第54話 選抜
「キャハハハハハ」
「き、貴様ァ!!!」
王都セントレア中央広場から西方に進んだ大通りでそれは起こった。
人通りはすでに途切れており、今は数人の駐屯騎士が事を起こしたたった一人の男を取り囲んでいる。
いや、取り囲んでいた形容する方が正しい。一般人からの通報を受け駆け付けた先発の騎士二人は、腹部に鎧ごと貫通した大穴を開けられ、男を囲む騎士の後方で倒れ伏していた。
前髪を大きく反らせた金髪の奇抜な紅装束を着た仮面男は、周囲の騎士を見回すなりぺろりと口元の舌を滑らせる。
騎士は顔も伺えぬ男に汗を垂らすが、
「あーあー。いっぱい集まっちゃった。誰から積み木にしようかなあ」
瞬間、騎士長の号令により、騎士達が一斉に男へと己の武器で突撃する。
しかし、男は逃げる動作もなくその中の一人を見定め。
「キミに、決めたああぁぁぁぁぁ」
「っ!?」
男はバサリと突きを交わし、騎士の懐へ侵入。
「ぐはぁ!!!!!」
そのまま騎士の腹部に掌を衝けると、腹部に同心円状の大穴が空き、鮮血がぶわっと飛び散る。
「なにっ!?」
そのまま騎士は、なす術なく絶命した。
「うっははぁ!積み木だぁ!!!」
「貴様、我が仲間を!!!」
その後も、襲来する騎士の腹部に大穴を開け続け、
「ぐわあああ!!」
「ぶっ!!!」
「かはっ!!!」
その時間僅か一分。騎士長が気づいた時には、十数名いた騎士は全員その命を落とし、騎士長一人が男の前に涙を浮かべ尻込みしていた。
「あとは、キミだけ!!!!」
「ま、まて!!!」
男はしわがれた顔の騎士長を見つめ、狂ったような笑みを顔に張り付ける。
「あはは、積み木にしちゃおおおおおお!!!!!」
「うわああああああ!!!!!」
男は倒れ込む騎士長に、掌を広げ──
「っ!?」
「あいっ!?」
その瞬間、男と騎士長の上空に巨大な魔法陣が出現した。
騎士長が茫然自失と見つめるが、男はその魔法陣にびゅんと跳躍する。
男が狙った対象は、
「んお!?」
「あはははははははあああああああ!!」
魔法陣から現れた一人の影。レイズ。
レイズは眼下から迫りくる奇怪な男を瞬時に敵と見定めると、背中に隠し持っていた超魔鉱籠手を自らの拳に填める。そして──
衝撃拡散《パルス》!!!
「んはぁ!!!」
男に衝撃波を放った。
衝撃波の直撃を浴び、男は落下。石畳の道に追突する。
「あはは、つよおおおおおい!!!」
だが、男はむくりと立ち上がり、着地したレイズに割れた仮面で露わになった顔を狂気に微笑ます。
その後、上空から二つの魔法陣が現れ、リリア、そしてリリアに抱きかかえられたエーリカがふわりと降下してくる。
リリアはさっそく、レイズと対峙する男を見つめ、
「何よコイツ」
「リリアは後ろをやれ。エーリカは援護を頼む」
「後ろ!?」
振り向くと、後ろからは男と同じような格好でフードを被った者が、リリアに曲刀を振りかざした。
リリアはすぐさまエーリカを降ろし、硬魔剣アダマンテインで曲刀を受け止める。
「素早いですね」
「これくらいどうとでもないわ」
その中性的な声音から、リリアを攻撃した者は女、又は少年。
胸の僅かな膨らみから、その者は少女だろうとリリアは断定した。
リリアとレイズは互いに背中合わせで双方の相手に拳と剣を構える。
「今はエーリカもいる。くれぐれも死なないように」
「こっちの台詞だ」
と、リリアと対面する、華奢な少女が口を開いた。
「我らはアヴァロニカ従属軍。来る裁きの刻に演者を選別しに参った」
「……っ」
「そなたらは次期に我が主君が仰せに参る。それまでは我らが相手どろう」
剣を構えつつ、リリアが挑発的に少女へと詰問する。
「あんたたち、あちこちでこんな騒ぎ起こしてるようだけど、どういうつもり?」
「演者候補はそなたらの他にも存在する。我らは王都各地で選別を行っているだけだ」
