第55話 任務開始
「私の本気を──見せてあげる」
余裕の笑みで言い放ったリリアに、少女は眉をひそめる。
「そうね。一分で、終わらせてあげるわ」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」
「ふふっ、そう思ってくれればいいと思うけど」
リリアは、後ろで待機するエーリカに声をかけた。
「エーリカ、よろしく」
「はい」
【イフィル・ヴィア・ノーズ】
エーリカが詠唱を唱えると、リリアの身体に紫紺色の光が纏う。
魂解放術。魂を解放させ、より本領を発揮しやすくなるよう鼓舞させる死霊術の一種だ。
念には念を。軽くなった体の感覚を跳び慣らしで確認し、リリアは警戒に眼光を光らせる少女に剣を向けた。
「とは言っても、さっき神級の大魔法撃っちゃって魔力すっからかんだから」
「なんだと?」
大魔法。それはミルザを守るためチンピラに放った超次元絶唱のことだ。
それから数時間立ったものの、あれを打てるほどの魔力は当然ながら回復していない。
すなわち──
「ただの《《剣戟》》、だけどね」
「──っ!?」
その言葉を、少女が聞き届ける前に──
リリアの足が、地を蹴った。
「なっ!?」
そのスピード、コンマ一秒も経たず。
瞬時に振り抜いた剣閃が、少女の喉元に接近した。
少女は直前で後退し、曲刀で受け止めるが、
曲刀にのし掛かった重圧が少女を仰け反らす。
そして少女のバランスが崩れたことを好機とし、
特大の脚拳を、脇腹に差す。
「──っぐ!!!」
少女は勢いのままに吹き飛ばされ、建物の外壁に激突。
リリアは踵の起点で少女を矢所とし、そのまま駆けだす。
少女もすぐさま立ち上がって態勢を立て直し、振り下ろされた剣を曲刀で応戦。
両者拮抗で剣先に火花を散らせたまま、
少女は曲刀を剣に滑らせつつ身体を横移動。
曲刀をうねらせリリアの剣から乖離す。
そして、
「牟天紫戒流──紫艶曲斎!!!」
再び魔法を発動し、剣閃の波動が放たれる。
うねうねと地面を兎のように飛び跳ねる波動。
しかし、リリアは後ろ走りでそれを避けつつ、
刻を見極め、弧を描くように宙を跳躍。
そのまま波動の源流を抱く少女に剣で飛びかかる。
「──っ!!」
少女は曲刀での受け止めに思考を奔らせるが、
受け止めた剣は、リリアの力と落下による重力が融合した負荷がかかり、スパンと曲刀が弾かれる。
それを利用し、リリアは再び足蹴りで少女を打撃。
少女は投げ飛ばされるが宙返りで着地し、迫ってきたリリアと鍔迫り合いを繰り広げる。
だが、リリアの剣舞が少女の対応速度を優に凌駕しており、
少女は魔法で牽制。一旦後退し態勢の立て直しを図るが──
リリアはポーチから瞬時に取り出したのは数個の棘の張った球体。
流星剣
その後、球体を流星のように加速させる。
少女はその光景に一瞬だけ思考を停止を余儀なくされた。
それが仇となり、球体が少女の腹部を直撃。
それによって血潮が飛び散るとともに、少女は衝撃で空中に投げ飛ばされる。
さらに上空から降りかかってきたのは、リリアの身体。
身体は少女と衝突し勢い良く地面に落下、石畳の道に直撃する。
「ぐはっ!!!」
「はい終わり」
「く、くそぉ……」
地面に倒れ伏した少女に、リリアは剣を突き立てる。
リリアが地を蹴ってから少女が倒れるまで。その時間僅か44.04秒。
喉元に剣を突くリリアに少女は身動きが取れず、ギリリと歯を軋ませる。
「さて、素顔を拝見と行くわよ」
「や、やめろ!!」
リリアは少女に被せられたフードを取ろうと手を伸ばす。
少女は必死にフードを覆い隠そうとするも力が入らず、
そのまま、ひらりと捲られてしまう。
(さっきまでの挙動で死にはしないだろうとは思ってたけど、これで気絶もしないなんて……コイツ、ただ者じゃ……っ!!)
