けたまま駆けだす。
大剣を後方に振り、正面から攻撃の火蓋を切るランバーズ。
大してその者は鞭を振り上げ──
「フッ」
眼前のランバーズへと力いっぱいに打ち付ける。しかし、
ランバーズは直前で地面を回転しその者の脇に移動。
しなやかな動作で剣を横に振り上げその者の脇腹を狙う。
寸分違わず、空気を引き裂いた大剣。
その者は足軸の方向転換で鞭の照準をランバーズに合わせる。
だが、それよりもランバーズの方が早かった。
「早イ」
その者は後退するもびゅんと皮膚を引き裂かれ、そこから血が滴る。
傷も視界に入れず、その者はランバーズを狙い鞭を振るった。
鞭は空気でしなりランバーズへと目掛けて飛ぶ。
ランバーズはまたもや大ジャンプでその攻撃をよけ、数舜でその者の背後を取った。
一閃。
今度はその者の背中に命中し皮膚を深く抉る。
だが、その者は動じることはなく。
その者は直ぐに旋回してランバーズを狙うが──
「っ!?」
そこにランバーズの姿はなかった。
直後、その者は背後に急激な魔力の出現を感じ取り振り返る。
その時には、ランバーズの切っ先はその者に、
「《大地に生まれし精よ。我が魔力を持ってその身を制裁の槍と化せ》──雷撃」
ランバーズの詠唱により、一瞬で剣先に宿った稲妻の波動がその者に放たれた。
その波動は真っすぐにその者へと向かい、その者は一瞬の出来事で避ける暇さえ与えられず。雷が直撃。
激しい煙と共にその者の皮膚は焦げ付くが、その者は全く動じることなく佇む。
(一切の痛覚を感じてねぇみたいだ。やはり人間じゃねえな)
「ナルほド、躍動支援」
その者は身体の煤を払いのけながら、ランバーズの魔法を看破した。
「バレちまったか」
「貴様の胴体ホドノ大剣を振リなナガラでノ俊敏タ。貴様が幾ラ体を鍛エドも、トレチか考エツカぬ」
躍動支援。最も基本的な身体強化魔法の一つ。
魔法詠唱によるタイムラグも少なく、人間の高さを遥かに超える武器でもその魔法を付与することでエーリカ程の華奢な人間であっても小剣を握った時と相違ない動きで立ち回ることができる。
しかし、その魔力消費は武器の大きさや重量によって左右される。
ランバーズの持つ大剣はランバーズの身長の胴体ほどの大きさ。
故に継続的に躍動支援を機能し続けるには魔力は随時消費される。
ランバーズの魔力の残存量で言うと、継続的な魔法使用は大体五分が限界。
その為にランバーズはそれ以外に余計な魔法攻撃はよほどの好機にのみしか使わない。つまり、ほぼ肉弾戦という事だ。
だがランバーズはハインゲア騎士内の魔法戦闘で屈したことはたったの二回のみ。
多くは五分以内の決着で勝負がついている。
肉弾戦最強の男。これはランバーズに対する、全ハインゲア騎士の見解だ。
余計な魔法を使うことなく、ただ己の肉体で勝負を決する。
ランバーズの圧倒的な強みであり、ハインゲアの騎士の頂点にも達するランバーズの実力。
「正解だ」
「不便でハ、ナイか?」
「敵さんに心配されるとはねぇ。だがこの剣は師の形見なんでね。死ぬまで使えっつぅ呪いがかかってんだ」
「師?」
「あぁ」
「楽ちミニ待ッテイて」
「……?」
瞬間、その者はびゅんと鞭を地に打ち付けた。
ランバーズはそれを見て、再びその者に突っ込むが、
「わりぃが、そろそろ決着と行こうじゃねえか」
「トウだナ」
その動作は、攻撃ではなく。
「っ!?」
瞬間──鞭を打ち付けた反動により、その者は空高く吹っ飛んだ。
「何っ!?」
(彼奴め、逃げるつもりか……!!!)
「待て!!!」
ランバーズは建物の屋根にスタっと飛び降りたその者を追いかけるため、自らも地を蹴り跳躍を試みるが、
「貴様の相手ハ、ソレだ」
「……!!」
その者がランバーズのいる中央広場の一点を指差す。
ランバーズはその方向を見やると。
(なんだ……!?)
「ぷぷっ、キミが僕と遊んでくれるの?」
そこにいたのは、小さな獣人の子供だった。
*
「気絶したん……でしょうか」
地面に倒れ伏した獣人の少女を上から見下ろし、怪訝な形相でぽつりと呟くエーリカ。
「これでまだ動かれるんだったらこっちが戸惑っちゃうけどね」
リリアは同時に、レイズによって倒されたエルフの男ビューラーを見やる。
「ていうか、何なのよコイツら」
「アヴァロニカアヴァロニカって、まるで自分の意志を誰かに掌握されてるように……」
レイズが、そう呟いた途端──
「「……っ!!」」
「上だ!!!!!」
上空から、三人にめがけて落下してくるどす黒い魔力。
「エーリカ後ろだ!!」
「はい!」
レイズは咄嗟にエーリカを自身の背中に隠し、更にリリアもエーリカを護衛する態勢で剣を引き抜く。
突如、三人の目の前に何かが落下し激しい轟音が響いた。
土煙が漂うと共に瓦礫が飛び散り、レイズとリリアは自分の腕で顔を覆い隠す。
土煙が晴れ、姿を現したのは。
「「……!!」」
「なんだコイツ!?」
──漆黒の姿に包まれた、異形だ。
「見ツケた、演者候補。イイや、主演候補」