「この死体は、その選抜とやらにハネたやつらか?」
続けざまに放たれたレイズの疑問は、対峙する男が応えた。
「違う違う!!!元から出演権なんてなーいよ!!!ただ襲ってきたから積み木にしただけ!!!」
「なら俺も、本気でお前を殺す」
「ちょっと」
闘争心に紅の瞳を燃やし、籠手の中の拳をぐっと握るレイズ。
その後ろから、リリアが小さく耳打ちした。
「クルーガーさんから、殺さないようにって忠告されたでしょ?」
「……っ、だが……」
「簡単じゃない。“死”程の地獄を味合わせればいいのよ」
「……っ」
「あはははははは!!!!!!!」
と、男が振り向くレイズに突進を開始した。
レイズは直ぐに構え、男を迎撃する。
【イフィル・ネキア・フィブリ】
エーリカは詠唱し、レイズとリリアに向けて死霊術を発動する。
魂練成術。魂を活性化させ、己の活力によって能力を底上げする召魂死霊術の一種。
「さんきゅ!!」
その恩恵を浴び、レイズは掌を見せつけながら向かってくる男に問いかける。
「お前、名前は何だ」
「なまえっ?ボクのなまえはビューラーだよ?」
「そうか」
「覚えなくていいよ?どうせすぐ積み木になっちゃうからああああああああ」
「ふっ!!!」
レイズは自身の腹部に向けて腕を伸ばす男を受け流し、背後を撃ち蹴り飛ばす。
ズザザザとビューラーは転がり、建物に衝突した。
「あはははは強い!!!!!」
しかし直ぐに起き上がると、加速をつけてレイズに突進する。
レイズは向かってきた男の懐に拳で乱打。
その衝撃で男は宙を舞うが、一回転して着地。その後跳躍してレイズの上空を取る。
「あはは!!!これでも喰らええええええ!!!」
「お前、攻撃が一辺倒だな」
「そう思うでしょ?」
「っ!?」
瞬間、ビューラーはレイズは上空で掌をかざす。と、そこから同心円状に大穴が空いたように空気がどよんだ。
間一髪でレイズは躱すも、レイズのいた地面は円状の穴が空き、右腕は躱しきれず皺ついたように血潮が噴き出る。
「くっ!」
「ボクの魔法はね、掌に装填された術式から空間や物体にまん丸の穴を開けるの!名前は確か……輐印魔法!」
レイズは右腕をぐっと抑え、子供のようにはしゃぎながら自身の魔法を余さずに伝えるビューラーに耳を傾ける。
その後も、ヒューラーは隠し事せずに自身の魔法の全てをレイズに話した。
「ボクのまん丸の中に入っちゃったら最後!体ごと砕け散って積み木になっちゃうよ!いや、積み木にもなれないよねぇ残念!」
「……」
「だからできるだけ積み木のままでいられるように殺してあげてるんだよ!」
突如、ヒューラーはその巨躯で猛加速し、レイズに掌を当てんと突っ込む。
レイズもひらりと男を避け、再び背後から蹴りの一撃を放つ。
ヒューラーはそれを見切っていたかのようにニヤリと笑い、その剛腕を後方に振るう。
レイズは咄嗟に受け身を取るが、その威力に後退り、
その隙にヒューラーは再びレイズに突撃し、レイズの足元に輐印魔法を放った。
レイズは跳躍するが、立っていた地面は瓦礫が散乱しバキバキに崩れる。
だが、それがヒューラーの術中だった。
「空中じゃ逃げられないよねぇえええ!!!!!」
「くっ!!!」
ヒューラーはレイズを標的にし掌を空中に翳した。攻撃が来る!!!
(避けきれねえ!!)
シュパッと掌から魔法が放たれ、同心円状に空気が揺らぐ。
そのまま魔法は空気の重しのようにレイズに突き落される。
だが、この威力なら──
三重・衝撃放出《トリプルインパクト》!!!!!!!
レイズは衝撃魔法の衝撃波で、魔法を相殺した。
「あっれ~?効いてな~い」
レイズは流星の如くヒューラーに落下し、勢い余った動力で拳を放つ。
衝撃共鳴+放出《ハウリング・インパクト》!!!!!!!!!
