第53話 情報整理
午後四時過ぎ、空がほのかにオレンジ色に染まってきた頃。
レイズ、エーリカは王城の正門で待機していると、大通りから白髪の獣人少女──リリアが現れた。
「あんたたち、ここにいたのね」
「お疲れ様です。ミルザさんは?」
「流石にこれ以上危険に晒すわけにはいかないから、帰ってもらったわ」
「そうなんですね」
エーリカの安心しきった顔色を伺い、レイズは颯爽と本題に入った。
「んじゃ、事後報告だ!リリア、何か分かったことは?」
「分かったも何も、なんかアヴァロニカ帝国に服従をーとか大声で叫んでいたやつ……巷ではアヴァロニカ派って言うらしいけど。そいつをカツアゲしていろいろと情報仕入れてきたわよ」
「カツアゲ……ていうか、リリアさんもその方々に会ったんですか?」
「会ったって、あんたたちも……?」
エーリカの発言に、リリアは仰天して目を見開く。
「応、裁きの刻がなんちゃらーって叫んでた奴らにな」
「そ、それは初耳だけど……分かったわ、とりあえず私の得た情報から話すわね」
「あの」
リリアが話始める前に、エーリカは小声で三人に耳打ちした。
「もう少し、人の目のない場所で話しませんか?」
「だな」
「そ、そうね」
リリアは多少疑問に感じながらもエーリカに頷き、
「行きましょう」
その後、三人は近くの宿屋を二部屋取りその一室で一堂に会した。
「えっと、まずは私の情報だけど」
「応」
「はい」
「そのアヴァロニカ派の男が、例のチンピラ達と繋がってたの」
「例って……“裏の住人”?」
「そう」
エーリカの応えにリリアは静かに頷く。
「しかも、幸運なことに王都で亜人を誘拐しているという“裏の住民”の一団と“溜まり場で”密会している場面に遭遇してね。詳しく聞くとアヴァロニカ派の奴らは、そいつらに活動資金やら何やらを援助していたらしいの」
「それで、肝心の亜人を誘拐してたやつらの目的は?」
「それが、分からなかった」
リリアは申し訳なさげに零し、顔を俯く。
「分からなかったというのは?」
「そいつらも、ただ依頼されて亜人を誘拐してるに過ぎないって。その上には、“裏の住人”を使って大きな計画を企てる組織がいると、思う」
「「……!!」」
淡々としたリリアの語りに二人は驚きつつも、黙然と耳を傾けた。
その後、エーリカが小さく手を挙げる。
「あ、あのそれで、リリアさんと遭遇した“裏の住人”の方々はどうなったんですか?」
「話を聞き出す前、ちょっとばかし乱闘になってね、私が戦闘不能にした奴らはまとめて縛り上げて近くの騎士駐屯所に引き渡したけど全員は捕まえられてないと思う」
「そう、ですか」
「きっと、今頃他の仲間に私のことを報告してると思うわ。それによって、もっとレイズから逃げ延びた誘拐犯の特定がしずらくなると思う。ごめん」
話の終止符を打つように、リリアは頭を下げて二人に謝罪する。
しかしエーリカは両手をブンブンと振り、
「い、いえいえ、大丈夫です!!それであの、リリアさんの話に繋がることが此方にもいくつかありまして……」
「今度は俺らの番だな!」
そう言ってへらへらと話を切り出すレイズだが、リリアに顔を向けた途端重々しい表情へと一変した。
「それで、繋がることっていうのは……?」
「今日の夕方、アヴァロニカ従属軍と名乗る組織の長が、俺たちを見極めに来るらしい」
「は?どういうこと?」
訳が分からずリリアは食い気味にレイズに尋ねるが、それにはエーリカが応えた。
「どうやら“裏の住人”の背後に、アヴァロニカ帝国を信奉する宗教的組織の存在があるようなんです」
「宗教的組織?」
「はい。そしてこれはあくまでも私の推論なのですが、その組織、もしくはその組織の中にアヴァロニカ帝国の内通者がいる可能性があります……」
「そ、その理由は?」
「その、あの、どうやら、私たちがアヴァロニカの内通者を探していることが、向う側にバレていたみたいなんです」
「はぁ!?」
目を泳がせながらそう話すエーリカに、リリアは素っ頓狂な声を上げた。
「お前らが直ぐ秘密を漏らそうとするからじゃねえか?」
「否定はできないわ……」
「あ、あの、そのことは非常に申し訳ないのですが……そ、それでも、私たちが探してる内通者には一歩近づけたと思います!」
「それで、あんたたちはなんでバレていたって分かったの?」
「わざわざ教えてくれたんだよ。アヴァロニカ従属軍のヤツが」
「はっ?」
「あ、アヴァロニカ従属軍の方なのかは確証ありませんが、不気味な男の方が私たちに……」
エーリカはその光景を思い出し、ぞわぞわと身震いした。
その男……かも分からない者の姿はエーリカでさえ悍ましい、又は恐怖という一言で表すことができる。
顔には奇怪な白色の仮面を被り、全身は悪魔を連想させるほど紅い装束を羽織っていた。
流石にその時は、恐怖で目を逸らしてしまったが、
しかし、その男が放った言葉こそ恐怖のほかなかった。
「そいつがよぉ、アヴァロニカ派っつーのか?そいつらの演説を通りかかった俺たちの前に急に現れて言ったんだよ」
レイズはその時の言葉を、一言一句違うことなくリリアに伝えた。
『本日夕刻。我らが偉大なる長があなた方を見極めに参ります。裁きの刻への出演に足る器かどうかを。是非、お忘れなく』
