第56話 槍騎士と修道女
「キュオレ騎士団、任務開始っす!!」
ダガーを向ける男に、槍を構えながら宣言するアリッサ。
男はその宣言に敬意を表し、自らの名を告げる。
「俺はアヴァロニカ従属軍、フィジィ」
「その耳の形、エルフ族っすね」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。貴様にもエルフも魔力が秘められているではないか」
「アタシはちょっと例外な魔力を持った人間なだけっすよ」
「ほう」
「亜人のアンタがなんでこんなことに手を染めてるのかは分かんないっすけど」
アリッサはミレーユと目合わせし、男に槍を掲げたまま突っ込む。
「アタシらは、ただ止めるだけっす!!!」
アリッサは槍を突き上げたまま跳躍し、男に振り下ろす。
その攻撃をフィジィはすっと横移動で避けるが、
「むっ?」
そこから開始したのは、光速にも及ぶアリッサの突きの猛襲。
アリッサは勢い余った槍を回転させ力を分散させると、瞬時にフィジィに叩きつける。
男はダガーでガード。それを見切り次々に突きの一撃を見舞うアリッサ。
「強いな。どこ所属だ」
「キュオレ騎士団って言ったじゃないっすか」
「キュオレ……そうか炙れ物の集まりか」
「その言葉、嬉しくないっすねぇ」
言葉の返しを一撃乗せ、アリッサはフィジィの脳天目がけぶっ叩く。
「気に病むな。我らも同じだ」
「──!?」
フィジィはひらりと横に避けた後、宙を舞いアリッサを牽制する。
そして、すぐさま引いたアリッサにダガーの刃を向けた。
「溢れ者同士、仲良くしようじゃないか」
「っ!?」
「螺旋」
次の瞬間、フィジィの持つダガーの周囲に風が舞う。
「これは!?」
「ただの風魔法だ。だが、人間には風を操るなど不可能だろう」
次第に規模が増し暴風が纏われたダガーを、勢いのままに空中からアリッサへ振り下ろすフィジィ。
「くっ!?」
アリッサはジャンピングで避けようとするも、風は威力と範囲が増大していく。
「風の痛みを知れ──」
「ぐっ!!!」
「哀旋風」
巨大な暴風が巻き付いたダガーの広範囲攻撃を直に喰らい、アリッサは投げ飛ばされる。
「逃げられはせんぞ」
暴風は竜巻と化し、投げ飛ばされたアリッサを追尾する。
そして降りかかる瞬間、アリッサはフッと口元緩まし、
「これは、仕方がないっすね」
アリッサはばっと手を広げた。
「《命じる!その事象を駆逐せよ》全て一」
その瞬間、しゅっと風の渦は姿を消した。
「これは……」
「はあああああああ!!!!!」
宙に浮かぶフィジィに跳躍し、アリッサは上空から槍を突き落とす。
だが、フィジィは直ぐにアリッサへとダガーの切っ先を伸ばした。
「螺旋」
瞬間、再びダガーに旋風が纏われる。
アリッサはそれに気づくと、思考する暇もなく魔法を唱え──
「《命じる!その事象を駆逐せよ》全て一」
旋風が消えたフィジィに槍の穂先が降りかかる。
フィジィはガンッとダガーで槍を受け止めた。
「どういう原理かは知らんが厄介だ。魔力を尽かせるか」
「んなら、こっちはその前に倒すだけっすよ!!」
「!?!?」
フィジィが気付いた時には、槍の威力でダガーが跳ね飛ばされ地面にカタンと落ちた。
「女だからってアタシの力を舐めないでほしいっす。団長にしごかれたこの力で!!」
「なんの!!螺旋!!!」
フィジィはばさっと着地し後退するとダガーを回収し、数舜のタイムラグでアリッサとの合間に巨大な竜巻を吹く。
「ふっ」
だが、アリッサはわざと竜巻に突進し、
「《命じる!その事象を駆逐せよ》全て一」
ガキィ!!!