「おぶっ!?」
ビューラーに放たれた衝撃波は放出の威力が周囲のあらゆる無機物に反射し、全方向から衝撃の波動がビューラーを襲う。
そして、ビューラーは衝撃波に加えて、レイズの突進攻撃により数メートル先に吹っ飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
レイズは痛む右腕を押さえながら嘆息を吐く。
これでやったか、いや。
「なかなかやるねぇ。楽しくなってきちゃった」
ビューラーはずんぐりと起き上がり、装束に付着した石粒を拭う。
レイズは男の体躯を一目見て、そして胸中に突き刺さっていた疑問を告げる。
「やっぱお前」
「ん?何?」
「お前──だろ」
その瞬間、ビューラーは狂気の笑みを浮かべた。
*
リリアと少女は、互いに剣と刀を構え、両者一線に対峙する。
そして互いに地を蹴り、剣先を空気に委ね突進する。
一手先はリリアだった。
「──っ!!」
一気に少女へと間合いを詰め、銀色の剣先を少女の首元に預ける。
少女はギリギリで身を屈め、リリアの剣撃は虚しく空を切った。
そして少女は足蹴りでリリアを牽制し両手に構えた曲刀でぶった斬る。
大ぶりな波動を描いた曲刀。しかし、その刀身の長さゆえにリリアの首先には容易に行き届く。
リリアは僅か一寸の隙でそれを避け、ポーチから小剣を取り出し宙に放る。
(撒菱!?いや……)
流星剣
「ぐっ!!!」
小剣はリリアの魔力を帯び、少女へと一直線に残滓を残し奔る。
少女は曲刀の連続切りで小剣を弾き返すものの、既にその少女の首元にはリリアの剣が──
(後ろ!!!)
少女は振り返りなんとか刀先で受け止めるが、その極大な力により吹き飛ばされる。
「ぐわぁ!!!」
少女はスタっと着地した。が、小剣の攻撃は全て避けきれずに、身体の至る所に浅い傷ができた。
リリアは戻ってきた小剣をポーチに収納すると、挑発的な語勢で少女に話しかけた。
「まだ子供みたいだし、大人しく投降でもすれば?」
「戯け、屈服などするものか。我が主のため、俺は任務を果たすのみ」
「俺ってアンタ女じゃないの?」
リリアの問いかけに堪えたのか、少女は声を荒げる。
「お、俺は男だ!!」
「その身なりで男なわけないでしょ」
「馬鹿に……しおって……!!」
少女はぐわっとリリアに間合いを詰め、剣と刀が十字に交差する。
だが、リリアは余裕そうな表情を浮かべるのみ。
直後、少女は連続斬りでリリアを強襲。
リリアはその一閃一つ一つを剣戟で往なし、足突きで少女の地面を割る。
(……っ!)
少女の態勢がぐわんと崩れたところを、リリアは足蹴りで吹き飛ばす。
「くっ、一閃で俺の肉を落とせばよいものを、舐めやがって!!!」
「殺すなって命令されてんのよ。なんでかは知らないけど」
ズザッと少女は引き下がる。
「申し訳ないけど、早々に幕引きとさせてもらうわ。私たちも暇じゃないから」
リリアは剣先を少女に向けると、斜陽がリリアの剣を煌めかせる。
その時、少女は刀を降ろし俯く。
「……っ!?」
「確かに、《《今の》》俺ならそなたらに一歩及ばぬかもしれん。だが、主に拝借したこの力なら」
「──っ!?力……?」
少女はふっと笑うと、曲刀を鯉口を切るかのように腰に片手で携えた。
そして、
「全ては我が主のために」
「牟天紫戒流───」
「紫艶曲斎」
「っ!!!!!」
一瞬で少女はリリアの上空へ移動し曲刀を振るう。
その瞬間、濃紺色の光が曲刀に流れ、波動と化した一閃は鞭のように捻じれ、リリアに向け放たれる。
リリアは後方宙返りでその波動をよけ続けるが、波動は地をバウンドし点状の跡を形作っていく。
なおも途切れることなく、波動はリリアへと舞いあがり。
後退するリリアの上空から、波動の鞭を靡かせた少女が曲刀を振るう。
「取った!!!」
「ちっ!!!」
リリアは剣で受け止めるも、波動により体を縦断した傷が奔る。
「ぐっ!!!」
「これが俺が主から頂いた魔法。刀鞭魔法。刀による一薙ぎで出現した波動を、鞭のように操ることができる」
「よくも自分の魔法を易々とそう話せるわね」
「問題ない。バラしたところで、そなたには対処できんよ」
「一気に舐められたわね」
少女の言葉に、リリアは舌をうねらせる。
「でも、そうね少しは、本気を出してもいいってことかしら」
「戯言を」
「戯言なんかじゃないわ」
リリアは剣をぐっと構える。
「私の本気を──見せてあげる」