「さ、裁きの刻……?」
「分かりません、ですが近々、アヴァロニカ従属軍がそのような何かを行う、という事じゃないでしょうか」
「じゃあ、今日私たちの前に現れるアヴァロニカ従属軍のリーダー格の奴は、私たちがその裁きの刻とかいうのに出演?できるかを見極めるってこと?」
「その出演、ってのが分かんねえんだよな」
レイズはううんと腕を組んで唸り始める。
その横で、黙然と何かを考えていたエーリカが、顔を青ざめて口を開く。
「あ、あの……」
「なに?」
「お二人は、クルーガーさんに言われたことを覚えていますか?」
「言われた事?」
エーリカの質問に、リリアはきょとんと首を傾げる。
「ハインゲア王国はアヴァロニカ帝国に与する内通者によって終焉を迎える」
「確か、それって騎士の中で流れてる噂って……あぁ!?」
「もしやそれが、裁きの刻なのでは……?」
恐る恐る述べたエーリカに、リリアとレイズは互いに驚嘆して目を見合わせてしまう。
「じゃ、じゃあそのアヴァロニカ従属軍ってやつらが、裁きの刻って日に王都、いや王国を滅ぼしかねない大事件を起こすってこと!?」
「そ、そうなりますね……」
「大変じゃない!!早く騎士に知らせないと!!」
「いや、そりゃだめだ」
「え?」
首を横にするレイズに、リリアは呆然と口漏らす。
「ただでさえ、俺たちはアヴァロニカ帝国の刺客って噂も経ってんだろ?もしそのことを話せば、逆に俺たちが怪しまれちまう」
「で、でも国を揺るがす一大事にそんなこと言ってられ……」
「それだけじゃねえ、ハインゲア王国が終焉を迎えるっつー噂は騎士の間で流れてんだろ。つーことは、その騎士の誰かにその噂を流し込んだ、それか騎士の中にその噂を広めた奴がいるってことだろ。もし後者なら、そいつらはアヴァロニカ従属軍のスパイ──内通者ってことだ。裁きの刻が何時なのかは分からんが、騎士なんかに報告しちまえば自体が早まっちまうかもしれねえ」
「た、確かにそうね。でもアリッサ達には伝えておいた方がいいんじゃ」
そう横目でエーリカを振り向いたリリア。エーリカは呼応して口を開く。
「一応、今日起こる一件のことはランバーズさんとオルナーさんには伝えました。ですが、キュオレ騎士団以外の増援は見込めないと」
「そうなの、見極めって言う何かがどのくらいの規模かは分からないけど、少なくとも私たちは身構えた方がよさそうね」
「そうですね、あとは裁きの刻の情報ですが」
そうしてしばらく思索に耽る三人。
しかし、唐突にリリアが何かを思い出したように口を開く。
「ねぇ、あのさ」
「なんですか?」
「なんだ?」
「もし仮によ……それが王国民の殺戮とかだったら……ミルザ、言ってたわよね……」
「?」
「近々、王国で大規模な祝賀会が開かれるって」
リリアの言葉を聞き、エーリカはその時のミルザの台詞を思い出す。
『当たり前よ。それだけハインゲア王国民にとってモザ=ドゥーグは驚異的な存在だもの。なんでも、近々王都の商工会が大規模な祝賀会を開くそうよ』
「まさかそれも、裁きの刻に繋がるって言いたいんですか?」
エーリカの問いかけに、リリアは怪訝な表情で頷く。
「ですがおかしいです。あらかじめ祝日のような定例行事なら納得がいきますが、その祝賀祭というのはモザ=ドゥーグを倒したという出来事を祝うため急遽企画されたゲリライベントですよね?なによりモザ=ドゥーグを倒したのは私たちで……」
「そうなのよねえ、だから……」
「おっと、もう報告会はお開きみてぇだぜ」
突如としてレイズがそう言い出し、二人はレイズを見つめようとする。
だがその前に、三人の脳内に聞き慣れた男の声が響き渡った。
『コホンコホン、御三人方聞こえます?』
「そ、その声は……クルーガーさん……?」
『えぇ、覚えててくれてよかったですよ。ふむ、うまくコネクションしたみたいだね』
「コネクションって、てかどうやって私たちに語りかけてるの?」
『重要なのはそれじゃあない。大事なお話がある』
クルーガーに一蹴されリリアは不貞腐れるが、
『単刀直入に言うけど、私今交戦中でして。と言っても外から見てるだけだけどね』
「はっ?」
『それでなんだが、なにやら王国内の各所で乱闘騒ぎが起こっているようなんだ。私は見ての通りなので代わりに止めに行って欲しいんだよ』
「見ての通りってどの通りよ。ていうか、騎士達はなにやってんの?」
『近くの駐屯騎士も数名は止めに入っているようだけど、それを起こしている輩が……』
「アヴァロニカ従属軍ですか!?」
突として、エーリカが脳内に向かって叫ぶ。
『うおっ!あまり大きい声を出さないでくれたまえ。だが、よく調べ上げてるね。ご明察』
「行くぞ!リリア、エーリカ!!」
「そうね!」
「はい!」
『おっと、御三方がいる場所からはかなり離れているようなので、ここは僕の転送魔法でお送りするよ」
「え?それって……」
リリアが言い終える隙も無く、三人の足元に黄金色の魔法陣が現れ視界が徐々に白くなっていく。
「うわわ!床が光ってます!!」
『ご健闘を、あっ、くれぐれも輩は殺さないでね』
「えぇ、分かってるわよ」
その瞬間、三人は宿屋の個室から完全に姿を消した。