少女の頭部には、猫のような獣耳が二つ付いていた。
「あんた、獣人……?」
リリアはあっけにとられて問いかけるが、少女は視線を逸らし口を噤むのみ。
「応えない気?」
「殺せ」
ぽつりと少女はそう呟く。
「は?」
「俺はそなたに負けた。もう主の前に顔を見せられん」
「ちょっとまって!私は貴方たちを助けに来たの!同胞よ!戦う意思は……」
「助け、に来た?何をほざく、俺は我が主の使命に従事するまでだ。誇り高きアヴァロニカに木偶の坊などいらん」
「あ、アヴァロニカ!?」
当然のように口にした少女。リリアは呆然と少女を見つめるが、
(もしかして……)
「待って、あなた尾はどうしたの!?獣人なのならあるはずでしょ!!」
「……要らん。アヴァロニカ帝国の意のままに。下賤な種族である獣人の象徴など、この手で切り捨てたまでだ」
「嘘……」
少女の発言に、リリアは絶句してしまった。
*
「お前、エルフだろ?」
レイズの問いかけに、ビューラーは応えずともねちゃっと奇怪な笑みを浮かべた。
「さっきから不思議に思ってたんだよ。よくもまあ、ワンアクションで鎧すら貫通しちまう衝撃?を連続で放てるなって」
レイズは昨晩の夕食の際、戦いの役に立つからとリリアからエルフや獣人の特徴を事細かく教えられていた。
淡々としたリリアの説明に一時は眠りを誘われてしまうも、リリアに軽いビンタを喰らい、泣く泣く最後まで聞かされたエルフの内面的特徴の一つ。
──エルフは人間にはない特殊で且つ強大な魔力を持っている。
底知れぬビューラーの魔力が、その特徴と合致する。
そして、エルフ族は総じて金髪が多い事ともだ。
男の耳は髪に隠れて伺えないが、無理やりにでも接近戦を続けていれば明らかになるはず。
「なんでお前?主っつーやつに従ってんだ?主も亜人なのか?」
「違うよ!主様は人間……かなぁ?でもねハインゲア王国をアヴァロニカ帝国の一部にするために努力してる偉大な人だよ!」
「アヴァロニカ帝国……そのアヴァロニカは亜人を一人残らず殲滅させるために、ハインゲアに兵を送るような奴らだぞ?なんで従ってんだ?」
「ううん!アヴァロニカ帝国はね!いずれこの大陸を!いやこの世界を平和にしてくれるんだよ!ボクたちの仲間を殺したのだって、世界平和のための第一歩だよ!」
「あのアヴァロニカ帝国が?」
「うん」
一切の迷いなく、首を縦に振ったビューラー。
レイズはひしひしと、アヴァロニカ帝国に対する怒りが湧いてくる。
レディニア王国を滅ぼし、亜人殲滅のためにエルフの里を襲撃した。
そのような人道の欠片もない王国が、世界平和など……
「冗談はお国に帰ってから言え糞野郎ども!!!」
「ダメだよーアヴァロニカ帝国にそんなこと言っちゃ。ならボクが、アヴァロニカ帝国がいかに素晴らしいかこの身で教えてあげる!!」
そう言って機会に輝かせた目を身体ごとレイズにぶつけるビューラー。
しかし、レイズはひゅうと息を吸い込み、
「エーリカ、頼んだぞ」
「お願いします」
【イフィル・ヴィア・ノーズ】
瞬間、レイズの周りに淡い紫の光が漂う。
「あはは!!死ねぇええええ!!!!!!」
レイズに向けて掌を翳すビューラー。
空気が凝縮し、一気にビューラーの手に収束される。
だが、その前に、
「ひぁっ!?」
レイズの拳が──ビューラーに迫っていた。
その瞬間、驚きに顔を跳びあげたことで、ビューラーの耳が露わになった。
ビューラーの耳は、エルフのように尖っていた。
「やっぱお前、エルフじゃねえか」
「っ……!?」
衝撃反転!!!!!!!!