竜巻を魔法で消失させ、そのままの一薙ぎをフィジィに突く。
フィジィは咄嗟にダガーで防御し、槍と刃先を衝突させた。
「馬鹿っすね。学習しないんすか?」
「くっ……」
フィジィは一度後退し、ダガーを投げ捨てる。
そして両手をアリッサに掲げ、そこから旋風を解き放つ。
「二重・螺旋!!!」
両手から放たれた竜巻威力の旋風は二重に混成してアリッサに強襲する。
しかしアリッサは槍を抱えながらそれを華麗に避け続けながら接近し、
「なに!?」
フィジィに向けて一閃する。
「ぐああああああ!!!!!」
鮮血が弾け、フィジィはその場に蹲る。
「何を焦ってんすか」
「我々は主が顕現される前に、事を成さねばならない」
「主って誰っすか?」
「ふっ」
アリッサの質問にフィジィは応えることなく、ただ薄笑いを浮かべるのみ。
その時──
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「──っ!?」
背後から、地面を奔る漆黒の波がアリッサを襲う。
すっと避けるも波の先端がアリッサの細足を微かに抉った。
「ぐっ」
「死ねぇ……主に歯向かう愚者はまとめて死ねぇ……!」
その男は、アリッサが背中から薙ぎ払ったはずの黒髪の男。
ぽたぽたと血を零しながら、虚ろな目でアリッサを睨んでいた。
「ベティ、お前は後ろの修道女を殺れ、俺はこの女を片付ける」
「あぁ、修道女ゥ!?」
ばっとギロリとした目線を移しながら、男は後方にいたミレーユを振り向いた。
「なんや。ウチはのこのこ見学しよう思うちょったのに」
男はひしひしとミレーユに近づく。
しかし、ミレーユはニコリと佇んでいるのみだ。
一方、アリッサも背後を振り返らずフィジィと対峙している。
「ほう、貴様は一般人が襲われるというのに目くじらすら立てんか」
「まぁミレーユさんは一般人じゃないっすからねえ」
「なんだと?」
アリッサの言葉に、フィジィはぎょっと目を見開いた。
「死ねぇ……死ねぇ……」
「血気盛んやなぁ」
ミレーユがふふっと微笑したのも束の間、男の両腕からごぼごぼと禍々しい漆黒の塊が顕現する。
ミレーユには、その黒塊の正体を早々に言い当てられた。
「なんや黒魔術やないの」
「──っ!?」
ミレーユが言い当てたことに、男は若干慄くが、
「それも魔法で魔瘴気を具現化させるだけの初歩的な黑塊躁術やないか。紛い物や紛い物」
「うるせぇぇぇぇぇ!!!!!」
男は両手から蛆虫のような黒き波動を発現させ、それが次々と地を伝いミレーユへ襲いかかる。
ミレーユは後方跳びでそれを避けつつ、男を扇動する。
「アンタ本当に黒魔術師なん?黒魔術かっこええて気取って使っとるだけではおまへんの?」
「死にやがれええぇぇぇぇ!!!」
ミレーユの嘲笑に感化され、男は身体全身から漆黒の泡を吹き出す。
次の瞬間、両手をミレーユへ向け、漆黒を解き放った。
漆黒の泡は両手を奔りミレーユへと放たれる──はずだったのだが、
「──何っ!?」
「間一髪や。もうちっくとで死んじょったで」
男は腹部に異変を感じ、おろおろと視点を移動させる。
ジャララという音と共に、男の腹には二本の鎖が巻き付いていた。
その鎖は、ミレーユの両手から伸びている。
「こんなもので……俺を舐めるな愚民がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
男は再び両手を構えるが、
「ん。魔法撃ってみ」
「なぜ、何故だ……」
何故か、魔法が打てない。それどころか……
「なぜ放ち方が思い出せない!!!」
男はぐっと頭を抑える。しかし、魔法発動のための記憶が全く出てこない。
「愚民め……何をした……!!」
男はミレーユへ向き直り、声を荒げる。
「魔乱桎梏術」
「なんだと?」
「魔法を放つ自由を奪う。すなわち、その魔法を放つという行為自体を奪う。残忍やろ?黒魔術の一種や」
「黒魔術!?」
男は唖然として、ミレーユを凝視する。
アリッサと乱戦を繰り広げていたフィジィでさえ、ミレーユの言い放った言葉に耳を奪われ、ダガーを扱う手を止めてしまう。
「黒魔術だと!?」
「油断禁物っすよおおお!!!!」
「なぜだ、なぜ王国の騎士団とあろう者の中に黒魔術師が!?」
「ミレーユさんは王国で許された数少ない黒魔術使いなんすよ」
ギリギリと刃と槍の穂先を交差させながら、アリッサが言い漏らす。
「それが原因で、ウチにいるんすけども」
「くっ!?」
「ふぅ!!!」
「ぐっ!!!!!」
ダガーを薙ぎ、がら空きになったフィジィにアリッサが槍の一撃を振り払う。
「ぐあぁぁ!!」
フィジィは肩腹に奔った傷を押さえ、地面に膝をつく。
「あんまり、戦闘のプロを舐めないでほしいっすね」
「なんだと!?」
「あんた、まともに戦ったのこれが初めてでしょ?」
「っ!?」
「攻撃が単調すぎるんすよ。そのダガー裁きも、無理やり裁き方を叩きこまれただけの初心者にしか見えない」
アリッサの冷たい視線を交えた物言いに、男は俯く。
「くっ……」
「最初はエルフの魔法でちょっくら手こずったっすけど。冷静に考えれば大仰に放たれた魔法なんて簡単に避けられるっす」
「……っ」
「もう一度聞きますよ。誰に命じられてこんなことしてんすか?」
「言、えるか……」
その言葉を最後に、男はばたっと倒れ込んだ。
「あ~らら」
アリッサは気絶した男を一瞥すると、ようやく後方のミレーユを見つめる。
「そっちもすぐ終わりそっすね」
*
「離せ……離せ……」
男は身体を奮わせギリギリと自身に巻き付いた鎖を解きにかかる。
(以外に力強いん)
「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「っ!!」
男が力をかけたことで、鎖の拘束が解かれた。
「死ねやあああああ」
そのまま男は、ミレーユに拳を向けて突進する。
「まあ解いたところで、なんやけども」
次の瞬間、ミレーユの鎖から──男が放っていた漆黒の泡がブクブクと現れる。
「何!?」
「言ったやろ?奪ったって。奪った魔法の放ち方、動作はウチの脳内に注がれたんや。最もこんな初歩的な黒魔術、奪う必要もないけどなあ!!」
「ぐわぷ!!!」
鎖から溢れ出た漆黒の塊は、地面を伝い男の全身を包み込む。
男はなす術もなく、その塊に呑まれた。
「チェックメイトや」
漆黒の塊がじわじわと抜けていくと、そこには助けを求めるように手を伸びあげている男が固まっていた。
「死んでないっすよね」
「魔瘴気が全身を蝕んでるだけや。時間が経てば動き出すで」
「それならいいっすけど」
辺りの無残な光景を一見したアリッサは、おもむろに天を見上げた。
(後は兄貴と団長っすか)