「ぐへら!!!」
レイズの拳から放たれた衝撃波は、ビューラーを腹を直撃。
ビューラーの口内から大量の血潮が噴出され、地面に倒れ伏す。
「ぼ、ボクが……」
気絶寸前で倒れたビューラーの地面に飛び乗り、追加の拳を構えるレイズ。
「まだアヴァロニカをほざくか?」
「アヴァロニカは……救済を……」
「そっか、なら死ね」
「レイズ!!!」
「レイズさん!!!!!」
血塗れのビューラーにレイズが拳を振り上げようとした瞬間、二人の少女の声が響き渡る。
「多分、そいつ何者かに操られてる!!!」
「それ以上はダメですよ!!」
はっと、レイズは近寄ってきた少女二人を振り向く。
迫真の表情でレイズに告げるリリアと、息を切らしながらも必死にレイズを諭すエーリカ。
ぐっと我を取り戻すと、おずおずとビューラーを見つめる。
ビューラーは膨れ上がった顔で気絶していた。
「殺さないって、約束でしょ」
リリアからぽつりと言い放たれる。
「すまん、気が動転しちまった」
「それは分かるけどさ。私だってまさか亜人からアヴァロニカ帝国の名が出てくるとは思わなかったし」
「でも、それとこれとは違います。落ち着いてください。レイズさん」
「あぁ、すまねぇ」
レイズはぐっと腰に力を入れ、エーリカを支えに立ち上がる。
立ち上がって顔を見合わせると、エーリカはにっこりと微笑んだ。
その瞬間───
「まだ、まだだ」
「「「……っ!!」」」
「まだ、終わってない……」
ずるずると三人に這い寄ってきた満身創痍の少女。
レイズはその少女に付いている獣耳を見つめ、
「あいつも、獣人なのか!?」
「あなたは操られてるの!!自分を取り戻して!!!」
リリアは決死の表情で駆け寄り、少女を目覚めさせる。
しかし、少女は首を振り、
「これは、己の意志だ……この国は……アヴァロニカ帝国によって……救われる」
「……っ!!」
リリアはわなわなと震撼し、絶句してしまった。
「それに、俺一人を止めたところで……無駄だ」
「どういうこと?」
「王都各地で、アヴァロニカ従属軍の……勇敢なる戦士が……裁きの刻にふさわしい演者を選定する」
「……っ」
「それによって、多くの人が死ぬ……その様を、その目で見届けるんだな……」
そううすら笑いを浮かべる少女。
「死にません」
「……っ!」
「この国の人々は、絶対死にません」
少女は唖然と、声を放ったエーリカを見つめる。
「死ぬ……この国の人は死ぬんだ……」
「死にません」
「なぜそれが……言い切れる!」
「だって、いるじゃないですか。この国には」
「っ!?」
「国を守る、勇敢な騎士の方々が」
そう微笑を浮かべたエーリカに、少女は話すことなく口を閉じてしまった。
*
王都東部の小広場。
普段は人々の賑わい溢れるこの場所も、今は荒んだ荒れ地と化していた。
人々の悲鳴。そして逃げ惑う人足の奔流。
その最後方には、装束を羽織った細身の男が奇声を上げていた。
「死ね死ね死ね!!!!」
男の片腕から、どろどろとした闇の刃が次々と放たれる。
刃は石畳の道や建物を根こそぎ抉り取り、そこは一気に瓦礫と化す。
「みんな死んでしまえ!!!この国もろとも!!!死んで死んで……!!」
「落ち着けベティ」
男の肩に大柄な手がトンと置かれる。
「フィジィ」
「獲物はそこら中にいる。見境なしに魔法を放っては魔力切れを起こすだけだぞ。それにな、あんまり目立つと……」
「煩い……愚民どもは根こそぎ……」
シュッ
「ぁっ?」
途端、男の背中に縦から線状に皮膚が割れ、鮮血が飛び散った。
男は苦痛で地面に倒れる。
「だから言ったろうに」
倒れ込んだ男の後ろから、燈髪の目つきの鋭い男は、黒髪の男を倒した少女を見やる。
「来たか。演者候補」
そして、すっと手を伸ばす。
そこにいたのは──
「おとなしく刃を降ろせば、その男みたいにはしないでやるっすよ?」
「悪いが、主に命を出されている以上刃を向けねばならんのだ。許せ」
「そっすか」
男の言葉に嘆息を吐いた金髪の少女──アリッサ。
そしてアリッサの隣で肩を並べる修道士ミレーヌは小さく呟く。
「なんや、引いてくれへんみたいやな」
「はーめんどいっすけど、仕方ないっすね」
アリッサはブンと槍を振り下ろし、高らかに告げた。
「キュオレ騎士団、任務開始っす!!」




